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戦争が廊下の奥に

戦争が廊下の奥に座ってて名古屋市長が撤去させてた       池田市 寺阪誠記


今日の毎日新聞歌壇の加藤治郎さんの選にあった歌。

明らかに渡辺白泉の有名な戦争俳句「戦争が廊下の奥に立つてゐた」の見事な本歌取りである。

二種類の読み方がある。
忘れてはいけない戦争を名古屋市長が撤去させて無かったことにしようとしている。という市長に対する批判。
これとは真逆に、もう過去のことを忘れたいのに、相変わらず居座っている戦争がある。それを名古屋市長は撤去してくれた、という市長に対する賞賛。
最後の〈させてた〉でわずかながら詠嘆があるので読みとしては僕は前者かな。あー、撤去しやがったという、詠嘆。
いずれにしろ、〈座ってて〉が見事。白泉の〈立つてゐた〉をひねったのと、少女像をはっきりと想像させる。
本来の毎日新聞に戻ったと僕は思う。よかった。
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加害の歴史を振り返ろう
小澤俊夫氏が警鐘 「共謀罪で言論の息の根が止められる」

小澤俊夫氏は指揮者の小澤征爾氏のお兄さんである。

日本人は戦争というと、被害の記憶しかない。その被害の象徴として、原爆ドームを残している。米国のオバマ大統領が広島に来て、「これは米国の加害の象徴だ、もう過去の話だから撤去してくれ」と言ったら、日本は撤去しますか?しないでしょ? 先の戦争には2つの側面があるんです。被害者としての側面、加害者としての側面です。日本人は中国大陸でいっぱい殺しているんですよ。小学生のころ、陸軍病院に慰問に行った。そこで軍人からいろんな話を聞きました。進軍していると畑でおばあちゃんが働いていた。必ず殺すと。子供も殺すと。なぜかというと、通報されるから。スパイされるから。ある時、日本軍が怪しい男を追っていたら、ある村に逃げ込んで、捜しても見つからない。そこで食い物を配るからといって、村民を一軒の農家に集めた。そこに火を放ち、パニックになって逃げてくる中国人を機関銃で撃ち殺した。南京攻略では捕虜を川辺に並べて、撃った。死体はそのまま川に落ちた。軍人が得々とそういう話をするのを子供の時に聞いていたんです。


ドイツとの大きな違いです。日本軍の慰安婦は、公衆便所みたいなところに女がいて、みんな長蛇の列で順番に犯してきたと聞きました。人道に対する罪ですよ。でもね、日本は赤紙で戦争に取られた夫や息子が帰ってくるとみんな喜んで、「ああよかった」となるでしょ。だから誰も戦地で何をしてきたかなんて、言いませんよ。優しいお父さんがさ、犯したとか殺したとか、何も言わずにみんな、墓場まで持って行ったんです。だから、銃後の国民は日本人の加害者としての側面を知らないできたんです。


安倍首相は未来思考の積極的平和主義というでしょ。しかし、彼は過去の罪と向き合っていない。きちんと過去を見つめ、謝罪する勇気がない。それで未来思考などと言ったところで誰が信じますか。積極的平和主義とは過去を反省し、その姿勢をしっかり、中国、韓国に示すことですよ。ドイツは強制収容所を堂々と残している、世界に自分たちが犯した罪はこれだと宣言している。強いよねえ。これは民族の差かもしれませんが、世界の中での日本が見えていないという意味で、安倍首相はレベルが低すぎると思います。



全部当たり前のことだけど、こういうことを言う人がなかなかいない。少数派である。
日本の反戦リベラルは必ず、原爆、大空襲、特攻隊、兵隊さんの餓死、など、自分たちの被害のことしか言わない、まるでゴロツキである。だから平均的な反戦リベラルは従軍慰安婦像を見ると顔をしかめる。できるならこのことに触れたくない。きっと「表現の不自由展・その後」が中止になって内心ほっとしているのである。そのことをおくびにも出さないが。

