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脱社会性から反社会性へ
 今日の産経新聞の夕刊に興味深いコラムがあった。ライブドアとオウム真理教を比べていて、両者の共通点をうまく掬い上げているような気がした。
 「複眼鏡」という名のシリーズでタイトルは「ライブドアとオウム」、筆者はジャーナリストの武田徹氏である。

 長いので必要な部分のみ順次引用していく。

しかし最も似ているのは、両者がともに脱社会的傾向を持つ若者に支持を得たという点だろう。「脱社会的」と「反社会的」とは異なる。現代の社会に強い不満を持ち、そこからの脱出を願うこと、それが脱社会的傾向だ。オウムに走った若者は合理主義的な思考を強制する近代社会に違和感を覚えていた。そして世俗化されない野生的な教養を説き、信じる者に非合理的な世界観を体感させてくれると謳うオウム真理教に惹かれ、入信していった。それは彼らなりの脱社会的な行動だった。
 そうした脱社会的な集団は、当然ながら外部の社会と強い緊張関係を持つようになる。そして内部でも厳しい修行の結果、死亡者が出るなど、「世俗」の法に裁かれる危険も高まってきた。そうした状況の中で宗教集団を守るために、たとえば被害者団体を助けていた坂本堤弁護士を拉致、殺害するなどの凶行に及ぶ。こうして脱社会的傾向が反社会的(な犯罪)行為に繋がって行く。


なるほど野生的で非合理だから強く惹かれたわけだ。ではライブドアはどうだろう。彼らは極めて合理的だけど。

ライブドアの支持者たちも、多くが社会に対して憤懣を蓄積させている若者たちだった。彼らも自分たちの夢を堀江容疑者に託した。大きな要因はバブル崩壊後の経済の閉塞状態だった。
(中略)
そんな株式市場は、若者の脱社会的な指向に答えてくれない。バブル崩壊以後、経済格差は広がって固定され、弱者には挑戦のチャンスすら与えられない機会不平等社会が作られる。そんな状況に不満を持っていた彼らは、明日の日本経済の健全化ではなく、今の自分を変えてくれる大きなリターンを今日もたらしてくれる銘柄を求めていたのだ。
 そこに現れたのが堀江容疑者のライブドア(グループ)だった。分割によって株数は増え、売買単位は安い。毎週のように企業合併を繰り返し、球団買収、ニッポン放送買収の奇手を打ち続けて社長の一挙手一投足にマスコミの注目も集まる。当然、株価は乱高下し、そこに「一攫千金」の夢が集まる事情があった。
 報道では堀江容疑者の「時価総額」主義が暴走し、犯行に至ったという解釈が主流のようだが、たとえ虚偽の手法で増やされていたとしても、実際に株の買い手が多くいなければ時価総額は増えていかない。ライブドア関連株こそ自分を今の閉塞状況から救い出してくれる――、そう考える多くの若者がデイトレーダーとなって株を売買し、結果としてライブドアの時価総額を増やしていく一種の「共犯関係」がそこに結ばれていた事実を無視すべきではない。


とまぁ、ライブドアは一種のオープンな「ねずみ講」とでも考えればいいのだろうか。いずれ破綻するのである。逮捕されて、これで被害が小規模で収まりよかったのかもしれない。
 確かに彼らに閉塞状況の打破という脱社会性はあっただろうが、その脱出すべき社会はすでにもう拝金主義が蔓延していたのだ。オウムほどの強い脱社会性は感じないが、確かに脱社会的傾向ではある。
 本論はここからだ。

 こうした「共犯関係」が肥大化し、脱社会的傾向がオウムと同じように「反社会的」行為にまで繋がっていった。だが、そんな両者の類似を指摘するだけでは足りないのだと思う。類似した現象が時間差をもって繰り返し現れている事情にこそ注目すべきだろう。
 あるいは脱社会的傾向が反社会的行動を導いた事件としては、オウムよりさらに遡って連合赤軍事件もその一つに数えられるかもしれない。連合赤軍事件では政治が、オウム真理教事件では宗教が、そしてライブドアで経済が、脱社会的傾向の受け皿として期待された。


