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曇り日の海
 久しぶりに夫婦で海を見に行った。まん前に海が見えるベンチに座り、近くにある「なおき工房」というパン屋さんのパンをほおばりながら、ただ海を見ている、これだけで至福の時間である。海鳥がぱらぱらと飛んでいたり、大きな貨物船が通り過ぎたり、何も起こらなくても、ただ海だけを見ていた。波の模様は常に変化していて、永遠に同じ模様を見せることはない。次の一瞬にもう違う模様を見せるのだ。それをいつまでも見続けたこともあった。
 今日の海はどんよりと曇った空を映して暗いグレーだ。向うの方で大きな海鳥がゆったりと飛んでいるのが見える。また一羽、あっ、また一羽、2羽、だんだん増えてきた。かなり近いところを飛ぶのもいる。オオアジサシだろうか。全体にグレーぽい感じで、腹は白、両翼は有に1メートルは越えるだろう。何回もここに来てるけど、こんな鳥初めて見るなぁ、と二人つぶやいて、パンを食べようと眼を少しそらした次の瞬間だった。見上げたら、突然5メートルぐらいの至近距離に10羽ほどのオオアジサシが白い腹をこちらに向けて僕らの真上を通り過ぎるところだったのだ。オオ――、デカイ、ビックリしたー、二人とも驚いたこと、のけぞったこと。それは一瞬だったが、なかなか見られない光景に出会いラッキーだったのだ。大阪湾も捨てたものじゃない。悪名高き大阪湾もこの温帯気候における、数珠繋ぎの島国の中の、一つの入り江にすぎないのだから。黒潮に洗われる幸福な入り江の一つなのだ。
 しかし彼らは人間など全く眼中にないのだろうか。ちょうど彼らの移動する行程の真下に僕らがいただけなのだ、きっと。

 それは飛ぶことができずに言葉を愚弄するしか知らない僕らを、まるであざけるかのように通り過ぎていったのだ。

酸(す)ゆさとはこころの軋り群れつどふ海鳥あまたあざけりを秘め

角田純『海境』
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日本語の醍醐味
 角田純さんの第一歌集「海境(うなさか)」を読んだ。読了して思ったのは、高度な修辞に乗せて日本語の音と意味を短歌の韻律に高密度に編み込み、日本語の醍醐味というものを十分味あわせてくれたことだ。読んだ後はしばらく軽い酩酊状態になる。日本人に生まれてよかったなぁ、とつくづく思わせてくれる歌集である。

草叢に墜ちたる鳥のごときかな霧にまぎれてあさの水際へ
今朝もまたみぎわに鷺が挫折とふいひわけあまた振り撒きながら
ただ朝を掬ひあげたるのみにして灰緑(くわいりょく)のかぜ頬をぬらせり
星あまたねむるがごとくこゑ絶えて悪徳の〈徳〉輝(かがよ)ふわれら
酸(す)ゆさとはこころの軋り群れつどふ海鳥あまたあざけりを秘め
泥濘(ぬかるみ)にこゑあららげる鷺はゐてつぶやいてみるあさの憎悪を
わたつみの海(わた)の底なる淀みかな葬(はふ)りの雨はうすずみのあめ
たまきはる蝉の薄羽のかろさかなみどりの刻(とき)をはつか剖(ひら)きて
我がほねを搏(う)ちてはばたく化石(いしぶみ)の候鳥(とり)はゆきたり。水漬くこひびと
きさらぎはひかり降るつき苦しみのほどかれしごと繊(ほそ)き雨ふる
かぜに晒(さら)すよごれた朝のわたくしのさびしき一樹(ひとき)たちて黙(もだ)せり
首提げて野の道ゆきぬそこまでの噫(ああ)そこまでのさびしい夢が
籠りゐしひと日はあめの雨垂れのくらき乳房を伝ひゆく見ゆ
やがてまた汚れたよるが来るだらう澱むみなもに雨はやさしく
うつくしき法則にしもあらざれどよるに啄ばむあをい仮説を
陸(くが)を背にさけびたきかな、海境(うなさか)へゆけゆきつけよぼくの葦舟
ねむり濃き快楽(けらく)のひるのうたかたのたとえばくらげ或いはひとで
僕はぼくはどこへ流るる哭きながらくらい水路に舟を浮かべて
真白(ましろ)なるつきかげは地に滲みてをり。舌滑らかに偽りをいふ
朽ち果てし砂の上(へ)の舟としつきは梳(くしけづ)るがにみづの記憶を
やはらかき闇截(き)りひらき舟を漕ぐをとこのせなか手触(たふ)るれば雨
押しやれどまた戻りくるその骸(むくろ)。或いは〈蹉跌〉かも知れなくて
まなうらの痕(きず)に凍み込む蜜なれや、やさしい鳥が恐怖(テロル)をうたふ
朝の陽が溶けだすころの湿地かな雨の匂ひの乳房を提げて
そのこゑは届きたりしや耳底をながるる水のみづの嘆きを
みづのやうに流るるひかりわたくしはわたくしを鎖すゆめを匂はせ


