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加害の歴史を振り返ろう
小澤俊夫氏が警鐘 「共謀罪で言論の息の根が止められる」

小澤俊夫氏は指揮者の小澤征爾氏のお兄さんである。

日本人は戦争というと、被害の記憶しかない。その被害の象徴として、原爆ドームを残している。米国のオバマ大統領が広島に来て、「これは米国の加害の象徴だ、もう過去の話だから撤去してくれ」と言ったら、日本は撤去しますか?しないでしょ? 先の戦争には2つの側面があるんです。被害者としての側面、加害者としての側面です。日本人は中国大陸でいっぱい殺しているんですよ。小学生のころ、陸軍病院に慰問に行った。そこで軍人からいろんな話を聞きました。進軍していると畑でおばあちゃんが働いていた。必ず殺すと。子供も殺すと。なぜかというと、通報されるから。スパイされるから。ある時、日本軍が怪しい男を追っていたら、ある村に逃げ込んで、捜しても見つからない。そこで食い物を配るからといって、村民を一軒の農家に集めた。そこに火を放ち、パニックになって逃げてくる中国人を機関銃で撃ち殺した。南京攻略では捕虜を川辺に並べて、撃った。死体はそのまま川に落ちた。軍人が得々とそういう話をするのを子供の時に聞いていたんです。


ドイツとの大きな違いです。日本軍の慰安婦は、公衆便所みたいなところに女がいて、みんな長蛇の列で順番に犯してきたと聞きました。人道に対する罪ですよ。でもね、日本は赤紙で戦争に取られた夫や息子が帰ってくるとみんな喜んで、「ああよかった」となるでしょ。だから誰も戦地で何をしてきたかなんて、言いませんよ。優しいお父さんがさ、犯したとか殺したとか、何も言わずにみんな、墓場まで持って行ったんです。だから、銃後の国民は日本人の加害者としての側面を知らないできたんです。


安倍首相は未来思考の積極的平和主義というでしょ。しかし、彼は過去の罪と向き合っていない。きちんと過去を見つめ、謝罪する勇気がない。それで未来思考などと言ったところで誰が信じますか。積極的平和主義とは過去を反省し、その姿勢をしっかり、中国、韓国に示すことですよ。ドイツは強制収容所を堂々と残している、世界に自分たちが犯した罪はこれだと宣言している。強いよねえ。これは民族の差かもしれませんが、世界の中での日本が見えていないという意味で、安倍首相はレベルが低すぎると思います。



全部当たり前のことだけど、こういうことを言う人がなかなかいない。少数派である。
日本の反戦リベラルは必ず、原爆、大空襲、特攻隊、兵隊さんの餓死、など、自分たちの被害のことしか言わない、まるでゴロツキである。だから平均的な反戦リベラルは従軍慰安婦像を見ると顔をしかめる。できるならこのことに触れたくない。きっと「表現の不自由展・その後」が中止になって内心ほっとしているのである。そのことをおくびにも出さないが。

まず、日本が謝罪しやすいように加害の象徴として中韓が提示してきている、南京の慰霊碑に天皇と首相がこうべを垂れること。そしてソウルの日本大使館前にある「平和のための少女像」の隣の空席に天皇や首相が座ること。これらのことを通じて初めて積極的平和主義をスタートさせることができる。だがまだスタート台にも立てていない。じつに簡単なことなのに。簡単にできるように中韓が用意してくれているのに。

8月15日はこの加害の歴史を振り返るいい機会なのである。

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徴用工問題めぐる橋下徹のスタンス
Abema Times:橋下氏、徴用工問題めぐる日韓の応酬に「日本と韓国も、僕と百田尚樹さんのようになればいい」

政治家を辞めたせいか、橋下徹は時に冷静に物事を見ている。
今度の対韓輸出規制も彼なりに冷静で一読の価値あり。リベラル側ではない客観的な意見として十分読める。

皆は"1965年の日韓基本条約で全て終わりだ"と言うんだけど、法律的に厳密に考えたら問題もある。例えば締結に至る前に韓国側が要求してきた8項目の中には、未払い賃金を労働者にちゃんと払いなさいよ、というものが含まれていた。結局それらは日本側が8億ドルの経済支援を行うことでチャラにしましょうということで合意したんだけど、慰謝料は含まれてはいなかった。そこが今回の韓国側の言い分。

