FC2ブログ
現代の異常な暴力性
AERAdot.野田市虐待死 栗原心愛さんと船戸結愛ちゃん事件に共通する父親の過剰な家族依存

日本の社会は特に男性たちに対して、存在を否定するようなマイナスの突き上げが強く、DVも虐待も顕在化しています。恥や屈辱といった感情を抑え込めず、自分の正しさを証明しようとすることで、暴力をふるい、困窮をし、転居、転職、転校を繰り返すようなケースは今後さらに増えるのではないでしょうか。このままでは子どもなど家族の中でも一番弱いところに被害が出てしまうと危惧しています。これらの事件は社会の縮図のように感じます。
社会から排除され、存在を否定されたと感じた加害者が、子どもの教育や将来のためにと“しつけ”に執着したり、子どもに関する問題には特に威圧的な態度で公的機関に乗り込んでくる。
カナダでは、セルフ・エスティーム(自尊感情)を揺るがされた人が抱えた怒りを取り除く加害者治療に取り組む。


児童虐待や煽り運転での異常な暴力性は男どもが自尊感情を傷つけられることに起因するのだろうか。それはきっとフェミニズムの台頭と反比例しているのかもしれない。あちらを立てればこちらが立たないのだ。それは最初から男の方が偉いと思い込んでいるからなのかもしれないが。最初から対等だと思っていれば、何も自尊感情が傷つけられることもないはずだが。
こういった振幅の繰り返しで真の多様化が進んでいくのかもしれない。要はこれからは振幅の振れ幅を小さくしていくことだろう。
スポンサーサイト
高校国語から文学が消える?
今日の毎日新聞から阿部公彦さんと田中和生さんの対談。

大原 「国語教育やテストから文学が消える」という議論がありますね。紅野氏の新書で問題が指摘されています。

阿部 「国語」を形式的な論理を学ぶ科目ととらえる考え方が跋扈しているんです。

田中 言語を一種の情報ツールとみなす考え方ですね。

阿部 そうなんです。かつて科学が発達しつつあったイギリスでも同じことがあった。「物と言葉は一対一の対応が可能」という考えです。文学者は反発した。言葉と物が完全に重なるという理念に依存するのは危険です。人間には思惑があるから、言葉はつねに表面的な字義と含意がずれる。それを先鋭に表現するのが文学。それに、誤解や意味のずれからこそ、新しい認識や文化が生まれる。文章の根本にはそういう把握困難な「他者性」があるということを、さまざまな出合いを通して生徒に実感させるのが国語の本務だと私は思います。

田中 一対一で対応させるのは、それぞれの人間にある言語のデータベースが一致しない以上、不可能な夢という気がしますね。教育現場にその考え方がやってくるのは危険で、そこでは文学を読むことが不可能です。でも、メール一本打つのでも文学的な言葉の使い方をするし、情報だけでは返事ももらえない。


物と言葉が一対一に対応していないからこそ、そのずれから様々な豊かさが生まれてくる。
そして言葉は常に変わろうとしている。辞書に載っている意味はほんの参考程度に過ぎないのだから。
利己的な民族
麻生氏が不適切発言=医療費負担「あほらしい」に同調

珍しく、麻生の言ってることはそんなにはおかしくないと思った。
不摂生が理由で病気になった人の医療費を健康のために努力している人が負担するのは「あほらしい」つまり不平等だ、と言ったわけだが、「人間は生まれつきがある。一概に言える簡単な話ではない」と言って慎重に炎上を避けてるし。

ただ麻生はもちろん何もわかってない。国費で賄う健康保険は本来個人の損得で考えるものではないからだ。自分も社会の一員でみんなでみんなの面倒を見てるんだ、という意識が必要。
安全保障でいう集団自衛に似ている。みんなでみんなを平和にするのが集団自衛。自分とこは平和なのに派兵して損してるなんて思いだしたら世界平和は成り立たない。それと一緒で自分は健康なのに不健康な人のために掛け金を払ってて損してる、なんて思ったら健康保険そのものが成り立たなくなる。