 美しい歌片が滔滔と流れる。
 僕は口語短歌をこれからも作り続けると思うが、逆にこういった文語短歌を鑑賞することがいかに自分の血となり骨となるかを今回思い知らされた。日本語が今まで長い時間をかけて積み重ねてきたその積分値と言えばいいのだろうか、そのようなものがこの歌集全体の通奏低音とし機能しているような気がする。しっかりとした言葉の土台の中央にでんと座って朗々と角田純は詠う。即席の文語ではない日本語を知り尽くした文語だろう。ぼくらはだれでもこの歌集の文語の難しそうな修辞のどれをも、実はもともとからだの中に通過させる素地を持って生まれてきているはずなのだ。僕はゆっくりと一つ一つの歌片を体の中に刺し入れて漂わせ、細胞の一つ一つに言葉が溶解していくのを味わう。そのとき人間は言葉で出来た物体と化するのだ。

 方法論的にもエクリチュールとしても、おそらく新しいものは何もないだろう。でもそういったことは全くどうでもいいごく些細なことのように思われてならない。いったい「新しい」といったことにどれほどの価値があるものなのか、一度それらをこれらの歌片に並べて提示してみればいい。短歌において何が一番重要なのか、かえってそれがはっきりわかることになるのではないか。言葉が揺るぎ無いというのはこういうことを言うのだ。
 今年最も注目される歌集の一つになるように思われてならない。
靖国とアルカイダ
 8月16日の続きである。

 靖国というシステムが、明治初期の富国強兵のために興ったことは、もうこれは明らかなことになっている。それ以前は影も形もなかった。1869年(明治2年)に東京招魂社の創設から始まり、10年後に「靖国神社」と社号を変えたわけだが、日本の領土拡大、つまり当時の欧米列強の仲間入りをするべく、遅れてやってきた日本が講じた苦肉の策だったわけである。神の国であるこの日本のために死ねば、英霊として永遠に天子様のおそばに居ることができ、これは大変幸福なことであり名誉なことでもある、と当時、東京に全国戦死者の遺族を国費で招待して、明治天皇自らが祭主となり戦死者の功績を褒め讃え、その魂を顕彰する勅語を下すことから始まった。それ以後も戦死者とその遺族に最大の栄誉を与え、戦死することを幸福と感じさせることに成功し続けたのである。戦死者を出した遺族の悲しみの感情を喜びの感情に変えてしまう「感情の錬金術」、これこそが靖国信仰を成立させていたのだ。そしていくらでも国のために喜んで死んでいく若者を生産できたのである。それによって遅れてきたこの日本が欧米列強に引けをとらなくなったわけで、このことは歴史を紐解けば一目瞭然である。
 その中で欧米から異様に恐れられた「特攻隊」という戦術も、靖国信仰に洗脳された我々日本人は当時苦もなく受け入れたわけである。逆にそういう死に方をすることこそ他の何よりも最大の栄誉であり、最大の幸福と感じられたのではないだろうか。
 ここで当たり前のことを言う。特攻隊は自爆テロである。このことは誰もがすでに気づいていたはずだ。アルカイダがリードする「イスラム原理主義」のなかに必ずこの靖国信仰に似た「感情の錬金術」があるはずである。神のために死ねばあの世でそれは最上の待遇が待っているのだろう。遺族にも特別な計らいが何かあるはずだ。それがあるため彼らは喜んで自らを爆弾と化して飛び込んでいくのである。特攻隊と全く同一である。そしてイスラム原理主義と靖国信仰はこの点においてこれも全く同一である。ここに論理の飛躍は一切ない。在るのは論理の転換だけである。多くの健全なイスラム教徒はイスラム原理主義をもちろん擁護しない。彼らを狂人扱いするだけだ。一緒にしないでくれ、と迷惑そうに言うだけだ。
 翻って日本ではどうだろう。天皇制を奉じる普通の健全な日本人が靖国も奉じるのである。それは普通のイスラム教徒がアルカイダに同調するのとなんら変わりはない。だが我々は靖国の原理を否定しようともしない。それどころか二度と過ちを起こすまい、と誓って靖国に参る。だが靖国こそがその過ちの張本人である。こんな矛盾があるだろうか。靖国は戦争のための装置である。その靖国で不戦の誓いをたてることに矛盾を感じないことがいったい何を意味しているのか、いい加減気づくべきだろう。明治の富国強兵の一環であり、当時の情勢から植民地政策をせざるを得なかったとはいえ、もういいのではないか、靖国は。過去のものとして、当時それを信じた不幸な遺族のためだけに存続していくだけで。僕自身は彼らには心から同情する。それこそ深い哀悼の念を禁じえない、戦没者にもその遺族の方たちにも。

 アルカイダの自爆テロを異教徒の信じられない蛮行として我々は捉えるが、靖国を信じる人ならおそらく深く理解できるはずである。しかも相手は同じアメリカなのだ。理解できないと言うのならそれは靖国の本質を何も理解せずに、靖国を信奉しているからにすぎない。まず靖国を理解することだ。そしてそこからしか今もう日本人は始まらないだろう。天皇制を肯定するのも否定するのももちろん個人の自由だが、それらはすべてそれからあとである。
靖国
8月ということで靖国に関する議論が盛んだ。昨日のNHKでも公開討論があった。
やはりこの問題に正面から臨むことが今、日本人としての責務のような気がする。