なるほど、ではもっと遡らなければいけないだろう。あの日華事変から太平洋戦争へとなだれ込んでいった、いわゆる大東亜戦争こそ、政治、宗教、経済すべてひっくるめて脱社会的傾向が反社会的行動へと繋がっていった典型的な例ではないだろうか。しかも一部の若者だけではなく日本中を巻き込んで。でもこのコラムはあの産経新聞である。筆者が思っていてもこれは絶対に書けないだろう。
 そして筆者はこう締めくくる。

 そして事件が起こり、一時的に水を差されるが、脱社会的傾向が消えるものではないし、それが反社会的行動に繋がる流れを、日本社会はいまだに防ぎ得ていないのだ。戦後日本社会そのものがはらんでいるそうした歪みを省みる視点が、今度こそ出てくることを願いたい。


違うな、と思った。全然違う。脱社会的傾向というのは何も戦後社会に限ったことではないだろう。それはいつの世も若者の持つ特権なのではないのか。そういったエネルギーのベクトルがその時代の憤懣と結びついたとき、反社会的行動へと繋がるのだろう。思えば、あの明治維新でさえ、徳川時代からの脱社会的傾向だったわけで、無血革命だったが、結局殺人はあったし、戦争のようなものもあったし、歴史が正当化しているだけで、反社会的行動と思える事件はいくらでもあったはずだ。思うに、いつの世も若者というのは、脱社会的傾向というエネルギーベクトルは持っているわけで、それが革命や戦争のエネルギー源になっていたのだろう。革命も戦争もない時代だからこそ、ああいった歪んだ形になって現れたのだろう。だからこういう時代に、そのエネルギーをどう扱えばいいのか、それこそが問題なのだろうと思う。
 これからはおそらくもっと歪んだ形でそのエネルギーが現れるのだろうな、と思う。それは確かに不気味だ。今のようにオタク的世界に潜り込んでくすぶっているうちはまだいいのかもしれない。

 だがしかし逆に僕は、脱社会的傾向というエネルギーベクトルが若者から消えてしまうことのほうがなんだか恐ろしい。つまり覇気がなくなるのだ。そのとき人間という生き物は自閉して終るのではないだろうか。人間とはそうした矛盾した状況の上に、はじめて成り立つものなのだろうから。
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ライブドア事件雑感
 世の中、右を見ても左を見ても、堀江バッシング一色である。今まで彼を持ち上げていたメディアは一体なんだったんだろうな、という思いに、この事件以上に寒々とさせられる。何故だか判然としないのだけれど急にホリエモンとは呼べなくなったし。別に呼びたいわけじゃないけれど。

 海外メディアでも注目度が高いらしく、新聞でも海外のメディアの反応をいろいろと取り上げていた。海外のメディアのほうが客観的に見ているので帰って冷静になれる。今日の日経新聞の夕刊ではこう述べていた。

ニューヨーク・タイムズでは堀江容疑者の経営方法を「みんなが走っている高速道路で、その路肩を走り抜けるやり口」であり、結局は路肩から泥地に落ちたと報じた。


 なるほど。つまり少し言い換えると、まずIT産業はハイウェイで他の産業は下の地道をとろとろと走っているわけである。それでみんなが手っ取り早く儲かるハイウェイに上がりだし、渋滞しだしたので、普通に走ってたんじゃやってらんない、ということで路肩をフルスピードで制限速度オーヴァーで走ってたら捕まってしまい一発免許取り消しになってしまった、というのが今度の事件の荒っぽい概観ではないだろうか。路肩を走るのも制限速度オーバーもそんなに重罪ではないのだが、両方をやると非常に危なく、みんなが真似しだすと交通網そのものの秩序が乱れて、取り返しがつかなくなるわけで、その前に見せしめに逮捕したということか。この場合交通法規には、二つやったら重罪になるとは書いていないのだろう。だから彼も事情聴取に「二つやったら重罪になるとはどこにも書いてないじゃないですか。そうなるんならちゃんと最初から書いといてくださいよ、ならやりませんよ、僕は絶対に。」と涙ながらに訴えているに違いない。まぁ実際には三つも四つもやっているわけだけど。 彼は成長を急ぎすぎたのだ。