日本人は欧米と違ってみんなで元気で平和になろうという意識がない。利己的なのかもしれない。だから麻生に同調する人は多いだろうと思う。
高知県本山町
今度の豪雨で最も降水量が多かったのは高知県の本山町だけど、あの早明浦ダムのすぐ東隣の町。1,700㎜程ふったらしい。想像できない量だ。でも被害は報道されていない。
その本山町出身の人に今日たまたま会ったのでおそるおそる聞いてみた。どうでしたかと。
心配で電話したけど、大丈夫だった、避難はしたらしいけどね、とのこと。
その人が言うには、その町は以前から雨が多いところでしばしば土砂崩れがあり、それを避けるために絶妙に家を建ててるらしい。たとえば両サイドが土砂で崩れても間のその家だけは大丈夫とか。土砂の抜け道を長年の経験で言い伝えてあり、危ないところには家を建てないらしいのだ。
う~んなるほど。未曽有の降雨量だったけど、こんな場合でも先人の言うことはやはり聞いといたほうがいいということだ。古くからの町にはなにかといいことがある。新しいものは確かにいいかもしれないが、伝統も大切にしていきたい。
スポーツの価値
今日の毎日新聞の余禄(朝日新聞における天声人語)は永久保存版かなと思ったので以下に全文コピペした。

「見よ。ひとりの男が裸身で跳ぶ。他の男が力を込めて円盤を投げる。これが何の名誉か。私はこれを愚行と名づける。子供だましの意味ない遊びだ。キリスト教信者はこの中身のない、無意味な見せ物を避けよ」▲3世紀のカルタゴの司教シプリアヌスはこう述べたが、スポーツ嫌いはいつの世にもいる。ただその言葉に一面の真実がないわけではない。なるほど人為的な決まりごとから生まれるスポーツの勝敗に現実的意味があるわけではない▲だがその無意味こそが、人々の抱く夢や栄光、感動や失意などあらゆる物語を盛り込める空(から)の器となる。まさしくスポーツは文明の一大発明だが、人々の心を引きつけるこの器、競技の決まりごとが破られればすぐさま壊れてしまう▲対関学大戦での日大アメフット部のラフプレーの波紋が広がっている。危険なタックルで無防備な相手を負傷させた反則への批判がネット動画を介して拡散し、対日大戦中止の動きやスポーツ庁長官による危険行為非難が報じられた▲この反則、監督が指示したなどという聞き捨てならない話も伝わっている。日大アメフット部はホームページに謝罪文をのせたが、危険行為の背景説明はない。今後の真相解明は大学アメフット界の命運がかかったものになるだろう▲ラフプレーもいったん「暴力」という現実的意味を帯びれば、スポーツの栄光も夢も感動もすべて雲散霧消する。スポーツにかかわるすべての人が宝物のように大切に扱うべき「無意味の器」である。


スポーツというのは確かに人が勝手に作ったルールの中だけで成り立つわけで、そこで勝とうが負けようがどんなに優秀な成績を上げようが、本来全く無意味なのだ。現実とは遊離した完全に閉じた別世界だけの話で、だから大谷選手がどんなに野球で活躍しようが所詮スポーツはスポーツでしかないわけで、現実世界から見ればたしかに全く無意味だ。スポーツ嫌いは主にここに由来すると思う。本来ひどくつまらなくて無駄なものなのである。
しかしその「空の器」に様々な夢や感動や教訓が盛り込まれていて、無駄だからこそ、素晴らしい、という逆説が成り立ってくる。そこで初めてスポーツに価値が出てくるわけで、「空の器」だからこそ素晴らしいのである。しかしそのルールを暴力的に破ればたちまちにその「空の器」は空だからこそいとも簡単に崩れてしまい、スポーツそのものが存在の危機に瀕する。そのことをわかってやってるスポーツの当事者がいったいどれだけいるだろう、と今回の事件で思った。それは鈴木大地スポーツ庁長官も含めてである。
麻生財務相「セクハラ罪という罪はない」
麻生財務相「セクハラ罪という罪はない」。識者ら「何から何までおかしい」と批判や戸惑い