様々なブログを読んで考えを新たにした。

まず『スカイ・ハイ』さんの「靖国問題」から

ここでは「靖国問題」(高橋哲哉著 ちくま新書)をテキストにしている。

靖国神社のスタートは、1869年(明治2年)に東京招魂社の創設から始まり、10年後に「靖国神社」と社号を変えて以来、明治維新から大東亜戦争までの戦死者(軍関係者)を祀っており、合計約250万の霊が護国の神として祀られているそうですが、著者が強調するのは、祀られた英霊が護ろうとしたのは、植民地政策を押し進めた「植民地帝国」と言う名の国であり、その思考をマインドコントロールしてきた元凶が、靖国神社という〃祀りのシステム〃であると論じる。つまり、「神国である日本の為に戦って死ねば神になれる!」という国家のアイデンティティーを植え付け、いつでも天子(天皇)様のお側に居れるという幻想を、国家的弔いに位置付けて増幅させる手法で国民を操作する、という体質そのものが本質であると著者は述べている。
更には神社神道を宗教から分離し〃超宗教〃と位置付ける事は、他のあらゆる宗教国家神道に従属させる事であるとも述べています。この根本にあるイデオロギー操作が、〃日本の伝統〃というオブラードに包まれた靖国神社の本質で、母体である日本独特の神社神道にも言及する。



ぼくは今まで靖国参拝を墓参りのように思っていたが違う。「靖国で会おう」を合言葉に戦地に散っていった戦死者は靖国に葬られるのではなく、祀られて神となるのである。単に寿命が来て死んで葬られるのとは違う別のステージに上ることになるのだ。
つまり日本古来の神道という民衆的な宗教を植民地政策と結びつけたのが「靖国」というシステムだった。だから「靖国」を否定すれば、「日本を天皇をも否定するのか」、あるいは「おまえはそれでも日本人か」という議論によくなるが、これははっきり間違いである。天皇制は少なくとも継体天皇からとしても1500年、神道はそれ以前から天皇制とは何ら関係なく存在している。靖国はたかだか150年ぐらいの新参者である。つまり新興宗教のようなものだ。我々日本人はそれに振り回されてきたのだ。戦前の日本の帝国主義が靖国というシステムを利用して国の為に殉職するということを神聖化し正当化したにすぎない。それがまたなぜいま蒸し返されているのか、ちゃんと理由があった。


『署名で書く記者の「ニュース日記」』さんの「靖国参拝」異論と、「靖国」をもう一度から
 

共同原稿によれば、西村議員は「靖国神社で不戦の誓いをしてはならない。近い将来、わが国は戦争を受けて立たなければならないこともあり得る。その時は勝たなければならず、そのために靖国神社を忘れてはならない」と訴えたという。
 もちろん、西村議員も、日本が侵略戦争を起こすことを考えているわけではないだろう。他国から攻撃を受けるなど、想定した事態での防衛的な戦争をイメージしているのだと思う。
 それにしても、西村議員の言葉は、本人の意図を別にして、靖国神社のある側面を見事に言い当てているとはいえないだろうか。「招魂社」としての創建以来、靖国は「戦争」による死者のために存在してきたといっていい。だからこそ、議員が言うように、靖国では「戦争をしない」と誓ってはいけないのだ。極言すれば、それは靖国神社そのものを否定することになりかねないからだ。



確かに日本がこれから侵略戦争を起こすとは誰も考えまい。よく左がかった人がそんな危険性を強調するのを聞いて鼻白んだものだ。誰がいまさら朝鮮半島や中国大陸に攻めていくものか。だが防衛のための戦争なら大いにありうるし絶対に想定していないとだめだ。それが為政者の義務であろう。

 一方で、靖国神社の存在を絶対とする人たちは言う。「戦死者たちは『死んだら靖国に行く』と信じ『靖国で会おう』を合言葉にしていた」と。実際に戦時中、多くの人々はそうだっただろう。それこそが、国が個人に犠牲を求める壮大なシステムの「最終装置」だった。中曽根元首相が以前「国が慰霊するようでなければ、誰が国のために死ぬだろうか」というような発言をしていた。まさに、そこに問題の本質はある。



確かにここに問題の本質がある。なぜ小泉首相は靖国にこだわるのか。イラク派兵やそれ以後も自衛隊が海外派遣されることはあるだろう。そのときに殉職した自衛隊員をどうするのか、国の命令で行ったのだからそれこそ特別な計らいが必要になってくる。そのときに靖国というシステムがまた復活するのだろう。そしてどこももう止められない覇権主義の中国に対する防衛のための戦争、そのときに士気を高めるのが靖国だろうか。
じゃ、それに対して反対かというと、それ以前に反対する権利があるだろうか、という議論になる。防衛のための戦争は明らかに平和のための戦争である。日本にとってあの第2次世界大戦とは根本的に違うはずだ。だがそれに靖国がかかわってくると一緒じゃないか、という気がしてくる。しかし平和の為に手段は言っていられないだろう。靖国が利用できるのなら利用すればいいのかもしれない。だが、ここでぼくの主観を言わしてもらう。ぼくは靖国は嫌いである。大嫌いだ。決して皇室が嫌いなわけではない。皇室と靖国は別物である。靖国は古くからある天皇制に便乗している新興宗教のようなものにすぎない。もしあくまで日本が靖国にこだわるのなら、日本を脱出したくなってくる。