 東京地検のタイミングはどうだったのか。これもかなり疑問があるのだが。どうしてもヒューザー社長の証人喚問と同じ日に強制捜査開始というのは、誰でも匂うだろうが僕も匂う。国交省とヒューザーの癒着から国民の関心を避けるためじゃないのかと。真相はわからないが、結局このタイミングでよかったんじゃないのか、と今は思えてしまう。株価がどうも経済のファンダメンタル以上の値上がりをしていたような気がしてならなかったので、これで少し冷やされたかな、と。いずれバブルは来てバブルははじけるのだが、その落差が低いに越したことはないだろうから。

 以前(2005/10/06)、村上ファンドのエントリーでも書いたが、というか自分の文章をあらためて読んで驚いた。思ってた以上にホリエモンを攻撃している。なんだかあんまり嬉しいので自分で自分の文章を引用してみる。

ホンダやトヨタや松下の創業者は皆、何もお金儲けだけを考えていたのではないはずだ。如何に良い物を作るか、まずその一点だっただろう。良い物を作ればまず社会貢献になる、そしてお金が儲かるのだ。この順番だったはずだ。しかし今は直接お金をもうけに来る。ホリエモンにしろ村上にしろ、なんら社会貢献はしていないはずだ。唯一あるとすれば彼ら法律ぎりぎりのところで挑んでくるというところから、外資系の買収に対する備えを各企業が講じるようになったということぐらいか。


これに対して読者の方から、ホリエモンも村上さんも寄付してますよ、とコメントが入ったので、それに対して待ってましたとばかりの攻撃。

寄付ですか。ふーっ、やっぱりお金なのですね。お金さえ出せば社会貢献していると信じて疑わない人がいるとは驚きです。
日本のODAみたいなものですか。あれだけこの社会から搾取して自分の会社が潤っているのですから、寄付ぐらい当たり前です。何らかの形で社会に還元しなければ犯罪と等価になってきますから。
企業の社会貢献というのはもっと別な形でしょう。たとえば文化芸術方面とか、いろいろとあると思います。もっともそんなことがわかる人たちじゃないでしょうけれど。金さえ儲ければ何やってもよいと思っている人たちですから。とくにホリエモンはね。あの男こそ昨今社会にはびこってきた拝金主義の権化みたいな男です。お金に対する嗅覚だけは人の何万倍もあるわけですから。それだけのつまらない男です。昔のソニーやホンダ、松下などの創業者たちと比べたら、人間の器や質がまるっきり違う。


叩きのめしてやったぜ、う~ん、無茶苦茶気持ちいい。これが逮捕されてからではなく去年の10月に言ってたというのが気持ちいいですね。自分で悦に入ってしまった、ハハ。

 とまぁ僕の言いたいことはすでに言っているようなので、あらためて言わない。とにかくこれで拝金主義社会が少しマシにならないかな、と願う。お金にしか夢を持てないと言われている今の若い人たちが他の事に夢を持てたら、とただただ願うのみだ。
時事性と同時代性
 時事性と同時代性の違いについて、僕は結局、9日の懇親会でもこのブログでも答えていないらしいので、一度少しでも言おうと思う。おそらくこの二つを一緒くたにしている人が多いのだろうな、と客観的に想えばそんな気がするので。わかっている人にとっては当たり前のことで、何を今さら、と思われるだろうが。