セクハラを殺人罪と比較するというだけで、確かに想像の斜め上を超えてくる。
セクハラとかあらゆるハラスメントは犯罪とかいう以前に道義上の問題でその人の品性が問われる問題。相手が嫌がることを嫌がっているということを承知で実行することをハラスメントという。本来、犯罪ではないが、上に立つ人間としては全く不適格。
で、こういう麻生みたいなハラスメントが何たるかを把握できない人のように嫌がることをやってもいいんだという最悪の人間がうようよいるから、それだと社会の空気が悪くなるので最近ハラスメントは犯罪化しただけで、もちろん重罪でなんかあるはずはない。
とにかく早くこの男を辞めさせてほしい。麻生財閥の財力と吉田茂の孫だという血統だけで威張っている、この二つをはぎ取ったら何も残らない単なるチンピラでしかないこの男に早く辞めてもらわないと不愉快で仕方ない。この男が政界にいるだけで我々国民にはハラスメントだ!
公文書改ざん、加計問題、日報隠し 「倒閣」だけでは解決せず
特集ワイド:公文書改ざん、加計問題、日報隠し 「倒閣」だけでは解決せず 東浩紀さんに聞く

最初写真を見たとき誰なのか全く気が付かなかった。東浩紀である。いつの間にこんなに太ったんだろう。しかしどんなに太っても東浩紀はぶれない。東浩紀は相変わらず東浩紀である。安心した。しかしちょっとはやせたほうがいいが。
以下記事より、カッコ内が東浩紀氏の文言。

去年の時点では「忖度にこだわる野党の戦略は『反安倍感情』に依存したポピュリズムにしか見えなかった。」ところが今年3月。公文書改ざん問題が明らかになり「事態は一変した」。政府が国会に偽造した文書を提出したことはあまりにも衝撃的だった。
「国会が、行政府に求めて差し出させた文書に改ざんがあったということは、立法府による行政府の監視が働いていないということ。つまり三権分立が機能していないという状態であり、民主主義の危機なのです。」
「安倍首相が退陣しても問題の解決にはならない」「行政府を預かる官僚の体質が問われています。これを機会に文書改ざんができてしまう体質を変えなければならない」
「今回の件は、官僚の誰かが実際に文書を改ざんしたわけです。キーボードを打ったこと自体が国民への裏切りであり、その人が特定され処罰されない限り、同じことは繰り返されてしまう。組織のトップを処罰するのは当然ですが、末端の現場を処罰することも大切です。安倍政権を倒すことに注力するあまり、改ざんに手を下した現場の官僚を免責にしてはなりません」
「もし上司から『コンビニで食べ物を盗んでこい』と命令されたら実行しますか? しないでしょう。なぜなら自分が処罰されると分かっていますから。処罰されると分かっていれば人は不当な命令に従いません。従って上司も命令できなくなる。逆に命令できるということは、犯罪に手を染めても、上司がかばってくれるという“信頼”があるということですよ」
「公文書は国民の財産であり、民主主義の根幹をなす文書です。それを偽造するのは許されません。だから現場で携わった人を特定して、具体的に命令方法などを明らかにする必要がある。佐川宣寿前理財局長ら財務省幹部が関与したか否かだけでなく、改ざんの場所はどこか、時間はいつか、命令は口頭だったのかメールだったのか、全て明らかにしていく。ボトムアップで細部を解明していく姿勢こそ必要です」
「大事なのは未来です。今回の件でしっかり処罰しておけば今後の抑止力になります。いざとなったらしっぽを切られる、自分たちは守ってもらえないと官僚が気づけばいい。官僚の体質が変わって、自分たちの仕事を国民が見ていると思うような状況をつくることが重要なのです」
倒閣運動だけに終わるのか、それとも官僚組織を変えるきっかけになるのか。この国は岐路に立たされているのかもしれない。



保守とリベラル
毎日新聞:リベラルマインドを教えた保守思想家 西部邁さんを悼む=中島岳志

西部邁氏のことは恥ずかしながら名前ぐらいしか知らなかった。知っていたとしても、保守の言論人ということで右翼か、と思い避けていたかもしれない。ところが全く違った。

西部はリベラルな精神を保守思想の文脈に位置づけ、両者を相互補完的な存在と見なしていた。保守は人間に対する懐疑的見方をとる。左派的な近代主義者が、人間の理性によって理想社会を構築できるという進歩主義をとるのに対して、保守は人間の理性の不完全性を前提に、歴史的に継承されてきた集団的な経験知や良識を重視する。人間は間違いやすく、誤認をくり返す。誰も正しさを所有できない。もちろん、自分もその例外ではない。懐疑主義的人間観は、自己にも向けられる。