日本脱出したし 皇帝ペンギンも皇帝ペンギン飼育係も 
  
塚本邦雄「日本人霊歌」

47年前のこの短歌がまさか今よみがえってこようとは。皇帝ペンギン(天皇)も皇帝ペンギン飼育係(我々日本人)も日本から脱出したかった、戦後間もない頃のあのナショナリズムのジレンマが、今またよみがえってくるのだろうか。
自然絶滅と人為絶滅
トラックバックというのをやってみた。これで一応2回目である。やり方はこれでいいんだろうか。

極東ブログさんのマレーシアでの森林火災の話

かなり深刻な「危険レベル」ということで、その煙が人命にも影響を及ぼすという。
だがこのブログでは森林火災は自然現象なのではないか、と一石を投じる。確かに自然に森林火災は起こるだろうし、過去そうやってこの大自然は有為転変を繰り返してきた。もし自然に起こったのならそういうこと、でも人為的に起こったのならやはり自然破壊だろう。だがマレーシアではそうことは単純ではないらしい。かなり深刻とのことで心配である。なんだかよそ事ではない。

しかしこのことに少し触発されて書く。いったいどこまでが自然でどこからが自然破壊か、難しく普遍的な問題がここには横たわっている。このブログでもオーストラリアの森林火災で幾種類かの鳥類が絶滅した、とあるが、生物種の絶滅というのは基本的にはまず自然に起こることなのだ。種の興亡が繰り返されて今の大自然がある。生物種も新陳代謝するのである。だから森林破壊がもし自然に起こって何種類かの生物が絶滅したとしても、人間の側はそれに関与してはならないはずだ。それは自然の摂理だからだ。また種というものは必要とされるからそこにあるわけで、必要とされない種は自然に絶滅していくのである。まるで会社のポストのように不必要なポストは消滅していく。深刻なのは人類の異常発生と急激な文明化でバタバタと生物種がそれこそ飛行機のボルトがなくなるみたいに倒れていっていることだ。ある日出社したら課長と部長が失踪していたとしたらこれはその会社にとって死活問題だろう。だからワシントン条約で本当にどの生物が自然絶滅でどれが人為絶滅か分けないといけないと思うのだ。アマミノクロウサギははたしてどっちだろうか。
ホリエモン
連日、歯が浮くようなまじめな話で、疲れました。申し訳ないけど、だいたい僕は日本という国がそんなに好きじゃないと思う、たぶん、みなさんと同じように。なんだか勢いで言ってしまいましたが。

ちょっと今日は息抜きにトリヴィアな話を。

今日、女房が「ホリエンモンに声をかけられた」と興奮して事の顛末を話すのです。
午後、梅田阪神の地下一階のケーキ屋のあるほうの入り口付近で知らないおばさんと話し込んでいたところ、急に後ろから「あのーすいません」と声をかけられ、通るのを邪魔しているんだと思いふりかえり「いーえどうも」と挨拶したら目の前にあのホリエモンのニコッと笑った笑顔がバン!とあり仰天したそうだ。一瞬テレビを見ているのかと錯覚したとのこと。ホリエモン氏はそのまま笑顔を仕舞い込み、早足でJRの方へ一瞬のうちに人ごみの中に消えてしまったとか。そりゃービックリするわな、あのデカイ顔が目の前にあったら。彼はスーツ姿だったとのこと。Tシャツ姿はあれはパフォーマンスらしいとのこと。「声をかけられた」というからなんだと思えば、ようするに通るのに邪魔だっただけ。人が人なら「おばはん、どかんかい!」である。でも一瞬見たホリエモンの笑顔がなんともステキだったらしくファンになってしまったとか。おいおいヨンさまじゃないんだから。それにあんな顔はタイプじゃないとか言ってなかったっけ。

と話はここまでだが、ここ「ナガスクジラの夢」では話をトリヴィアなままでは終らせない。
(でも本当は終らせたいのです、だって疲れるよ、あー本当に疲れる奴だこいつは)

