希望的観測

「希望的観測は人が生きていくための必需品よ」
TVアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』第2話より葛城ミサトのセリフ


丁度ぼくもそう思ってたところ、youtubeでエヴァンゲリオン(参照)を見ていたらこのセリフだったので、反応した。
確かに物事を悲観的に見なければならない状況が最近は多いとはいえ、悲観的に見てばかりでは気分が滅入るし、いいアイデアも浮かばないだろう。
ここ最近で最も悲観的にならざるをえないのは地球温暖化だろうか。京都議定書などいくら採択されようが、アメリカはそっぽを向くし、他の国がいくら二酸化炭素削減努力をしようが、人間というものが本来上昇志向だし、マイナス志向である省エネとかゴミ削減とかは、向いてないな、とつくづく思っていたのだ。まぁ無理だろう、この方向では。
で、なにか科学技術を利用した抜本的解決策はないものかと、あれこれ思案しだした。以前から科学技術者は環境問題に対してあまりに楽観的なのがぼくは安易で大嫌いだったのだが、この際仕方がない。背に腹は変えられない。人類みんなでアイデアを出し合えば中にいいのが絶対あるんじゃないだろうか。

それでぼくもぼくなりにいろいろと考えて、言うのも恥ずかしいほどの奇想天外なアイデアも思いついてたのだが、それは後ほど言うか言うまいか思案しているが、今年に入って新聞でこんな記事があった。(参照)

「大量のCO2、地下に封じ込め・地球環境技術研究機構 」
 官民共同研究機関の地球環境産業技術研究機構は、地球温暖化の原因となる二酸化炭素(CO2)を地中に大量に封じ込める新技術を開発した。地下の岩石と反応させる手法で、従来に比べて安定状態で貯蔵可能。日本の年間排出量の約2倍に当たる約27億トンのCO2を処理できるとみて、今後、産業界と大規模実験を始める計画だ。
 新技術では、日本の地下に広く分布している「蛇紋岩」を利用する。自然界では、無数にある岩石の亀裂にCO2が溶け込んだ水が染み込み、岩の表面と反応して塩のようなかたまりとして固定される。このため、排ガスに含まれるCO2を回収して地下に吹き込めば、大量のCO2を封じ込めることができる。


日本の排出量の2年分というのが量的にどれぐらい有効かどうかはわからないし、技術的にどうやって二酸化炭素を回収して地下に吹き込ませるのかが全くわからないが、考え方として一つ発想の転換がある。排出量の削減ではなく、排出してしまったガスの削減である。これの応用で思いついたのが、二酸化炭素をなんとか固形化してスペースシャトルで宇宙に捨てに行く、というアイデアだ。これはおそらくスペースシャトルの吐き出す排気ガスで帳消しされるような気がするのでたぶんアウトだろう。でもなんとか二酸化炭素を地球の外に追いやる方法はきっとあるはずである。

それで今日ネットで見つけたのが、以下の記事だ。(参照)

「宇宙の巨大鏡で温暖化対策 米政府、提案へ」
 宇宙空間に浮かべた鏡で太陽光線を反射するという温暖化対策の研究を今春に出される国連の報告書に盛り込むよう、米政府が提案する。英紙ガーディアンが伝えたもので、試算では太陽光線の1%も反射すれば産業革命以来出してきた温室効果ガスの効果を十分相殺するという。排出削減を柱にした京都議定書とは反対の、いかにも米国らしい“プラス志向”?。
 軌道上に打ち上げた巨大な鏡で反射するほか、光を反射するホコリを大気中に放出するといった方法もあるという。

  
これには一瞬笑ってしまった。さすがアメリカである。二酸化炭素の排出削減はおろか、排出された二酸化炭素の減少にも全く興味がない。要するに温度上げなきゃいいんだろう、ということだ。大らかである。ぼくもこれに少し近いアイデアだったので、人のことは笑えないが、これだと二酸化炭素はどんどん増えていくので、本当の解決にはならないはずだ。でもなぜか魅力的なアイデアではある。案外いけるんじゃないか、という気がする。
ちなみにぼくが去年思いついたアイデアは、地球の公転軌道を何らかの方法でほんの少し外側にずらして太陽からほんの少し遠ざけよう、というアメリカもまっつぁおな奇想天外なアイデアである。こんなのはエヴァンゲリオンの世界ぐらいだろうか。
アメリカのアイデアもぼくのアイデアも二酸化炭素は全く減らないし、生態系がどう変わるか全く考えていない、という無責任極まりないものだ。要するに温度を下げればとりあえずは先延ばしできるかな、ぐらいにしか考えていない。