また、1910年の日韓併合条約締結後の植民地政策について、日本は合法だったという立場だけれど、韓国は絶対に認めず、違法だったという立場を取っている。これも揉めた結果、とりあえず玉虫色にしてしまった。そこから、「1910年以降の違法な植民地政策の中で徴用工の問題が出てきたので、慰謝料は請求できる」という韓国側の理屈が出てくる。これらの言い分は、確かに一理ある。

だからこそ、"日韓基本条約で全て終っている"で終わらせるのではなく、相手の言い分を理解した上で、法的に詰めていかないと。

僕は靖国神社の問題をめぐって、百田尚樹さんとツイッターでかなり激しくやりあった。でも根底にあったのは、ギリギリのところで侮辱にならないよう、お互い調整しながら、抑えながら、ということ。最終的には百田さが"橋下さんが戦争指導者を分祀するべきだと言うんだったら、僕はこれからもどんどん非難していく"と言って、僕も"いいですよ、こっちも反論しますからね"となった。見ている皆にそれぞれの意見を知ってもらって、それでいいよねと。
 日韓関係だって、そんな風にならなきゃいけないと思う。朝日新聞的な、綺麗事を言う人たちは、"仲良くしろ、お互いに言い合うな"と言うけれど、違うと思う。最低限、侮辱はしないというところは守っていれば、プライドをかけて激しく言い合って良い。韓国は隣国である日本をライバル視しているし、日韓併合と植民地支配の歴史がある以上、歴史認識などでは絶対に一致することはない。

百田さんたちは、「日本が韓国を近代化させたんだ」と言う。確かにそういう面があるかもしれないけれど、やっぱり主権を侵害されるということは、国のプライドに触れる部分だからね。

変な喧嘩をして、泥仕合にならないような関係を作り、貿易をしっかりやって、観光でも交流して、やれることをやればいい。変に仲良くする必要はないと思う。子どもの世代になれば、交流しながら対立も薄れていくかもしれないし。


日本人に歴史認識を徹底的に糺さす、というのが到底無理なら、橋下の言うことが現実的だ。右にも左にも与しない中立の姿勢には好感が持てた。
国際関係において何よりも大切なのは、橋下の言う通り、相手国を侮辱しない、という節度だ。今回の安倍首相や外相の言動や態度はその節度がまるでなかった。ひどいものだった。だから憂慮するわけで。
国歌斉唱で胸に手を当てる、なでしこジャパンに違和感
Newsweek:国歌斉唱で胸に手を当てる、なでしこジャパンに違和感

世界には2種類の人間がいる。世界を2種類の人間に分ける人間と、分けない人間だ。

イングランドのサッカー選手を見てみれば、国歌を歌う選手もいれば、歌わない選手もいて、真剣な表情の選手も、笑顔の選手も、しきりに足踏みしている選手も(そわそわしているのか、試合に備えて体を動かしているのだろう)、注意深く耳を傾けて立つ選手も、ガムをクチャクチャしている選手もいる。こうした行動によって、画一的な行動規範に隠れて全選手が「埋没」するかわりに、選手の個性をいくらか「見る」ことができると思う。


さすがイングランド。これが彼らの矜持なのだろう。世界を二種類の人間に絶対に分けようとしないという矜持。各自バラバラ好き勝手。

しかし、女子は全員が胸に手を当てていたのか。何年か前の男子代表は違ってたような気がするけど。全く歌ってない選手もいたし。また一段とナショナリズムが進んだのだろうか。
世にも奇妙な物語 《戦争はなかった》