彼女が「一瞬テレビを見ているのかと思った」というこの驚愕である。これはいったいなんだろう。何千万人もの人が認知している有名性とせいぜい多くて数百人ぐらいしか認知されていない無名性、この差は人という社会的動物にとってどんな意味があるのか。この差をできる限り客観的に考えたいのだが難しい。ただ思い出すのはアメリカの写真家シンディ・シャーマンが20代の時に撮った「Untitled film still」という一連の写真群である。シンディはここで大道具小道具を駆使して、自分自身映画のヒロイン(マリリン・モンローやヘップバーンなど)に衣装もそっくりになりすまし、あたかも映画の1シーンのごとくシャッターを切らせているのだ。様々な違う映画の1シーン、すべて中央で写っているのはすべて撮影者自身なのである。すべて同じ顔が並ぶのである。眼を見張らざるを得ない。有名性と無名性の間を何かぶっ壊したような爽快感があった。そこに写っているのは紛れもなく普通の女の子であり、撮影者自身であり、我々無名性の象徴なのだろう。森村泰昌が似たようなことをやっていたが、あれは絵画である。絵画に自分を潜り込ませるのだ。あれはあれでまた別の衝撃があるだろうが、ここでは話が違う。
でも本当のところこの写真群は僕にはわからないのだ。ただ得も言われぬ衝撃だけがある種の快感となって今も残っているだけである。だからわかる人がいたら正直教えてほしいのです。

(お疲れ様でした)
数珠繋ぎの島国
またぞろ昨日の続きである。記事も数珠繋ぎである。どこかで切らねば。

昨日、この日本列島を数珠繋ぎの奇跡の島国、とか言ったが、これをもう少し説明したい。説明しないとどうも気が済まないのだ。あれではどこが奇跡なのか実感がわかないと思うので。

何でもいい、世界地図を見ていただきたい。地球儀でもかまわない。
そこで自分が未知の星からやってきたエイリアンだと思っていただきたい(ちょっと無理がありますが)。始めてみる地球はさぞ美しいはずだ。別に日本列島でなくとも美しいのだが、どっかりと太平洋があり、その西方にユーラシア大陸を従え、千島列島から日本列島を経て南西諸島までのおよそ何キロだろう5千キロほどだろうか、これほどの長蛇の列島は世界広しと言えどもここだけである。しかも亜寒帯から温帯そして亜熱帯と人も含めた生物が快適に過ごせる気候帯をすべて網羅する。これだけ気候帯を渡る島々もここだけである。この列島をできる限り既成概念を廃して見てほしい。今はじめて見るんだと。なんなら地図を逆にしたり横にしたりして見てみればいい。そしてここに人がだれも住んでいないと思ってください。どうです美しいでしょう、太平洋の波に洗われる数珠繋ぎの島々が。これが奇跡でなくしてなんでしょう。うっとりとするじゃないですか。だからこんな美しい列島をすべて一つの民族が支配するのは罪悪である、と僕は思うのだ。日本列島だけでよいではないか。だからといって南西諸島が中国だとは絶対に思わない。あそこはあそこに住んでいる人々のものである。琉球共和国でも作ればいいと前から思っていた。カムチャッカから千島列島ももちろんロシアだとは思わない。あそこはあそこに本来住んでいたアイヌ民族だろうか彼らの神の王国である。それぞれが温和な外交関係になり行き来はビザ一つで自由に。お互いの観光産業は盛り上がるだろう。世界中からこの美しい島国を訪れることだろう。なんだかうっとりである。がもちろん夢物語だ。

話は逸れるが、僕はこんなふうな夢物語をよく考える。たとえば中国だ。今でこそ94%の人口を持つ漢民族がすべて支配してしまっているが、二千年以上前は春秋戦国時代という多民族の国家連邦のようなものだった。それぞれの民族がそれぞれ国を建て漢民族と対等に覇権を争っていたのだ。それが今となっては中国の少数民族なんて言われ方を余儀なくされ、周辺で細々と暮らしているのみだ。かつて彼らはみな漢民族、朝鮮民族、日本民族と対等な文明、文化を持った誇り高き民族だったのである。だからたとえば秦の始皇帝が現れなかったら、今のヨーロッパのように様々な民族がそれぞれの個性を際立たせ、およそ20~30ぐらいの国々がこの東アジアにたぶん同じ漢字文化圏としてひしめき合っていたはずだ。さしずめヨーロッパでいえば、日本がイギリスで、朝鮮はフランスだろうか。漢民族の国はドイツである。皆それぞれ誇りを持ち犬猿の仲だとか言われながらも世界をリードしている大国であり教養豊かな国々だ。イギリスとフランスは確かに仲は悪いが、いいじゃないかサッカーで勝てばいいのだ。ああ、いいなー、ヨーロッパが羨ましい。ヨーロッパこそ奇跡だったんだ。なんだか涙が出てきた。

涙をふいて話を元に戻す。数珠繋ぎの美しい島国である。日本の国を誇りに思うのならまずここからだろう。神武天皇やら神功皇后やら昔の作り話を本当らしく吹き込むのではなく、あの戦争は間違ってなかった、とか教えるのではなく、まずこの奇跡の大自然からである。これを子々孫々守っていくんだとまず子供たちに教えないと。それにあの戦争は間違っていたのだと、清く認めることこそ誇り高き日本民族なのではないだろうか。それこそサムライであるはずだ。