あとアメリカの応用で、別に反射しなくてもいいから、地球全体を(たぶん成層圏のあたりを)生態系に影響を与えない程度の塵で覆う、という方法がある。今思いついた。もちろん人畜無害の塵だ。これだと温度は少し下がるだろう。過去に火山の大噴火で地球全体が冷えたことがあったわけだし。
しかし一番いいのは二酸化炭素を地球外に追いやることだろうけど、なにかいいアイデアないでしょうかね。

ま、いずれにせよ、時に希望的観測に思いをめぐらすのは精神衛生上良いようである。
何とかなるさ、と思えてくるし。
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加藤治郎第六歌集『環状線のモンスター』批評会(5)
中二日も開いてしまった。22日、月曜日の続きである。
少し間延びしてしまったが、今日でピシッと終わる。
⑥番⑦番はとりあえずレジュメをそのままコピーする。

⑥暴力性(二十一世紀の)
やわらかいナイフであそぶ今ぼくのこころは顔のない静物画
けーけーけーと禽がみおろす駅前のそれはおそらく足なのだろう
ヘリコプターの中で飛ぶ蠅じりじりと髭剃りながら殺人にゆく
氷きるおとこの首をコオリキルオトコノクビヲ、ミザルベカラズ
昼夜おそらく幾千の車輪に轢かれ轢かれて何か、なお残りけり

⑦童心(ときに残酷な)
幼子がそこを走ってゆくようにふくらむカーテン春の終りに
しみとおる苺シロップばかやあいばかやいだれも少年でなく
人形のお腹を裂けば(おにいちゃんったら)地下鉄の路線図みたい
吐く息のまだ白くなる通学路ぽっぷぽっぷしゅあと少女は駆ける

短歌はすべて『環状線のモンスター』より。
暴力性、童心、これに性愛を加えて、これらは今までに多くの評者から言及されているように、加藤治郎の短歌の特徴として目立ちやすい傾向である。わかりやすいので、ここではあまり言及しない。短歌をあげるだけにした。

今回こんなふうに加藤治郎の短歌を分類していて、炙り出されてきたことがある。それが次に述べる⑧番の「祈り」だ。

⑧静謐な祈りの世界(何に祈ればいいのかわからない時代のための)
静かな祈りの世界、あるいは祈りのような世界があることに、今回はじめて気がついた。これはぼくにとって大発見だった。短歌で祈れるのである。これは全く知らなかった。

戦争の終る日に降る灰色の雪は無数の瞼なり 消ゆ
ビル街を飛ぶ桜花おそらくは滅びを知らぬひとびとの上
白鳥の首に真水がみちていてゆうぐれしんとみずを吐き出す
いきものの薄い肋が吊るされて硝子のかなた花のようです
いきものの臓器は暗き回廊に似て絶望の長さをもてり
真夜中のエンドロールは人名の昇天に似て静かなりけり
八月はそこいらじゅうに影のあるうすむらさきの地上をあゆむ
鍵盤のひとつひとつが墓であるときおりふれてあそぶひのくれ
原爆忌激しく晴れて卓上に折れたストローまっすぐなストロー

以上『環状線のモンスター』より。
このすべてが祈りだと断定できるわけではない。祈りの前段階、か祈りに近いだけか、それは特定できないが、とにかく祈りを感じさせて、読み手に静かな深い情感と安寧をもたらす。
暴力性、幼児性、性愛、が高音部、中音部の派手な装いなら、これら「祈り」は通奏低音だろうか。それらすべてひっくるめて読み手は鑑賞するのだろう。

