画一化されてゆく地名
平成の大合併とかでその度に新しい市の名前が出来るのだが、どうもその地名に納得いかないことが多い。何しろ地名である。地名はそこの住民にとって大変重要なことだろうと思うのだ。小さいときからその名前に慣れ親しんでいかなければならないのだ。変な名前は誰だって嫌だろう。

とりあえず愛知県の南セントレア市は廃案になったのでやれやれだったが、「南アルプス市」というのがいつの間にか山梨県に出来ていたのには少し驚いた。調べてみると2003年にもう出来ていたということだ。全く知らなかった。元来「アルプス」というのはもちろんヨーロッパの山脈の名前である。それで明治初頭、あるヨーロッパ人が飛騨山脈を調査したときヨーロッパのアルプス山脈を彷彿とするすばらしい風景だということで「日本アルプス」と紹介したのが発端らしい。後に日本側がこれを受けて、飛騨山脈を北アルプス、木曽山脈を中央アルプス、赤石山脈を南アルプス、とニックネームのようにしたということだ。こんなふうに飛騨山脈など歴史あるちゃんとした本来の名前があるのである。日本人というのはもう明治期から欧米文化に弱かったのだな、ということがここでもわかる。
で、「南アルプス市」である。地元住民からはかなり反対もあったらしいのだが、自治体側が結局住民投票をすることもなくごり押ししたらしい。まぁ、どの自治体も台所事情は苦しいのだろう。この名前の方がそれは確かに観光客の入りはいいに違いないからだ。しかし地名というものはまず歴史的に関連のある名前を重視するべきだろう。このあたり一帯は巨摩郡で、まず「巨摩市」あるいは有力候補だった「巨摩野市」あたりが常套だろうと思うのだが。そんな難しそうな名前より、どうも大衆に媚びた形に落ち着いたようだ。
あと長野県駒ヶ根市あたりに「中央アルプス市」というのが危うく出来るところだったらしいが、合併そのものが取りやめになって、これもやれやれである。ちょっと目を放した隙にどんな名前が出来るかわかったものではない。どうしても自治体の台所事情が優先してしまうだろうから。

大阪市でも十何年前だったか、中心部で町名の大刷新があった。たとえば心斎橋筋の付近は、その東側にあった、鰻谷中之町、大宝寺町中之丁、東清水町、千年町、玉屋町、笠屋町、畳屋町、を一括して「東心斎橋」に。西側にあった、鰻谷西之町、大宝寺町西之丁、西清水町、周防町、八幡町、三津寺町、久左衛門町、北炭屋町、南炭屋町を一括して「西心斎橋」に改めた。ただ東心斎橋のすぐ南側の宗右衛門町はそのままである。またその南側を流れている有名な川であるあの道頓堀川の南側にあった、東櫓町、西櫓町、九郎右衛門町、は一括して「道頓堀」になった。道頓堀という川は昔からあったが、道頓堀という町はなかったのにだ。勝手に作ったのだ。東とか西を無視すると、江戸時代からあった歴史ある15ほど地名が結局「心斎橋」「宗右衛門町」のみになり、「道頓堀」が新たに誕生した。これは全国的に知名度のある地名は残す、というより最大限利用するが、後はどんなに歴史があろうが、廃名にする、ということか。地名の画一化というか、グローバル化というかこういったことは文化に対する半ば暴力であり、近辺に住む一市民として、当時非常に腹立たしかったのを覚えている。改名理由は確か「市政の効率化」だったか。あまりごちゃごちゃとあると道案内も難しいし、すっきりと整理したかったらしいが、文化は整理するもんじゃないだろう。京都の街はもっと複雑だが慣れればなんともないわけだし。