陸(くが)を背にさけびたきかな、海境(うなさか)へゆけゆきつけよぼくの葦舟

角田純『海境』
右の眼に左翼左の眼に右翼
一応8月2日の話の続きになります。

右の眼に左翼左の眼に右翼   鈴木六林男

この俳句をもう一度。
〈右の眼に〉つまり右翼気味の人には普通のことが〈左翼〉的に映る。逆に〈左の眼〉つまり左翼気味の人には普通のことが〈右翼〉的に映る。こういう意味のようだ。当たり前のことのようだが炯眼だと思った。

例を挙げてみる。

最近の産経新聞は8月ということで、あの戦争は正当な戦争であって、東京裁判は間違いだったと、しきりに同じことばかり繰り返し書いている。少しでもこれに反対する意見、たとえば近隣諸国に迷惑をかけたんだから、とかA級戦犯を出さないと示しがつかないでしょう、という当たり前の普通の意見はことごとく「自虐史観」となる。国旗国歌法制化、拉致問題、自己責任、靖国、反日、と盛り上がってきたナショナリズムをさらに盛り上げんと躍起だ。これが〈右の眼に左翼〉。たとえば今中国のことを少しでも褒めれば、こういった人たちからは左翼扱いである。

次、〈左の眼に右翼〉。
僕からすればナショナリズムには2種類ある。自分の生まれた国を誇りに思うあるいは好きだと言える「健全なナショナリズム」。それと自分の国がこの世界で一番で、ほかはみんな自分より下だと思う「ウルトラナショナリズム」。確かにこの二つの差は微妙だ。ただどこの民族にも健全なナショナリズムはあるだろうし、またあるべきだ。たとえば僕自身、満々と水を湛えたこの美しい地球という星の太平洋と呼ばれる広大な海洋の西方の温帯地域に数珠繋ぎに散りばめられた奇跡の美しい島国、これを何より誇りに思う。地図を見るといつも溜息がでる。この日本と呼ばれる島国が大好きだし、この国の人々の文化、歴史も大好きだ。特に言葉にかかわっているせいか、中国を中心とした東アジア漢字文化圏自体一つの奇跡のように思えてならない。僕は日本だけでなく、中国、朝鮮半島も含めた同じモンゴロイドで同じ漢字文化圏のこの東アジアが大好きなのだ。だから昨今の反日運動は大変悲しい。今まで生きていて一番悲しいかもしれない。さすがにここまで言えば右翼扱いはされないだろうが、ただ「ええ僕はこの日本が大好きですよ」と言えば、左翼がかった人からは右翼扱いされかねない。

俳人鈴木六林男はニュートラルな視点をできる限り保とうとしたのだろう。だがこれは大変難しいことなのかもしれない。結局ニュートラルな地点がとても不安定なところかもしれないからだ。ここ1年ぐらいだろうか、特に中国の反日感情が露呈してからはさすがの僕も中国が少し嫌いになった。だがそれに対するマスコミなどの反応や人々の中国嫌いの反応を見ているとそっちの方が嫌で、逆に僕自身が少し左に寄ったかな、と今冷静に考えている。中央少し左寄り、ここが取り合えず今の僕の少しでも居やすいところらしい。ただ居心地は良くないので立ったままである。本当はもちろんど真ん中にどっかりと座っていたいのだ。
遍在化する意識存在
また前回の話の続きになる。

ニュートラルと中立は同じだろう、と言う人は多いはずだ。
ニュートラルは大辞泉では「いずれにも片寄らないさま。中立的。中間的。」とあり、大辞林にも「対立する二つのいずれにも属さない・こと(さま)。中立。中間。」とある。とにかくどっちつかずの中途半端な立場じゃないか、となる。

そして英語の【neutral】も
━━ a. 中立(国)の; 公平な; どっちつかずの; (色が)くすんだ; (ギアが)ニュートラルの; 【生物】無性の; 【電気・化】中性の; 【楽】(舌の位置が)中間の.
━━ n. 中立者[国]; 中間色; 【機】(ギアの)ニュートラル(の位置).
(三省堂EXCEED 英和辞典より)

とある。なんだかあやふやで中途半端そのものだ、はっきりせい!と言いたくなるような意味だ。確かに意味はそうだろうが。ニュアンスは違う。英語のneutralではなく、少なくとも日本語になったニュートラルは。もっと普遍的な、どこにも属さない、誰にも染まらない、自分の意思を変えない、といったニュアンスを感じる。仕方なくニュートラルになったのではなく、もっと積極的にニュートラルとなり、そして世界を見てやる、という意思だ。

これは黒瀬珂瀾氏の中澤系歌集『uta 0001.txt』(雁書館、2004)書評「遍在化への誘惑」(「未来」7月号、未来短歌会) における「世界に遍在した意識存在」に通じる。