僕が日頃感じていることをはっきり言葉にしてくれている。
保守とリベラルを結びつけないと、と思っていた。
僕自身もリベラルな思想でもって人間を信じたい。ここが基本だけど、そうもなかなかいかないのが現実。現実を直視すれば、多少は保守的な考え方もせざるを得ない。お互いに欠点を補完し合って、要はバランスだろうと思うのだ。
この人はひょっとしたら最もバランスの取れた人だったのかもしれない。
陰謀論の拡散
普天間第二小学校への米軍ヘリの窓落下事故で、「やらせだ」など根拠のない誹謗中傷の抗議があったとのこと。無茶苦茶な話だが、在ったことを無かったことにする、この陰謀論的な傾向はよく考えたら、今までにもよくあった。

ホロコーストは無かった。被害者であることを強調したいユダヤの陰謀。(ネオナチ等が言っている)
アポロ月面着陸はNASAの自作自演。(主に反米勢力が言っているのだろう)
9.11はイスラムを潰したいためのCIAの自作自演。(反米勢力が言っている)
3.11はアメリカが起こした人工地震。(これはどういう人が言うんだろう?)
そして南京大虐殺は無かった。中国と反日勢力の捏造。(日本のネトウヨが言っている)
従軍慰安婦はいなかった。韓国と反日勢力の捏造。(日本のネトウヨが言っている)
果ては、広島にも長崎にも原爆は落ちていない。加害側である日本が被害者面したいために捏造している。(これはアメリカのナショナリストが言っている)
とまだまだあると思う。
右翼左翼にかかわらず、こういう荒唐無稽な在ったことを無かったことにする陰謀論が大好きな人はたくさんいるみたいだ。自分が加害側にはどうしてもなりたくないのだろう。
最近では、北朝鮮危機は高価な武器を売るために安倍とトランプと金正恩が結託して自作支援しているのだという陰謀論。この陰謀論をある吉本の芸人が真顔で言ってたからこれは笑ってられない。今まではこんな陰謀論などバカバカしくて無視してきたが、今度の米軍ヘリの窓落下事故での抗議で看過できなくなった。実際にこういう勢力が社会に影響を与え始めたらしいのだ。

きっと社会はこれからもこういう陰謀論との戦いになるのかもしれない。今よりもずっと。人類の叡智はこういう陰謀論を否定することにこれからもっと躍起にならなければならないのかもしれない。こんな低次元なことにかかわるよりもっとやらなければならないことがたくさんあるはずなのに、そこに叡智が注がれないという損失に誰も気がつかないのだ。
この続きを読む
薬師丸ひろ子さんへのインタビュー
毎日新聞:映画「8年越しの花嫁」で母親役、薬師丸ひろ子さん 伝えたい、信じることの大切さ

「最近最も関心を持っていることは?」と聞かれて
「うーん、そうですねえ。いろいろありますけど、日本という国がどうなっていくのか。どこに向かって、どんな価値観を大事にしていくのか。ちょっと大きすぎますけどね」
と答える。何が正義かとか人が国がどうあるべきかとか、固定観念を持たない上で、素直に危機感を感じている。今の一般的な日本人の感覚だろうとは思うが、リベラルと自称し「戦争反対」さえ唱えてたらそれで済むと思っている、自分が正義だと確信してやまない、そんな暑苦しい他の芸能人とは全然違ってやはりこの人は今でも清楚だ。
そして「なぜこの国で満足に食べられない子がいるのか。介護に疲れ切っている人がいるのはなぜか。」と続き、「役作りのために世界で起きていることに関心を持ち、CBSやBBCなど海外のニュースもチェックしている」「(でも)私はただの『あまちゃん』です。外野からの発言ですから」と相変わらず謙虚だ。

世の中こんな人ばかりなら、多様性の話も歴史認識の話もどんな話も通じるだろうに。