まず、日本が謝罪しやすいように加害の象徴として中韓が提示してきている、南京の慰霊碑に天皇と首相がこうべを垂れること。そしてソウルの日本大使館前にある「平和のための少女像」の隣の空席に天皇や首相が座ること。これらのことを通じて初めて積極的平和主義をスタートさせることができる。だがまだスタート台にも立てていない。じつに簡単なことなのに。簡単にできるように中韓が用意してくれているのに。

8月15日はこの加害の歴史を振り返るいい機会なのである。

セカイノオワリ 「Dragon Night」


僕が大好きな歌。メロディもいいけど歌詞が奮ってる。

セカイノオワリ 「Dragon Night」

今宵は百万年に一度太陽が夜に遊びに訪れる日
終わりの来ないような戦いも今宵は休戦の証の炎をともす

人はそれぞれ「正義」があって、争い合うのは仕方ないのかも知れない
だけど僕の「正義」がきっと彼を傷付けていたんだね

Dragon Night Dragon Night Dragon Night
今宵、僕たちは友達のように歌うだろう
Congratulations Congratulations Congratulations
今宵、僕たちの戦いは「終わる」んだ


日韓関係もこうありたい。頭を冷やせ。

見事に寛容の精神を現代に歌っている。誰もが不寛容過ぎるんだと。
ただものじゃないよ、こいつらは。
徴用工問題めぐる橋下徹のスタンス
Abema Times:橋下氏、徴用工問題めぐる日韓の応酬に「日本と韓国も、僕と百田尚樹さんのようになればいい」

政治家を辞めたせいか、橋下徹は時に冷静に物事を見ている。
今度の対韓輸出規制も彼なりに冷静で一読の価値あり。リベラル側ではない客観的な意見として十分読める。

皆は"1965年の日韓基本条約で全て終わりだ"と言うんだけど、法律的に厳密に考えたら問題もある。例えば締結に至る前に韓国側が要求してきた8項目の中には、未払い賃金を労働者にちゃんと払いなさいよ、というものが含まれていた。結局それらは日本側が8億ドルの経済支援を行うことでチャラにしましょうということで合意したんだけど、慰謝料は含まれてはいなかった。そこが今回の韓国側の言い分。

また、1910年の日韓併合条約締結後の植民地政策について、日本は合法だったという立場だけれど、韓国は絶対に認めず、違法だったという立場を取っている。これも揉めた結果、とりあえず玉虫色にしてしまった。そこから、「1910年以降の違法な植民地政策の中で徴用工の問題が出てきたので、慰謝料は請求できる」という韓国側の理屈が出てくる。これらの言い分は、確かに一理ある。

だからこそ、"日韓基本条約で全て終っている"で終わらせるのではなく、相手の言い分を理解した上で、法的に詰めていかないと。

僕は靖国神社の問題をめぐって、百田尚樹さんとツイッターでかなり激しくやりあった。でも根底にあったのは、ギリギリのところで侮辱にならないよう、お互い調整しながら、抑えながら、ということ。最終的には百田さが"橋下さんが戦争指導者を分祀するべきだと言うんだったら、僕はこれからもどんどん非難していく"と言って、僕も"いいですよ、こっちも反論しますからね"となった。見ている皆にそれぞれの意見を知ってもらって、それでいいよねと。
 日韓関係だって、そんな風にならなきゃいけないと思う。朝日新聞的な、綺麗事を言う人たちは、"仲良くしろ、お互いに言い合うな"と言うけれど、違うと思う。最低限、侮辱はしないというところは守っていれば、プライドをかけて激しく言い合って良い。韓国は隣国である日本をライバル視しているし、日韓併合と植民地支配の歴史がある以上、歴史認識などでは絶対に一致することはない。

百田さんたちは、「日本が韓国を近代化させたんだ」と言う。確かにそういう面があるかもしれないけれど、やっぱり主権を侵害されるということは、国のプライドに触れる部分だからね。

変な喧嘩をして、泥仕合にならないような関係を作り、貿易をしっかりやって、観光でも交流して、やれることをやればいい。変に仲良くする必要はないと思う。子どもの世代になれば、交流しながら対立も薄れていくかもしれないし。