3番線快速電車が通過します理解できない人は下がって  中澤系

ここでこの作品に関して黒瀬は

「理解できない人」は世界中の人間だとして、この一首の発話者はいったい誰なのだろう。作者自身だろうか?(中略)ネット空間では連日多数の情報が発信される。それはユビキタス(遍在的)であり、匿名性が強い。最終的に人間の意識はネットとの伴走をもってそのパラダイムを変換させていくだろう。情報の遍在化は人間意識のネットへのシンクロニシティを喚起する。俗に言う「ネット短歌」にも、それによる「私の流動化」や「私の遍在化」の傾向が伺えるが、中澤系はその黎明期にあって最もラディカルな形で深淵に臨んだ歌人なのだ。従って、冒頭の引用歌の発話者は「世界に遍在した意識存在」と言うことも出来るのではないだろうか。そこには近代的な「私」への激しいまでの懐疑が存在する。それを経て初めて短歌は現代の「意識」の支持体となりうる。



と雄弁に語る。確かに〈世界に遍在した意識存在〉は〈近代的な「私」への激しいまでの懐疑〉であろう。だがこの意識がインターネットという場を通じて出てきたとは僕には思えない。というか時代に関係なく〈世界に遍在した意識存在〉というのはあるのではないだろうか、たとえば『徒然草』のときから。
それに現代においてもインターネットと関係ないところで、たとえば俳人の和田悟朗氏の言う、〈四人称〉がある。これはアラスカの原住民エスキモーの文法における人称である。つまり一人称、二人称、三人称、普通はここまでだが、さらに四人称の概念が彼らにはあると言うのだ。和田悟朗曰く、それは〈神〉の概念だそうだ。

  寒暁や神の一撃もて明くる  和田悟朗

阪神大震災のときの句である。当時神戸の岡本にお住まいで、地震に遭われたときの句だが、この句を見て神戸市民は「何故我々が神の崇りに会わなければいけないのか」と真剣に怒ったそうだ。和田悟朗は科学者であり、できるだけ科学的に〈神〉を規定する。この宇宙でこの世界を規定しているそういう神のような存在が必ずあるはずだ、それは物理の法則のようなことかもしれない、その存在は意思を持つとか持たないとか、今の人類の科学で把握できるようなそんな次元にはいない。だから「祟る」という人間的なモーションを我々にかけるわけがない。それは人間中心にこの世界を考えるから「祟り」などという概念が出てくるわけである。ただその〈神〉という概念がなければこの世界も存在しないだろうということだ。たとえば宇宙からこの世界を俯瞰する存在、それが〈神〉である。だからといって、我々に何をするわけではない。むしろ我々人類のことは全く眼中にはないだろう。あの地震はそういった意味での〈神〉の一撃だったわけだ。何百万年もの人類史もこの〈神〉から見れば、一瞬空中に浮かんでは消える塵のようなものにすぎない。フッサールの現象論とは対極にある。和田悟朗はロゴスを科学的に説明したかっただけかもしれない。しかしこの〈神の一撃〉というものは、あの地震の最初の一撃を神戸で(大阪や京都ではなく神戸で)体験したものにしかわからないのだろう。僕は大阪でこの一撃を受けたし、かなりのショックだったが、ここまでは思わなかった。
エスキモーの四人称も似たようなところがあるという。我々つまり一人称、二人称、三人称、を見ている存在それが四番目の人称ということだ。むしろ〈神〉の概念よりも〈世界に遍在した意識存在〉に近い気はする。が実際に彼らがどんなふうに思って生活しているのか調べたわけではないのでこれ以上ここでは言わない。
〈神〉の概念もエスキモーにおける〈四人称〉の概念も結局それは〈世界に遍在した意識存在〉と限りなく相似だ。一点に集中するか、満遍なく遍在しているか、の違いに過ぎない。しかし、満遍なく遍在していると思うことによって、あるいは満遍なく遍在することで〈神〉という概念が具現化すると思うことによって、世界へのアプローチの仕方は一変する。それをはじめて実践して見せたのが中澤系である。いや黒瀬珂瀾と言うべきか。
つまり〈理解できない人は下がって〉を考えることによって、我々は一気に〈世界に遍在した意識存在〉を意識する。それが中澤系の上述した歌における衝撃の原因なのだろう。これを看破した黒瀬珂瀾の慧眼には感服するしかない。ただしかしここでけちをつけるつもりは毛頭ないが、ネットに関する記述は僕の中ではやはりずれる。言い出したので最後まで言ってしまいたい。
つまりネットはむしろ極私的な想いを増幅させる装置だと思うのだ。情報が蛇口をひねればいくらでも出てくるが、自分が必要としない情報には眼もくれず、自分がほしい情報だけをいくらでも摂取する。そこに閉じた極私的空間が出来上がり、どんどん増幅していく、実に危ない空間ではないだろうか。僕自身もそんな空間でこんなものを書いていて、実際興味のないことには眼もくれない。危ない状況に今いるのかもしれないが、自覚症状は全くない。それどころか誰よりも自分は真っ当だと思っている、のだから始末に終えない。
つまり〈ネット短歌〉には〈私の流動化〉の傾向は伺えるが〈私の遍在化〉の傾向は伺えない。むしろあるのは〈私の偏在化〉だ。
(ここで話は逸れるが、日本語は時々ものすごくややこしい。遍(あまね)く在る、と、偏(かたよ)って在る、この全く逆の意味が同じ発音なのである。これは全くもって信じられない話だ。)
ネット環境では、ゲームオタクはますますゲームオタクになり、文学オタクもますます文学オタクになる。そしてあらゆるイデオロギーがお互いに関係を持たずにますます先鋭化するだけだろう。だから中澤系の上述した短歌はネットとは全く関係はない。関係しているのは彼本来の資質のみなのだ。