平成の大合併に戻るが、四国愛媛県に「四国中央市」というのがある。愛媛県の東端にあり、川之江市、伊予三島市、宇摩郡などが合併して2004年に誕生した。ここは製紙関係の会社が多く、仕事の上で個人的に関係しているので、早くからこの改名は知っていたが、これも最初は閉口した。川之江、伊予三島など歴史ある地名をばっさり切り捨ててである。特に伊予三島の「三島」は日本の歴史のおそらく古墳時代かそれ以前からだろうか、三島水軍という中国南部からの渡来系の海洋民族の支配下にあり、この地名は日本のあちこちにある。静岡県の三島市ももちろんその一つだ。だからなおさらでしかも「四国中央市」である、なんか他にあるだろう、とその安易な命名姿勢にあきれたが、調べてみると、将来の道州制をにらんでのことで、四国州の州都にすることを目指して命名したということらしい。まぁそれなら仕方ないかな、ととりあえずこれは譲ることにしたが、Wikipediaを巡っているとなんと山梨県に「中央市」というのがあるということを発見した。なにそれ?最初は位置的に日本の中央ということかな、と思ったがそうでもないらしい。Wikipediaによると、

沿革
2006年2月20日、中巨摩郡玉穂町・田富町と東八代郡豊富村が対等合併して誕生。山梨県および甲府盆地の中央に位置することから「中央市」と命名された。

とある。県の中央だから盆地の中央だから「中央市」。固有名詞が全くないじゃないか。これはありえない、と思った。何考えてるんだろう。住民からの反対運動は起こらなかったのだろうか。確かに「中央区」というのは多い。大阪市にもある。おそらく全国のどの政令指定都市にもあるだろう。それとは話が違う。「札幌市中央区」と「山梨県中央市」とでは。区は都市の名前が必ず前につくが、市は前に県の名前をつけなくてもよい。「中央市」だけでは何がなにやらわからないだろう。何でもいいから固有名詞をつけろ固有名詞を。アルプスでも山梨でもかまわないから。せめて「山梨中央市」だろう。
確かに「中央」という名前にはなにか先進的な響きがある。そこが中心でそこから行政、産業、情報、文化が発信されてそうな、高層ビルが林立してそうな、若い人が闊歩してそうな、そんな響きだ。

高山れおなの俳句にこんなのがある。

十階で滝の音する中央区    高山れおな『ウルトラ』

作者は東京の人で、この句以外にも板橋区、千代田区など東京23区にちなんだ俳句があるからこの中央区は東京の中央区のことに違いない。しかし大阪人の僕はわかっててあえてそうは読まなかった。さっきも書いたように「中央区」は全国の政令指定都市ならどこにでもあるだろう。そしてそれは必ずその都市の中央にあり、紛れもなくその都市の中枢部をにない、高層ビルが林立し、行政、情報、産業などがそこから発信されているはずだ。だからこれは俳句の場合、固有名詞ではなく、そういった意味での普通名詞になりえると思う。
十階で聴こえた滝の音はコンピューターのサーッとした音だったのかもしれない。だがおそらくそれは実際の音としてではなく、大都市の中央にすべてが集約され、集約されることによって、何かが無機的に変質して、その変質するときに生じる幻聴のような音なのではないだろうか。そんな大都市の中枢部のみが持つ風土のようなものを「滝の音」で象徴させたこれは秀句だと思った。東京都中央区だけでなく、全国の中央区ととったほうがより句にふくらみが出るし、普遍性も出てくると思う。

で、「中央市」である。「中央市」に普遍性も一般性もいらない。そんなものあったらややこしくてたまらない。今からでも遅くはないから「山梨中央市」と改めましょう。どうしても「中央」というこの上もなく安易な言葉にこだわりたいのなら。

「中央市」という荒唐無稽な地名の出現で話が少し逸れてしまったようだが、ここで言いたかったことは、地名というのはそれそのものが文化であり、それを改名するときはやはり歴史的な関連性の中でやっていただきたいということだ。それを考えもせず改名することは半ば暴力だろう。地名のことだけでなくすべての面において、自治体が台所事情や効率ばかりを優先すれば、他でも文化の質を下げることになるだろう。
また全国に知れ渡った名前のみが生き残ることは文化の多様性を損なうばかりでなく、少数派が排除されるようなそんな風潮にもつながりかねない、何かいやーな気分である。