 まず時事性というのは、その時代の世相や事件に関連して、あるいは寄り添って、といった意味合いだろう。それに対して同時代性というのは、そんな世相や事件とは関係ないところで、その時代独特の雰囲気のようなものを纏っている、とでも言おうか。これではおそらくわかってもらえそうにないので、具体的に例を挙げねばならない。

 写真という表現手段で考えればよくわかるのだが、たとえば時事性とはずばり報道写真のことになるだろう。それに対して同時代性とは事件や世相に関係なく撮られたシリアスフォト、たとえばリー・フリードランダーやダイアン・アーバスなどの都市スナップが代表的だが、ここで披露するわけにはいかない。ただそれらは、当時(1970年代)の都市や人々のなんでもないモノクロスナップだが、その時代の同時代性が色濃く出ていてそれが現代にも伝わっていると思う。

 やはり時事性と同時代性を比べるのであれば、短歌がもっとも適しているのだろう。だが僕はそれを論じるほどなかなか短歌を勉強していない。だが何とかひねり出そうと思う。

 いろいろな歌人の作品を考えたが、意外に一人の作品だけで考えるほうがよりテーマにかなっていそうだ(というか手っ取り早い)。というわけで、加藤治郎、一本に絞った。それも1冊の歌集から。1998年刊行の『昏睡のパラダイス』。90年代の時事性と同時代性がぎっしりつまっている。

押収のドラム缶にはあるらーん至福の砂糖こそあるらーめ
ねばねばのバンドエイドをはがしたらいわしわのゆび じょうゆうさあん
ああ朝のひかりのなかにひらかれたバイブルは翼 あそべぽあぽあ


 90年代を代表する事件である地下鉄サリン事件を含む、一連のオーム真理教の騒動に取材している。短歌ではこれを時事詠と呼ぶのだろう。当時東京に住んでいた作者は地下鉄で通勤していたということでこの事件にはひどい衝撃を受けたとのことだ。全く他人事ではないはずだが、一見冷静に見ているように思えなくはない。だが言葉に込められたこの事件に対する批判性が痛切なほど伝わってこないだろうか、この押し殺したような憎しみが。作品は今でも全く風化していないし、あの事件自体これからもずっと考えなければならない問題だろうと思う。

 これも不勉強から思うせいかもしれないが、時事詠というのは普通こんなふうに成功したりしないと思う。これは極めてまれな例かもしれない。普通はいやになるほど散文的で、ただ事件を解説するだけか、せいぜいそれにありきたりの誰もが思うような感想なり感情なりを少し付与するだけで終ってしまっているからだろう。時事詠とは普通はそんなふうに退屈極まりないもので、新聞を読んでいるほうがよっぽど刺激的だったりする。
 この3首が時事詠としては珍しく普遍性を獲得したのは、作者が持つ憎しみをストレートには表現せず、短歌という韻文にその憎しみを封じ込めることに成功したせいだろうか。だがもちろんそれだけではなく、90年代の言語表現におけるトップアスリートだったこの歌人が以下の短歌作品に見られるように、この時代の同時代性を峻烈に獲得していたせいだろうと思われるのだ。
同じ歌集から。

いかなる生も敗北ならば、薬包紙たたいて寄せる白色(はくしょく)の粉
まりあまりあ明日(あす)あめがふるどんなあめでも 窓に額をあてていようよ
海にふる雨より覚めぬレコードの溝の終りに針は跳ねつつ
未来への意味不明なる遺跡ともテトラポッドの塊ならぶ
黒いシートに包まれたのは何だろうミナミアオヤマ戦場ニナレ
フライパンたたいてよせる卵かな新しい宗教のはじめに/おわりに
人は或るカテゴリーにて殺される 校庭をまわり続ける鼓笛隊
れれ ろろろ れれ ろろろ 魂なんか鳩にくれちゃえ れれ ろろろ
髪にふる雪をさらさらふりはらうきみは記憶を拒んでいるな
冬くさのひそやかにして文鳥の顔が氷に貼りついて居り