以前からこういった傾向があったのかどうか、調べてみたら少しはあった。気がつかなかっただけである。各歌集から代表的な「祈り」を挙げてみる。

一九四五年八月六日
神に武器ありやはじめて夏の朝気体となりし鉄と樹と人
『サニー・サイド・アップ』

フロアまで桃のかおりが浸しゆく世界は小さな病室だろう
『マイ・ロマンサー』

オラクルのようなゆうばえ沈黙にふさわしきものなきぼくたちに
『ハレアカラ』

まりあまりあ明日(あす)あめがふるどんなあめでも 窓に額をあてていようよ
『昏睡のパラダイス』

つややかな水を出しあうおたがいのいたるところがゆるされていて
『ニュー・エクリプス』

ただ、とことん検証したわけではないが『環状線のモンスター』に比べると数は少なかったように思う。こういった傾向がこの歌人の根幹にあった、ということだろうか。それが突然この『環状線のモンスター』で増えたようだ。それはなぜだろう。

ポストモダンの時代、たとえば環境問題などにより、人間のみに価値があるわけではないようだ、と窺われ、ヒューマズムなど頼りになる価値軸が喪われてしまい、何に対して祈ればいいのか、何を祈ればいいのかさえわからない、そんな時代になった。そして2001年のあのニューヨークの事件以降、ますます時代は切羽詰ってきて、いよいよ人間は祈らずにはいられなくなり、様々な宗教が隆盛を迎えている。「祈り」こそ人間の存在理由かもしれない、と思わずにいられない。
だが、我々イデオロギー・フリーであり無宗教であるなら、祈る場も祈る対象も赦されていない。だから短歌で祈るのだろうか。これら奏でられた「祈り」にただ耳を傾けることでしか、「祈り」に身を任せる術を知らない。

派手な高音部中音部に隠れたこれら通奏低音を聴き分ける耳を、この歌集は我々に問いかけているように思えてならないのだ。それはきっと時代の表層部の下部に隠れても脈々とある、より普遍的な情操か何かだろう。
加藤治郎第六歌集『環状線のモンスター』批評会(4)
一昨日の続きである。
結局ぼくは加藤治郎さんの短歌をネタに自分の願望を書いているだけかもしれない。彼はいろんなネタをぼくに提供してくれる。
だから歌壇の中央でこの歌集についてどんなふうに言われているか、とは全く関係ないところでぼくの話は、ずんずん進む。悪しからず。

⑤ 時代と並走する歌人
ぼくが「同時代」という言葉にこだわるようになったのは17、8年前モノクロ写真に熱中していたときからだ。このときアメリカのリー・フリードランダー(参照)という写真家の熱狂的なファンだった。この写真家がブレイクした1970年前後のアメリカ写真界には、「Contemporary Photographers, Toward A Social Landscape(コンテンポラリー・フォトグラファーズ 社会的風景に向かって)」というムーヴメントがあった。フリードランダーはこのムーヴメントの中心人物だった。このムーヴメントでは、決して社会で起こっていることに題材をとっているわけでは全くなくて、都市と人間の何気ない光景にまなざしを向けた社会的風景を、それぞれの写真家のパーソナルな視点を通して写し取っている。背景には1960年代のベトナム戦争真っ只中の政治情勢があり、熱くなった政治論議を少し醒ます冷静な視点の獲得というのがあったと思う。新聞やテレビを騒がすことだけが社会ではない。一歩町に出ればそこが社会である。写真家に限らず社会的題材はいくらでも転がっているはずだ。それらを表現することのより、時事的なことから少しはなれたところで同時代の社会を冷静に見つめる、という行為に結びつく。つまり同時代性とはむしろ時事的なことではなくその時代を覆う雰囲気のようなもので、その同時代性を勝ち得てはじめて普遍性を勝ち得るのではないだろうか。
こういったことをぼくは写真から学んだ。そして短歌の世界に入ると加藤治郎がいた。