1991年のドラマ。こんなのがあったとは。
誰もがあの戦争を忘れかけていた平和な時代。だから忘れてはいけないと啓発の意味で作られたのだろうか。
ここでは太平洋戦争がなかった、となっているがしかし、これを日中戦争に置き換えたら、決して奇妙な話ではなくて、真実の話になってしまっている。
日本人はアメリカとだけ戦争をしたと思い込んでて、本当は中国と戦争をしてそれをやめなかったからアメリカと戦争をする羽目になったのだ。
実質、アメリカと戦争している間もずっと中国を攻め続けていた。昭和6年の満州事変からの15年戦争。昭和20年8月15日の終戦までずっと中国を攻め続けていた。これこそがあの戦争の実態。
それを日本人は完全に忘れてしまっている。というか認知してない。中国と戦争をしたんだよと言っても、こいつはただの頭のおかしい極左かと思われるのがおちだ。
全くこの現実世界が「世にも奇妙な物語 」になってしまっている。ドラマでの林隆三の気持ちが親身になって迫ってくる。日本は中国と戦争したんだよ、と叫びたくなる。あの戦争を忘れてはだめなんだと。忘れたらまた戦争を始めるよと。叫ばなくてはいけない。歴史をみんなで寄ってたかって勝手に改竄するなと。
敬意は強制されるものではない
「天皇は謝罪を」のどこが「不適切」「無礼」なのか

天皇も同じ人間なのだから、「あんたあの裕仁の息子やろ。かわりに誤ったってもええんちゃうん。」ぐらいは言ってかまわないと思う。強制じゃないんだし。無礼でも非礼でもないし、ましてや前時代的な「不敬」であるわけがない。もし日本側が文議長の発言を「不敬」だなどと感じているのならそっちの方がはるかに大問題。不敬罪は戦前の法律だし、「不敬」という概念自体が今は存在してはいけないからだ。なぜならある特別な人間だけを敬わなければならない、敬わなければ不敬だなどとは逆に人権問題になってくる。人は自分の自由意思で人を敬うからだ。それこそが敬うということに他ならない。誰をどう敬うかという個人個人の権利を侵害している人権問題だろう、立派にこれは。
敬意を強制されることこそ無礼な話だろう。
自己責任論の無責任を問う
恥ずかしい日本の自己責任論の無責任を問う20181026NEWS23

要するに外国で何が起ころうが知るかい、何で知らなあかんねん、という人が「自己責任」を言うわけ。
日本さえよければいいと思っている、まさに無責任。
杉田水脈衆議院議員の「LGBT生産性なし」発言について
杉田水脈衆議院議員の「LGBT生産性なし」発言について、こんなバカバカしい発言はすぐに収まるだろうと思ってて、スルーしていたのだけど、そうもいかなくなったようで、少しちゃんと書こうと思う。

「LGBT生産性なし」発言ばかりが目をむくのでこちらにばかり目が行きがちだが、これは単なる釣りだと言ってる人が多い。確かにそんな感じで、この議員はLGBTに対する税金投入が必要ないと言ってるのだ。それを言いたいがために、「LGBT生産性なし」というとんでも発言にまず及んだのだろうと思われる。普通に言っても注目されないので人目を引く作戦に出たのだろう。要するに注目されて党内の地位を上げようという魂胆だ。
だがそこでちょっと待てよだ。LGBT支援に対する税金投入がはたしてどれほどか。杉田議員の発言だとまるでLGBTは何か特権があるかのごとくである。でも実際は普通の異性カップルと同等な権利があるようにするためにおそらく税金と言えるほどではない微々たる金額で法整備していこうとしているだけだと思う。LGBT特権なんてもちろん聞いたこともない。
ここで在特会が思い起こされる。正式名称は「在日特権を許さない市民の会」でこの名の通り、在日朝鮮人韓国人にまるで何かの特権があるかのごとく吹聴している。しかし彼ら在日の人には日本人と同等の権利を有する権利が当然あるだけのことで、日本人以上の権利はもちろんない。それがまるで日本人以上の特権があってそれは許さん、という構図に持っていこうとする。そして徹底的に在日の人を叩くのである。もちろんだからこの場合「在日特権」は釣りで、本当に言いたいことは差別発言であることは言うまでもない。嘘でもいいから何かに言いがかりをつけて徹底的に差別したいわけだ。この今の日本で最も醜悪な団体である。
そこで杉田発言に戻るが、「釣り」と「本論」が実は逆転してしまっている。「LGBT生産性なし」が釣りだと言ってる人が多いし僕も最初そう思ったが、実はこっちが本論だろう。ありもしないLGBT特権なるものをさも正論のように言っといて、最初、釣りとして言ってた「LGBT生産性なし」を結局言いたいのではないだろうか。在特会と一緒で何かありもしない嘘でもいいから理由をでっち上げて、徹底的に差別したいのだろう。叩きたいのだ。「LGBT生産性なし」も科学的にFakeだし、LGBT特権も社会的に全くの大嘘だ。二つとも嘘なのだ。この今の日本で最も醜悪な女性である。
金与正氏とは
金正恩氏の妹・金与正氏の「恋愛事情」と兄妹の本当の関係