 これらは時事性とはほとんど関係ない。だが90年代が纏っていた雰囲気が確実に漂っている。そしてこんなふうに同時代性を勝ち得て初めて普遍性をも勝ち得るのだろう。先にあげた時事詠3首も時事性を通じて同時代性を獲得できたからこそ普遍性も獲得できたわけである。キイは同時代性にある。同時代性を獲得するために時事的な事象を利用するというのも一つの方便だが、それは方便でしかない。僕自身の経験としては、時事的なことを表現したもののうち、ごくわずかしか同時代性を獲得していないからだ。

 この歌集のあとがきにもあるように〈現実と妄想、生と死、善と悪の境界が疑われ喪われた世界〉で〈日常を成立させている意識が消失した領域に〉生じた〈奇妙な楽園〉、つまりこの歌集のタイトル〈昏睡のパラダイス〉こそ90年代だったと、今になって思い知らされる。この歌集が発表された当時、各方面から驚愕を持って迎えられたのも肯けるわけである。

 だが、現代短歌は何が時事性で何が同時代性かをあまり区別しないだろう。それらをひっくるめて機会詩(occasional poem)とか言っているようだ。でも僕はそれらを分けたい欲求にいつも駆られている。それはおそらく最初、写真で認識した同時代性というものへの憧れのようなものかもしれない。写真に接して以来、同時代性を表現せずしていったいその表現されたものにいったいどんな意味があるのか、といつも疑念を持って見てきた。別にそれが普遍性につながらなくったってかまわないのだ。あの花火のように、今だけを峻烈に表現できればそれでいいだろう。その場限りで消失してしまってもかまわない。その意味において最初から普遍性のみを狙っているとしか思えない俳句表現はむしろ表現としては卑しい、とさえ思えるくらいだ。

 さて〈昏睡のパラダイス〉以降のこの現代とはどんな時代か。もちろんもう〈パラダイス〉でないことは間違いない。しかしそれがどんな時代であれ、時代と真向かっていこうと思う。きっとそれは時代と真向かうことでしか、このグロテスクな事象を消化して時代と深くかかわることでしか、普遍的なものは絶対に見えてこないと信じるからだ。
不易流行
 1月9日(祝)、東京での『未来』新年会はかなり盛り上がったらしい。
 こちら大阪でも同じ日、sora新年歌会があった。いつも盛り上げるメンバーが、これまた同じ日に行われた、K池さんの連句会にごっそり持っていかれたわりには結構盛り上がったように思う。大変楽しく有意義でした。自分の下手な司会のわりには。

 で、いきなり懇親会である。
 焼酎をボトルで注文した人がいて、なぜかそのお湯割セットを僕の目の前に置いた人がいて、で、周りに一通り行き渡ってから、仕方がないので残りを僕一人でいくらでも飲みだして、結局一本の半分ぐらいも一人で飲んだだろうか、これがいけなかった。いつもより酔いの回りが激しい。俳人の小澤實のことを言う歌人がいたので、食ってかかって、(よくも知らないのに)あいつの俳句なんか全くつまらない、とか吼えて、そしたらその歌人の人が小澤に弟子入りしたということ、でそういうことは先に言ってよ、もう。短歌結社に入っているのに俳句結社まで入るとは思わなかった。で、うだうだやっているうちに、なんでそんな話になったのか全く覚えていないのだが、まわりは時事性と同時代性の違いという硬派な話になっていた。で、また僕が吠え出した。時事性と同時代性が違うのは当たり前じゃないか。どのあたりが? どのあたりがって、だから(酔っているので話が少しずれていく)同時代性を勝ち得てはじめて普遍性を勝ち得るわけだから、と吼えていると、横に座っていた詩人のT岡さんが、それって不易流行のことでしょ、と突っ込む。はぁ?フエキリューコー?なにそれ?だから同時代性を勝ち得ずして普遍性を勝ち得ることは絶対無いわけで・・・だからそれって不易流行のことでしょ、とまたT岡さんが突っ込む。不易流行って何?(2回目でやっと漢字が思い浮かんだ)だから不易流行ってそういうことなんですよ、とT岡さんが説明してくれるのだが、周りの人もうんうんとうなずくのだが、一向に僕にはわからなかった。