加藤治郎は時代と並走していた。自分と同世代の歌人がいつの時代であれ、きちっとその時代と並走しているということは、おそらく短歌をやるぼくにとってかなり重要なことに違いなかった。誰かが書いていたが、追走ではない。時事的なことばかり追いかけていても、それは時代を追走していることにしかならない。後から時代を「おーい待ってくれー」と追いかける情けない歌人も多いだろう。追走と並走は似ているようで全く違うのだ。並走するにはその時代がどんなスピードで走ろうとも、余裕で並ぶことの出来るフットワークが必要だ。
今歌壇で社会詠に関する論議が盛んのようだが(参照)、このことにはおそらく触れていない。

たとえば加藤治郎の過去の短歌を振り返ってみよう。

・八十年代
ひとしきりノルウェーの樹の香りあれベッドに足を垂れて ぼくたち
『サニー・サイド・アップ』(1987年刊)
たぶんゆめのレプリカだから 水滴のいっぱいついた刺草(いらくさ)を抱く
『マイ・ロマンサー』(1990年刊)

代表歌を2首挙げた。いずれもうっとりするほどの傑作である。これら80年代の加藤の作品に関しては岡井隆が鋭い指摘をしている。

ポップで生き生きとしてゐて、中核に虚妄さを抱えてゐながら、陽性の、あの時代の雰囲気を加藤は代表してゐるのだ。(岡井隆)『加藤治郎歌集、サニー・サイド・アップ/マー・ロマンサー』(雁書館)よりp.164解説


中核に虚妄さを抱えた明るさ。言われてみてはじめてこれが80年代という時代の一番の特徴だったと気づかされる。

・九十年代
まりあまりあ明日(あす)あめがふるどんなあめでも窓に額をあてていようよ
『昏睡のパラダイス』(1998年刊)

90年代というのは、これから未来にどんな雨が降るのか、つまりどんな怖ろしい状況になるのか、わからない非常に不安な時代だったに違いない。しかし明日どんな雨が降ろうともそれは窓の内側から窓に額をあてて見ることが出来たのである。決して外気にさらされることなく安全なところから。そんな不思議な安心感もあった時代なのだ、ということが次の文章からもよくわからされる。

(中略)現実と妄想、生と死、善と悪の境界が疑われ喪われた世界に直面してきたのだと思う。日常を成立させている意識が消失した領域に奇妙な楽園を見出した人々は、全くの他者だろうか。WWWの画像が交錯するPCに、気絶するほど抱き合うバスルームに、瞼のような窓が連なる深夜の車輛に、昏睡のパラダイスを見たことはなかったか。
『昏睡のパラダイス』著者あとがきより


不安が増幅すればするほど、それはいよいよ昏睡状態となり、それは結局現実から目を逸らしたパラダイスでしかなかったのか。不安げに窓の外を見ていてもその窓の内側はパラダイスだったわけだ。
そして2001年のニューヨーク同時多発テロでその窓ガラスが割れた。我々はこん睡状態から眼が覚め、そこがパラダイスではなく現実だと気づかされた。
つまりこの作品は2000年代を予言していたとも言える。つまり最初から割れるだろうという憶測で窓ガラスを出していたのかもしれない。というより90年代のあの夢のような不安な状態がそもそも予感を孕んだものだったのかもしれないが。

余談だが、批評会でこのように「まりあまりあ」の歌の解釈をしたら、作者である加藤治郎さん自身が大変驚かれて感心されていた。「そんな解釈があったのか」と。あんまり驚かれると、なんだ違ったのか、とも思う。つまり歌壇の中央ではこんな解釈はされていない、ということだろう。何度も書くが、僕がここで書いていることは僕自身の独断と偏見と願望によるものだ、ということをあらためてもう一度念押ししておく。

・2000年代
真夜中に剥がれる皮のなめらかに環状線を離れて迷う
『環状線のモンスター』(2006年刊)

ということでこの歌が2000年代(つまり2001年~2010年)の時代を象徴する歌になるかはどうかはわからないが、今までの流れから言ってもそんな予感が十分してくる。以前この歌に関してはこのブログでも書いているので(参照)、そのまま引用する。