ここまで書いてきて、とにかくニュートラルでありたい、と願うこの僕がこうやってネットに潜ることによって、これからもニュートラルでいられるのか自信が持てなくなってきた。これをきっと「ミイラ取りがミイラになる」と言うのだろう。
ニュートラルな視点
産経新聞で石原慎太郎がなにやらまた反中国的なことを書いていたが、確かにこっちもわかっているんだよ、中国が軍事的に脅威だってことは。だからって日本のナショナリズムを煽るような言い方には、ほとほとうんざりくる。それとこれとは違うでしょ、っとはっきりといわなければ僕も、こんなに大げさにブログ始めたんだから。確かにブログを始めた時、きちっと何か書きたかったから始めたのだが、きちっとばかり書いていると時々疲れてくるのです。それで以下少し感情的に書きますね。

僕は右翼も左翼も大嫌いだ。結局極端な方向にしか人心というのは振れないのか、両方ともそこを突いてくるのだ。注意しないといけないよ、みんな。

右の眼に左翼左の眼に右翼   鈴木六林男

こんな感じです、今の世の中。ニュートラルな視点からは人々がこんなふうに見える。
とにかくニュートラルで行きたい。ニュートラルと中道とは違う。中道っていうのはどっちつかずで中途半端なことだ。またニュートラルは中立とも違う。中立と中道は似たように右と左にびくびくと臆病風を吹かせているだけだ。ニュートラルは日本語にはおそらく無い。ニュートラルというのはどっかりとそこから動かない視点、確実にこの世界に存在する岩盤である。だからはっきりと視点をニュートラルなところに据えてしっかりと世界を見ないと、そして行動をしないと、だめだ絶対に。流されてはだめだ。
標準語
昨日の話の続きから。

フランス語と英語を比べた場合、フランス語のほうが合理的なところも多々あるらしいのだが、結局英語が今のところ世界標準言語である。それは英語が一番優れているからとはもちろん違う。このグローバル化した現代において、何か世界標準の言語が必要とされていて、英語がもっとも世界中に普及していたからだろう。母国語、公用語、第一外国語、ということで世界中で統計を取ればおそらく英語が一番になるに違いない。
要するに便宜上何か標準が必要とされるだけのことである。言葉の類はほとんどがそうだ。
たとえば日本の標準語。これは実は本来東京という一地方の方言にすぎない。それが何故標準語になったのか。それは言うまでもない、日本の首都が東京だからである。首都という中心から日本中に東京の話し言葉が電波に乗って流布される。それで日本中に標準語という名の東京弁が普及したのだ。もちろんそれだけではなく江戸時代から文書はあり、その書き言葉がじわじわと話し言葉に影響を与えている面も否定はできないだろうが、ラジオやテレビの影響は絶大である。だから明治維新のとき明治天皇がもっとわがままで、「余は絶対に江戸へは行かぬ」と駄々とこねたら、ひょっとしたら京都が日本の首都になっていたかもしれない。そして今のNHKの7時のニュースは「7時どす。ニュースの時間どす」というアナウンサーの声で始まっていたかもしれないのだ。そして日本中に京都弁が溢れ、書き言葉も京都弁の影響を受けたであろう。今でこそ京都の舞妓言葉のようになってしまったが、ほんの少し前までは京都の男性までも「そうどすなぁ」と言っていたのだから。しかし今は言わない。京都や大阪も標準語つまり東京弁の影響が強く現れていて、ほとんど標準語で話す人すらいる。
今年公開された映画「レイクサイドマーダーケース」のメイキング映像を見たが、ナレーションが仙頭武則プロデューサーと青山真治監督のベタベタの関西弁による掛け合い漫才のようなノリで始まる。聞いていて大変面白い。ところが後半気がついたらいつの間にか標準語に変わってしまっている。なんだこいつら、と思って、この二人の出身地などを調べたら、仙頭Pは福井出身で関西の大学を卒業、青山監督は福岡出身で東京の大学を卒業とある。そして今はもちろん仕事がら東京にお住まいだろう。だから仕方がないのだが、最初の関西弁のノリがあまりにも痛快だったため、裏切られたような気分になってしまった。東京では今や、関西弁も含めて方言は一つの流行らしい。だから西日本出身の二人がそんなノリでやっただけなのかも。まあでも我々関西人でも関西人同士でいつの間にか標準語っぽく喋っていることはあるにはある。こんなことを嘆いている僕自身あるのだからもうどうしようもない。メディアの侵攻はまだまだ続くのだろう。

あと話し言葉と口語短歌の関係について書きたかったが、もっともっと短歌を勉強してからにします。気になるんだけどなぁ。どうして我々関西人は口語で短歌を作るとき東京弁で作らなきゃいけないのか、抵抗を感じない奴は信じられないぜ。(←って東京弁だよ)
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