 ようするに「不易流行」という言葉を聞いたことはもちろんあったが、その意味するところを全く知らなかったのである。何という無教養!
それで調べた。まず「不易」がわからないので調べた。

ふ‐えき【不易】[名・形動]
1 いつまでも変わらないこと。また、そのさま。不変。
2 蕉風俳諧で、新古を超越して変わることのない俳諧の本質。


なんだ、だから不易流行とは、普遍なものとはやり廃れの激しいものとの対比じゃないか、と思ったが違った。

ふえき‐りゅうこう【不易流行】
蕉風俳諧の理念の一。新しみを求めて変化していく流行性が実は俳諧の不易の本質であり、不易と流行とは根元において結合すべきであるとするもの。


あれ?なに?わからないのでネットで検索。なぜか日本数学会のページである。タイトルは「無用の用」と「不易流行」

「不易流行」:松尾芭蕉が『奥の細道』の旅の間に体得した概念です。「不易を知らざれば基立ちがたく、流行を知らざれば風新たならず」即ち「不変の真理を知らなければ基礎が確立せず、変化を知らなければ新たな進展がない」、しかも「その本は一つなり」即ち「両者の根本は一つ」であるというものです。「不易」は変わらないこと、即ちどんなに世の中が変化し状況が変わっても絶対に変わらないもの、変えてはいけないものということで、「不変の真理」を意味します。逆に、「流行」は変わるもの、社会や状況の変化に従ってどんどん変わっていくもの、あるいは変えていかなければならないもののことです。「不易流行」は俳諧に対して説かれた概念ですが、学問や文化や人間形成にもそのまま当てはめることができます。
 人類は誕生以来「知」を獲得し続けてきました。「万物は流転する」(ヘラクレイトス)、「諸行無常」(仏教)、「逝く者はかくの如きか、昼夜を舎かず」(論語)、「ゆく川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」(鴨長明)など先哲の名言が示すように、森羅万象は時々刻々変化即ち「流行」しますから「知」は絶えず更新されていきますが、先人達はその中から「不易」即ち「不変の真理」を抽出してきました。その「不易」を基礎として、刻々と「流行」する森羅万象を捉えることにより新たな「知」が獲得され、更にその中から「不易」が抽出されていきます。「不易」は「流行」の中にあり「流行」が「不易」を生み出す、この「不易流行」システムによって学問や文化が発展してきました。一人ひとりの人間も「不易」と「流行」の狭間で成長していきます。


 う~ん、なるほど、僕が言っていたことと一緒かな、いやなんか違う、微妙に。だいたい僕は昔の偉人が言ったことをそのまま反芻することがあまり好きじゃない。やっぱり自分の頭で考えてはじめて納得できるのである。
 まず「不易」と「流行」をはっきり分けることがどうも胡散臭い。そんなものごった煮のはずだろう。だいたい最初から「不易」があるという前提が気に食わない。「不易」という言葉を使った途端僕の中で何かが萎えてしまう。まるで答えのわかっている数学の問題を解くようなつまらなさだ。思考がストップする。「不易」即ち「不変の真理」を抽出するために何かをやるわけではない。そんなものくそ食らえ、と思いながら何かをやるのだ。永遠不滅の真理がこの世にあってそれを目指して少しでも近づくために努力する、つまりロゴス中心主義というのだろうか、そんなものはもうなんだか通用しないんじゃないか、という時代だ。そんなものより今は「現象論」的アプローチのほうがピンと来る。それぞれの意識に映る「現象」こそが世界であって、その「現象」があらゆるところに遍在しているのがこの世界だろう。世界の中心などとっくにありはしない。