環状線出口はなくてとりどりの小さな鏡に目が映っている
『環状線のモンスター』

この歌とのセットで読んだ。

この歌人はそれがどんな時代であれ、その時代に正確に言葉をチューニングしてくることだ。(中略)
2001年のニューヨーク同時多発テロ以降、何でもありになったこの時代に、おそらくは誰もが抱く、不安、あきらめ、出口のない絶望が、この歌人の持つ言葉への嗅覚とその言葉の滑らかな質感によって、遺憾なく描かれている。
環状線とは、日常の同じところをぐるぐる回ることなのだろう。つまりそこには普通の人が棲んでいるのである。タイトルの『環状線のモンスター』とは、その普通の人が環状線の中でモンスターと化している、ということだろうか。そのモンスターは出口が見つからずいつまでも環状線の中でぐるぐる回っている。でも真夜中にはその皮だけが剥がれて環状線を離れてさまようのだろう。欲望と不安が極限まで肥大化したこの現代で、欲望も不安も抑えきれないモンスターが環状線の中でただじっとしている。それが現代なのだ、と。


不安と絶望に苛まれ、環状線の中をぐるぐる回り続けながら、欲望が肥大化するなか、いずれ何かが爆発するのだろうか。今までの流れで言うと、

昏睡   ⇒ 環状線
パラダイス ⇒ モンスター

である。
あの2001年9月11日に「昏睡のパラダイス」を覆っていた窓ガラスが割れたように、いつか環状線のなかのモンスターが牙を剥く日があるのだろうか。
今は一介の歌人が予言者たりえないことをただただ祈るのみである。

まだ続きます。あと一回かな。
加藤治郎第六歌集『環状線のモンスター』批評会(3)
一昨日の続きである。

④イデオロギー・フリーの視点

「イデオロギー・フリー」という言葉は僕が思いついた造語のように思っていたのだが、検索してみるとどうも昔からあるようだ。日本人はイデオロギー・フリーの民族なんだそうだ。確かにあまり宗教や主義などには染まっていない人が多い。
ぼくがこの言葉を思いついたのは、レジュメにも書いたが以下の文章による。

もとより散文で白黒割り切れない思想を短歌は扱うのである。作品がイデオロギーの下僕でないことも共通認識である。政治的正義とは別の位置にある。(加藤治郎)『加藤治郎歌集(現代短歌文庫)』p.120


これは岡井隆の歌集で原子力問題を扱った『ウランと白鳥』と9.11同時多発テロを扱った『〈テロリズム〉以降の感想/草の雨』に加藤治郎が言及したものだ。ぼくは岡井隆はまだ初期の歌集しか読んでないので、これには言及しないが、ここで「作品がイデオロギーの下僕でないこと」とあり、ここにビビっと反応してしまい、この「イデオロギー・フリー」という言葉を思いついた。つまりここで「イデオロギー・フリー」とは、どんなイデオロギーにも寄りかからない、客観的な立場でものを見る味方、とでも言おうか。
また批評会でも言ったが、「イデオロギー・フリー」と個人主義は違う。社会秩序より個人の自由を重んじるのが個人主義だ。それに対して「イデオロギー・フリー」の立場は社会のことに積極的に目を向けている。個人と社会のありようを常に客観的に無意識に洞察しようとする。

レジュメにも書いたが、次の短歌がこの言葉の意味を最もよく説明していると思う。

テロリズムに加担するか文明の側に立つか問う単純のすでに仮借なく
近藤芳美『岐路』


この短歌については以前にも書いたが、去年93歳で亡くなった近藤芳美が同時多発テロの際、88歳の時に作った短歌である。物理学者の江崎玲於奈が「人が創造的な仕事を出来るのは20歳~70歳までである」なんて書いているが、それを軽く裏切っている。俳人の永田耕衣は95歳のときにとてつもない俳句を書いていたから、この年齢に関することは人によりけりなのだ。