日本人に歴史認識を徹底的に糺さす、というのが到底無理なら、橋下の言うことが現実的だ。右にも左にも与しない中立の姿勢には好感が持てた。
国際関係において何よりも大切なのは、橋下の言う通り、相手国を侮辱しない、という節度だ。今回の安倍首相や外相の言動や態度はその節度がまるでなかった。ひどいものだった。だから憂慮するわけで。
国歌斉唱で胸に手を当てる、なでしこジャパンに違和感
Newsweek:国歌斉唱で胸に手を当てる、なでしこジャパンに違和感

世界には2種類の人間がいる。世界を2種類の人間に分ける人間と、分けない人間だ。

イングランドのサッカー選手を見てみれば、国歌を歌う選手もいれば、歌わない選手もいて、真剣な表情の選手も、笑顔の選手も、しきりに足踏みしている選手も(そわそわしているのか、試合に備えて体を動かしているのだろう)、注意深く耳を傾けて立つ選手も、ガムをクチャクチャしている選手もいる。こうした行動によって、画一的な行動規範に隠れて全選手が「埋没」するかわりに、選手の個性をいくらか「見る」ことができると思う。


さすがイングランド。これが彼らの矜持なのだろう。世界を二種類の人間に絶対に分けようとしないという矜持。各自バラバラ好き勝手。

しかし、女子は全員が胸に手を当てていたのか。何年か前の男子代表は違ってたような気がするけど。全く歌ってない選手もいたし。また一段とナショナリズムが進んだのだろうか。
振り込め詐欺は最悪の非道
宮迫、ロンブー亮ら闇営業「謝罪文」でさらに炎上、問題点を謝罪のプロに聞いた

この問題に潜む最大の社会的問題点は、振り込め詐欺グループからお金をもらったということ。
これは通常の暴力団が、たとえば覚醒剤など社会の闇の住人に対して罪を犯しているのとはわけが違って、一般善良な市民を相手にだましてお金を稼いでいる。
つまり玄人が多少は罪のある玄人を脅したりだましたりしているのとはわけが違う。玄人が何の罪もない善良な素人をだましているのである。これをまさに「非道」という。
そんな非道なお金の一部を芸を披露することによって貰っている。
一般的な反社会集団とは違う「許せない」という感情をだれもが持つはずだ。
かつての紳助よりも社会倫理的には罪が重いかもしれない。
事務所や世間の判断がまだ甘いように感じる。1年の謹慎ぐらいでは済まないはずだ。芸能事務所はまず事務所から追放すべきだろう。
引きこもりと殺人を結びつけるメディアの反知性主義
ハフポス:川崎殺傷事件「ひきこもりではなく、"孤立"に目を向けて」 ひきこもり当事者団体がメディアの報道に注文

人を刺し殺すということをたいていの人はまずできないはずだ。それをやろうとすれば内面に激しい抵抗が生じるだろう。
それが生じない人が殺人を犯す。そんな人はごく僅かなはず。
なのに引きこもりだから鬱憤がたまって殺してしまった、という引きこもりと殺人を短絡的に結び付ける報道にはうんざりを通り越して単なる馬鹿じゃないのと思ってしまう。
これこそ反知性主義。
実際考えてみて、引きこもるような人は外部にはけ口を最初から求めていないのではないか。

この川崎殺傷事件の犯人はまず引きこもってたかどうかも怪しいが、池田小学校事件のようなルサンチマンかどうかもまだわからない。
なぜカリタス小学校だったのか、これが動機のカギだろう。おそらくこの小学校でないとだめだった可能性が高い。
どんな人にも陳腐に一般化できない個別の事情があって当たり前。ひょっとしたらこの事件は単に特定の個人に対する単なる復讐だったのかもしれない。
それは従兄姉なのか伯父伯母夫婦なのかわからないが、保険証を持って人を殺しに行きそして自死する人がいるだろうか。身元をきちんとしたかったとしか思えないわけで。
自分の身元をはっきりさせることでマスコミの興味を彼らに向けたかったのかもしれない。彼らをマスコミの餌食にすることで復讐を果たすというか。
と思うことすらも陳腐なのかもしれなくて、もっと誰も思いつかない動機があったのかもしれない。
とにかく動機の解明が待たれる。
世にも奇妙な物語 《戦争はなかった》