 今度T岡さんに会ったらきっとこう言われるに違いない。だからそれも不易流行の現れなわけで、そうやって「不易」と「流行」が常に影響しあって、それで哲学も変化していくのですよ、と。

 ええ、そうでしょうとも。
伊勢と靖国
少し遅れましたが、あけましておめでとうございます。今年もがんばってブログを続けていこうと思っております。「継続こそが力なり」とは私の短歌の師、加藤治郎氏の言葉ですが(まぁ、つまり短歌を継続しろ、ということですが)、今まで生きてきて、仕事以外全くなにも継続したことがなかったものにとっては、この言葉は大変深遠なはずなのです。それをブログで経験しようという高邁な想いが僕にあるのかないのか、それはともかくブログ続けます。最低週一ででも。(もちろん短歌も続けます、はい)


さて、また靖国である。年頭からこういううっとうしい話はしたくなかったのだが、小泉首相の年頭の挨拶を聞いていると、あまりにムカつくのでしないことには治まらなくなった。

一国の首相が一国民として戦没者に哀悼の念をもって靖国参拝する。日本人からの批判は理解できない。精神の自由に、政治が関与することを嫌う知識人や言論人が批判することも理解できない。まして外国政府が心の問題にまで介入して、外交問題にしようとする姿勢も理解できない。心の問題は誰も侵すことのできない憲法に保障されたものだ。
 ひとつの問題で、外交交渉はしないとか、首脳会談を開かないとか、理解できない。靖国参拝は外交問題にならない。中韓が交渉の道を閉ざすことはあってはならない。いつでも話し合いに応じる。後は先方がどう判断するかだ。


「理解できない」の連発である。もう無茶苦茶だ。自転車通行禁止の商店街を歩いている人に後ろから自転車に乗ったおっさんが「オラオラどかんかい!どかんかい!どかんかったら轢いてまうでー!」と言いながら突進してくるような理不尽さである。人と議論することを暴力的と言っていい程全く拒絶している。今や国民の半分とまでは行かないだろうが少なくとも3~4割ぐらいの人が首相の靖国参拝には反対なのである。それに全く耳を傾けないという人に、この現代社会で一国の首相が務まるのだろうか。こっちが「理解できない」と言わざるを得ない。参拝賛成派の人でも心ある人はきっとうんざりされていることだろう。

以前、首相は靖国参拝の言い訳として、「伊勢はよくて靖国は何故だめなのか理解できない」とか言っていたが、伊勢神宮と靖国神社を比べるのはいくらなんでも伊勢神宮に失礼だろう。あっちは僕が知る限りでも1500年は続いている。日本書紀では紀元前からである。つまり日本の歴史がはじまったときからおそらくあったはずだ。それに対して、靖国は明治に入ってからの新興宗教である。月とスッポンとはこのことだ。それに太平洋戦争時近隣諸国に侵攻したことに靖国は直接関与しているが、伊勢は直接には関係ない。日本は確かに八百万の神を信じる傾向がある。お伊勢さんも僕は知らないが何かの神だろう。その線で行くと靖国は間違いなく軍神である。軍神に平和を祈ることの不条理さを、そのことで少なくない日本人の平和を祈る心情に、はらわたがねじれるような不快感を感じさせるのを、日本の首相を務める人はまず理解すべきだ。靖国問題は首相の言うとおり我々日本人の心の問題である。その心の問題であるということの意味、つまり心は一種類ではないのだ、ということを当たり前のことだが、まず認識しなければならないだろう。まず何より議論が必要なはずだ。

議論をとことん拒否するなら、小泉-安倍ラインでひょっとしたら日本は潰れるかもしれない。

今日はこの辺で。年頭からあまり不快になりたくない。でもいずれ靖国についてははっきりまとめようと思う。継続こそが力だと信じて。
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