東吉野村
東吉野村の奥の奥、七滝八壺のあたりの渓流の浅瀬。陽が当っているところのみ川底が斑模様に光ってて、何故だろう、と少し考えた。ああそうか、川のさざ波に陽光が差し込み、光が屈折して、その波の様相に応じて屈折率が違うから、川底がそんな斑模様になるんだ。清流の浅瀬だからそれが鮮やかに起こるのである。
ということを自慢げに言ったら、妻が、え?知らなかったの、とびっくりしたように返してきた。
妻は故郷の宇和島で、子供の時、夏休みは川でよく泳いだのだそうだ。それはものすごくきれいな川で、常にそんな模様になっていたらしい。
都会の子供はそんなこと知る由もない。
しかしとびっきりの清流だった。
あの滝より上におそらく人家はない。
極めつけの清流である。
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高田川沿いの桜
大和高田に行ってきた。戦後すぐに植樹して樹齢60年余り、ということで、きっと見事な枝ぶりに違いないと思ったのだ。

想像以上だった。まだすっかり満開ではないけれど、市の中央を南北にのびる高田川沿いに太い幹が延々と植わっていて、枝枝にびっしりと花がついている。たわわな花房を何度も手で触り頬ずりまでしてきた。

中程にある大中公園の北側と南側で人出が全く違う。最初南側に歩いていって、線路を渡るともうほとんど人がいない。しかし桜並木は延々と続き、川が三股に分かれてもその三筋とも延々と桜が植わっているのだ。そのほとんどが5分咲きから満開。そこを全部二人で歩きどおして、その間、桜はほとんど二人だけの物。ここは穴場だった。こんな見事な穴場が大阪から1時間以内のところにあるとは今の今まで知らなかった。

ところが大中公園にはいると、ものすごい人出。そこを過ぎて北へも延々桜並木が続く。南側よりも確かに花の咲きぶりはよかったかもしれないけど、人しか目に入らない。桜に集中できないのだ。いつまでたっても人出が途切れないので、諦めて途中で帰った。こうも北側と南側で違うとはびっくり。

数年前にここの近所の桜井市に行ってきたけど、ここも川沿いに延々と同じような太い幹の桜が植わっていて、見事な枝ぶりだった。きっと戦後すぐ、奈良県では川沿いに桜を植樹するというのが流行ったのかもしれない。しかし桜全体の規模は、大和高田市の方が桜井市の3倍から5倍かな。

あちこちで川沿いに延々植樹されている桜並木を見るけど、たいがい若い樹で、満開に咲いても貧相なのだ。やっぱり桜は年季が入ってないとね。

お花見特集2012奈良県・高田川畔

奈良県大和高田市・桜情報
天理教教会本部
まさに神殿だった。

先週の日曜日に、ドライブがてら天理市に寄ったとき、石上神宮にお参りして、もう夕方だったので、龍馬伝を見ないと、ということでもう帰ろうと思って、天理教教会本部の横を通ったとき、なんだか行ってみたくなり、車を止めて、中に入っていった。

詳しいルポは以下のページにあった。
奈良の寺社観光ガイド

とにかくでかい!敷地広すぎ!

黒門というどでかい神社の鳥居のような門をくぐり、正面に見える本殿のような建物に、信者でもないのに入っていっていいのかなぁ、と思いつつ、靴を脱いで勝手に上がりこんだのだけど、観光客のような人が結構いて、いいらしい、ということがわかったけど。そこがなんと広いこと。畳千畳敷ぐらいの広大な広間に、大勢の信者たちがお祈りをささげていた。

そしてそのまま廊下に出て、歩いていくと、どこまでも続く続く。どこの廊下も若い信者らしき人たちが、常に廊下を布で拭いて回っていて、きれいでピカピカ。延々渡り廊下のようなものが続き、ぐるっと一周回ってきたときには、十分散歩した気分。雨の日の散歩にいいな、と思った。傘ささずに散歩できるし。(笑)

ぐるっと一周1キロあるんじゃないかと思ったぐらいだが、後で調べたら、800mだと!ひぇー!

一周回る間もいろんな部屋がいくつもあり、信者さんがお祈りを捧げていた。

その向かいの天理大学もそうだけど、なんか無駄に大きくいくつも部屋や建物があるみたいだ。確かに宗教は儲かるだからだろうけど、この無駄さ加減が、国鉄民営化や最近の自治体、大企業のぎりぎりの財政などに慣れていると、不思議と癒される。無駄なことこそじつは一番必要なことかもしれない。

その規模と異教徒のなんとも言えない雰囲気に、なにか、ジブリワールドのあの日常から一段ずれた空間にいるような不思議な気分になります。日本の普通の寺社仏閣から微妙にずれたデザインだし。お近くの方は一度お出かけください。癒されますから。