・追記
甘かった。調べたらぞろぞろ出てきた。南セントレア市や中央市に勝るとも劣らない荒唐無稽な名前が。

以下本当に決まった地名。
北斗市、みどり市、つくばみらい市、など、これはありえない!
筑波市のほうには未来はないのか!と言いたくなる。
あと、つがる市、おいらせ町、かすみがうら市、さいたま市、あわら市、南あわじ市、たつの市、さぬき市、南さつま市、など、頼むから漢字で書こうよ。市会議員じゃないんだから、全部の人が読めなくったってかまわないでしょう。なんでひらがななの。わからん。それと漢字とひらがなを混ぜないでほしい。
(おそらく読める読めないの問題ではなくて、地名のひらがな表記が流行なのだろうか)

あと決まりかけて廃案になった地名で南セントレ市もびっくりの名前。ぞろぞろ出てきた。
あっぷる市、太平洋市、黒潮市、湯陶里市。
笑えない。ぜんぜんわらえない。
これは僕が思っていたよりもずっと事態は深刻みたいだ。

本当はまだまだあるんだけど、めんどくさくて書けないです、これ以上は。
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恐るべき温帯低気圧
今日お昼のニュースで「爆弾低気圧、北海道へ」というニュースが流れていて、なんだまたあの真冬の日本列島に寒気をもたらし居座る巨大なオホーツク低気圧かな、と思ったら、そのようでもありそのようでもなく、結局、夕方のニュースで、北海道佐呂間町に死者9人の竜巻被害をもたらしたことがわかった。この急速に発達する温帯低気圧から伸びる寒冷前線で激しい上昇気流が起こり局地的に突風が吹いたとみられている。気象庁はまだ竜巻とは認定していないが、木造家屋が根こそぎ持ってかれたり、大きいトラックが裏返ったりしているので、竜巻に間違いないだろう。日本の竜巻としては観測史上最悪である。2番目は今年の秋の宮崎県延岡だ。列車が横転してたのを覚えている。

この温帯低気圧で思い出したのが、今年の10月上旬、って一ヶ月前だが、このとき関東を襲った低気圧だ。台風16号17号とペアでやってきて、この台風のエネルギーを吸収して急速に発達し、972hpまで成長した、台風並みの、と言うより、台風と全く変わらない勢力でもって、関東地方に被害をもたらした。このとき「台風が来る」と言われれば警戒する人も多く被害はもっと少なかったかもしれないのだが、「低気圧が来る」と言われても、どう警戒してよいやらわからないし、なんだ低気圧か、雨が降るだけだろう、ぐらいで終わってしまう。台風は熱帯低気圧が巨大化したのを指すが、温帯低気圧はいくら巨大化しても低気圧のままで、ネーミングは何もない。構造上も違う。だから気象庁としてもどんなに巨大化しようが「低気圧が来る」としか言えないのである。
この時の温帯低気圧の急速な発達はおそらく温暖化が影響しているに違いない。だからこれからも台風並みの温帯低気圧が上陸することはありえるだろう。だからこのとき気象関係者からネーミングを何とかしないといけない、という議論はさすがにあったらしい。「危険な低気圧」とか「猛烈な低気圧」とか。でもいくら言っても「低気圧」とつけばなんだかなー、という気分にどうしてもなるだろう。なんかいいネーミングはないでしょうか。「爆弾低気圧」は爆発的に発達する低気圧に対してどうも実際に使っているらしい。でも台風に匹敵する威力のある名前にはならないだろう。

それと今日の竜巻だが、これもやはり温暖化の可能性が大である。熱エネルギーが風のエネルギーに変換したに過ぎない。温度が上がればあがるほど風の勢力も増大する。今まで竜巻の被害というのは日本ではほとんど起こらなかったのだが、これからはわからない。今年でもう2件目である。しかし竜巻の予測はおそらく地震並みに難しい。気象庁が設定している観測点は17kmおき、気象レーダーは2.5kmおきである。この升目の中で起こる小規模な気象現象を予測するのは至難の業に違いない。しかしこれからは言ってられない。日本にも竜巻は起こることが今年証明された。なんとかこの観測メッシュを細かくして、対応できないのだろうか。それともデータ分析の精度を上げるとか、この分野でも日本人独特のきめ細かさが発揮できれば、と思うのは素人の考えでしかないのしょうか。