この短歌では、ニューヨーク同時多発テロが起こってから、テロリズムに加担する側に立つのか、文明の側に立つのか、という怖ろしく単純な問をすべての人が突きつけられるようになった、ということがわかりやすく言われている。つまりどちらの側にも立たない「イデオロギー・フリー」という立場はもう許されない、ということだ。これは日本を取り巻く東アジアにおいても同じことが言えるだろう。おまえは愛国者か、中韓の側に立つのか、どっちだ、という問だ。実際今一般の場で、少しでも客観的に今の東アジア情勢を言おうものなら、「おまえは本当に日本人なのか、在日じゃないのか」と問われるに違いない。

また逆もある。これは僕自身が実際に体験している。
去年、俳句仲間と飲んでいたとき、「皇室をどう思うか」と問われた。この問自体は純粋な問だ。どんどん問うべき問だろうしどんどん議論すべきものだ。ところがこれに対して、ぼくが皇室を否定しない発言をしていたら、別の人が「細見さんは短歌をやるから、もし将来、皇室のあの歌会始に選者として招かれたら行きますか?」と問われたのだ。はぁ?なんだって?僕は「全くありえないことで考えたこともないので答えられないし、考えること自体ナンセンスでしょう。」というふうに答えたと思う。実際絶対にありえないことを考えることなんて出来ない。この人はいつもセンスの良い意地悪な質問をする面白い人でぼくは大好きなのだが、この時ばかりはセンスが悪かったと思う。まぁ二人ともかなりへべれけに飲んでいたし、別にいいのだが。この人は、皇室を否定しないぼくの立場がどちらなのか、峻別したかったのに違いない。あの中国の反日暴動以来、どちらなのか、という単純な問いかけがこの国を覆っている。

また別の場である人は、歌会始の選者に岡井隆が招かれてそれを断らなかった岡井を強く非難していた。このときぼくは岡井隆のことを余りよく把握していなかったので、それに対して同意もしなかったし反論もしなかった。が、おそらく今思うと、岡井隆も「イデオロギー・フリー」の立場なのでは、と思える。「イデオロギー・フリー」の立場の人はどちらにも与(くみ)しない謂わば傍観者である。「おまえはどっちなんだ?」とつるし上げられても、ただ無表情に立ち去るのみだ。「イデオロギー・フリー」の立場の人が歌会始に選者として招かれてそれを受けたとしても、それを非難することは「イデオロギー・フリー」の立場そのものを非難していることにはならないだろうか。ぼくは岡井は勝手にあの退屈極まりない歌会始に行けばいいと思う。こちらはそれを非難もしないし、立派で目出度いことだとも思わないだけだ。それが「イデオロギー・フリー」である。

要するに彼ら愛すべき僕の文学仲間たちは、相手が体制か反体制かに非常に敏感になっているだけなのだと思う。時代がまたそれに拍車をかけるのだ。

ぼくが加藤治郎に最も惹かれた点はこの「イデオロギー・フリー」の感覚だったのかもしれない。何者にも与しない無色透明な感性。この感覚はデビュー以来あったに違いない、おそらく無意識のものだ。だからぼくも無意識に惹かれたのだろう。その感性はこの仮借なき時代にも決して萎えることはない。

知の眠る深き真夏の沖つ藻のなびく右派左派ナショナリズムは
戦争の終る日に降る灰色の雪は無数の瞼なり 消ゆ
ヘリコプターの中で飛ぶ蠅じりじりと髭剃りながら殺人にゆく
弾丸は二発うちこむべしべしとブリキのように頭は跳ねて
降る雨に重くなりゆくジャケットは軍服めいて俺を走らす
舞い上がる花の骸に包まれて歩兵であればそのまま進む
くるしみて雲はふくらむ戦場の画像は肉を映さざりけり
人間の頭の爆ぜる鈍き音順に聞こえて静かなりけり
愛国無罪愛国有罪ゆるやかに夜の飛行機は雲にかくれぬ
どうしてくれるんですかと喚く記者みれば洋梨のような日本である 
原爆忌激しく晴れて卓上に折れたストローまっすぐなストロー