金与正氏、ふんぞり返ってて印象すこぶる悪かったが、あれは北朝鮮国内向けのパフォーマンスかもしれない。北朝鮮は韓国より偉いのだと北朝鮮国民に思わせる必要はあるだろうから。しかし単なる育ちからくる高慢さかもしれないが。
いずれにしろ、我々西側の人間は正真正銘のプリンセスを初めて見たのかもしれない。なぜかというと、王制は日本の皇室も含めてどこも今やお飾りでしかない。だからその王の娘もお飾りのプリンセスだ。だが、中世では王は本物の権力者であり、その王の息子や娘は今のように国民に媚びる必要がない本物のプリンス、プリンセスだったはずだ。そういった意味でのプリンセスは僕は初めて見た。これは本物のプリンセスなんだと変に感動さえした。北朝鮮の金王朝は比喩ではなく本物の王朝なのだから。共産主義という外見はお飾りでしかない。今の時代に権力が世襲されるというのはここだけだろうから。

しかし、韓国の文在寅大統領にふんぞり返って挨拶をしていたこの北朝鮮の先代の王のプリンセスに僕はわずかに期待している。独裁者の兄の暴走を諌めることができる唯一の存在。平和裏に南北朝鮮が真に親睦を深めることができるとしたら、彼女をもってしか他にないだろうから。彼女がより聡明であり、より先進的であれと期待するしかない。
なぜ『慰安婦問題』は終わらないのか

「なぜ『慰安婦問題』は終わらないのか」by土井敏邦


2年前の「日韓合意」は、当事者たちには、加害国日本から「この10億円は“手切れ金”だ。もうこの問題はチャラにしようぜ。もう二度と蒸し返すなよ」と言われているように聞こえなかったろうか。


まさにこの通りで、朝鮮民族を凌辱した日韓併合という民族的ジェノサイドの象徴としての従軍慰安婦問題を「最終的かつ不可逆的に解決されること」を望むということはハルモニが言うとおり「彼らは過去の事を歴史に残さないようにするためだよ。(名誉を傷つけず)きれいな国民でいたいわけさ」」でしかない。つまりあったことをなかったことにしたいのだ。だから承服できないわけで。

ドイツがナチスをなかったことにしただろうか。アメリカが奴隷制をなかったことにしただろうか。一流の国ならそんなことはできないはずだ。だが二流三流の国ならどこもやってる。日本は悲しいかな、二流以下の国だ。そのことを僕もいい加減わかるべきなのだろう。
終戦の日を前に
ウィンザー通信:「特攻は美しいことではなく、残酷で、二度とあってはいけないこと」大竹しのぶさん

吉永小百合など芸能人が原爆忌や終戦の日に何か言うことはロクでもないことが多いのだけど、だいたい日本国民が被害者でアメリカと日本政府軍部が加害者という構図。これを外すことは過去絶対に無かった。いつもうんざりだった。そうやっていつも被害者面するリベラルの典型的な厚顔無恥の意見。中国、韓国や近隣諸国からみたらさぞかしむかついただろう。加害者のくせして被害者になりきってやがると。
しかしこの大竹しのぶさんは外した。僕が見てきた中では初めてだ。
前半の特攻隊の部分は平凡だが、肝心なのは後半。

私たちが、どんな思いで生きてきたか、どこで間違って、どこでその間違いから出直したか、今のうちに書いておかなくてはね。私たちが、自分で地獄をつくったということを。
大竹しのぶ


そうだ、我々日本国民が地獄を作りだしたのだ。とことん加害者なのである。近隣諸国に対する、そして日本人の被害者に対しても、我々日本国民が加害者なのである。南京がなければ広島は無かったのだから。このことを考えずしてあの戦争を考えることは許されない、断じて。被害者面はもういい加減やめてほしい。世界中から笑われている。