1991年のドラマ。こんなのがあったとは。
誰もがあの戦争を忘れかけていた平和な時代。だから忘れてはいけないと啓発の意味で作られたのだろうか。
ここでは太平洋戦争がなかった、となっているがしかし、これを日中戦争に置き換えたら、決して奇妙な話ではなくて、真実の話になってしまっている。
日本人はアメリカとだけ戦争をしたと思い込んでて、本当は中国と戦争をしてそれをやめなかったからアメリカと戦争をする羽目になったのだ。
実質、アメリカと戦争している間もずっと中国を攻め続けていた。昭和6年の満州事変からの15年戦争。昭和20年8月15日の終戦までずっと中国を攻め続けていた。これこそがあの戦争の実態。
それを日本人は完全に忘れてしまっている。というか認知してない。中国と戦争をしたんだよと言っても、こいつはただの頭のおかしい極左かと思われるのがおちだ。
全くこの現実世界が「世にも奇妙な物語 」になってしまっている。ドラマでの林隆三の気持ちが親身になって迫ってくる。日本は中国と戦争したんだよ、と叫びたくなる。あの戦争を忘れてはだめなんだと。忘れたらまた戦争を始めるよと。叫ばなくてはいけない。歴史をみんなで寄ってたかって勝手に改竄するなと。
bülow(ビューロー) - Euphoria(ユーフォリア)


ロックはもう聞かない、と思ってたけど、ニュージーランドのBroods(ブルーズ)に続いて、この bülow(ビューロー)。
オランダを中心に活動しているドイツ生まれの19歳、誕生日が来てれば20歳。
日本ではおそらく全くの無名。
5~6曲聴いたけど、この曲が抜きんでてよい。
けだるさの中にある多幸感。曲名のEuphoria(ユーフォリア)とは多幸感のことらしい。
これが現代の多幸感なのだろう。これは病みつきになる。
新元号「令和」の意味や背景を探ってみた
「令和」
冷たい印象を持つが清らかな感じでいい命名だと思った。だがどうも気に入らない。
「令」はやはり本来、言いつけ、とか、上から下へのお達しの意味合いだ。
よい、とか、美しい、という意味があるらしいが、それはおそらく後付けで文字本来の意味ではなさそうだ。
例えば「令嬢」は本来、他人のお嬢さん、という意味で、それが高じて、良家のお嬢さん、という意味に派生しただけで、よいお嬢さんでも美しいお嬢さんでもない。社会的に良い、立派なというニュアンスだろう。
「令名」はよい評判、名声という意味で、「令名が高い」と使う。つまり社会的に名前がよいということだ。よいかどうかは社会が決めるというニュアンスがこの場合でもはっきりとある。
「令月」はよい月、というより、何事をするにもよい月、めでたい月、というこれも社会的によい月という意味だろう。というか、この万葉集では単に陰暦2月の異称でしかないが。
つまり、上がよいと決めたことは誰が何と言おうがよいのである。美しいのである。それが本来の「令」の持つニュアンスだろうと思う。昔は全部上が決めてそれに従ったわけで、そのことがよいこととされていたから、「令」に「よい」というニュアンスができたのだろうと思う。
だから「令和」は上からのお達しで国民みんな和を持って貴しとなります、だからお上の言うことには従いましょう、という意味にどうしてもなってきてしまう。

たとえこの解釈が強引だとしても、今日の元号発表の場は少し驚いた、というか当然というべきか。菅官房長官の時も安倍首相の時も、最初の質問者は産経新聞だった。官邸ご用達のメディアだということがこれでよくわかった。

それと事前の有識者懇談会のメンバーに作家の林真理子がいる。有名な安倍応援団である。女性の文学関係者ならほかにいくらでもいるだろうに、ちょっと思いつくだけで、芥川賞作家の小川洋子、川上弘美、歌人の小島ゆかり、と他に十数人はふさわしい人がいるはずだ。博識で感受性の素晴らしい人が。それがよりにもよってなぜゲスな不倫小説を書くような作家なのか。

以上のことを統合すれば、今回の元号決定において、安倍首相が根回しをして、自分が気にいった元号にしたのではないか、とどうしても思えてくる。

まだまだ安倍の時代は続いてゆくらしい。