以上『環状線のモンスター』よりひいた。戦争を肯定も否定もしない。戦争というものを客観的に見ているだけだ。誤解のないように言えば、もちろんとことん無色透明でいられるはずもなく、反戦を歌ったのもかなりあるがここでは敢えて省いた。
戦争は残酷なものなんだとただ客観視する。戦争を客観的に分析する。冷静に見る。そこからしか真の平和は創出できないだろう。当たり前のことだが、平和とは戦争のない状態のことを言う。ただそれだけが平和の定義だ。だから平和を祈るのに平和のことばかりを考えていても仕方がない。平和を具現化するためにはただ戦争のことだけを考えないといけない。なぜ戦争が起こるのかとか、戦争が起こったらどうなるのかとか。戦争と真向かわないことには真の平和はいつまでも遠いままだと思うのだ。

戦争は人間の避けられない業である。この業であるところにこの歌集は一歩踏み込んだのではないだろうか。

まだ続きます。次回は来週です。
野口毅がすごい!
今日は仕事が疲れたので、批評会の文章はお休みします。

それで久しぶりに野口家のホームページを覗いてみたら、野口毅が大変なことになっていた。
作品.100から急に洗練されたものになっていた。順番に見ていって、(作品.101作品103)あれっあれっ、すごいすごい、と思っているうちに、作品.105で、あっと奈落に落とされたようなショックを受けた。

なんなのこれ!

中央にある赤と白の帯はなんなのだろう。布だろうか、石膏だろうか、はたまた何かに開かれた窓なんだろうか。まるで前衛俳句を見ているような不思議な感情を覚える。

一体この17歳の自閉症の少年は何者なんだろうか。将来いったいどんな絵を描くのだろうか。楽しみでもあり、怖いような気すらする。
とにかく彼も今の時代を峻烈に生きているのは間違いないようだ。
加藤治郎第六歌集『環状線のモンスター』批評会(2)

理解なんてものは概ね願望に基づくものだ
(映画「イノセンス」より荒巻課長のセリフ)


全くそうだ。自然科学系でもそうじゃないかと思えることがあるから、文学における理解なんてものはおそらくほぼ100%が願望である。

で、以下、概ねぼくの願望に基づく歌集批評である。願望が強すぎて、内容を盛りすぎ、制限時間15分をかなりオーヴァーしたようだ。何分喋ったか覚えていないが、30分ぐらいだったかもしれない。今思うと最初から15分で済まそうなんて全く考えていなかったようだし、いいかげんな奴なのだ。そのかわり自分が喋った後の1時間ほどの討論会は全く喋らなかった。言いたいことはたくさんあったのだが。
だからこのブログはちょうどよくて、言えなかったことを書きとめ、言ったこともどうせぼくの記憶力なら1年も経てばすっかり忘れるだろうし、書きとめる。ブログというのはメモ代わりにちょうどいい。

まずぼくのレジュメのサブタイトルを並べてみよう。
①全方位の歌人、②口語短歌への誘(いざな)い、③韻律の制御、④イデオロギー・フリーの視点、⑤時代と並走する歌人、⑥暴力性(二十一世紀の)、⑦童心(ときに残酷な)、⑧静謐な祈りの世界(何に祈ればいいのかわからない時代のための)

とまあ、てんこ盛りである。これを全部やるとたぶんまる一日かかる。でもこれは今までの5冊の歌集を含めての分析なのだから仕方ない。要するに欲張りすぎたのだ。次からは時間配分をちゃんと考えようと思う。

以前このブログでこの歌集の感想を書いているのでご参考までに。(参照)
では一つづつ片付けていく。
① 全方位の歌人
加藤治郎の短歌は様々な方向性を持つので、読み手は誰もが自分に引き寄せて読める。つまりしょせん理解なんてものは概ね願望に基づくものなのだから、各々が各々の願望に基づいて読んで理解が出来る短歌なのだ。軽く言っているが、こんな歌人はそういないだろう。だから彼のファンが僕の周りにはたくさん集まってくるが、それぞれが違った個性の持ち主である。これはかなり不思議なことなのかもしれない。

② 口語短歌への誘(いざな)い
このことに関してはまだまだ勉強不足でわからないことが多い。ただ、短歌において文語と口語をつなげる上で最も功績の大きかった人ではないだろうか、と思える。本来文語の韻律である短歌を口語で言うのはじつは大変なところがあったに違いない。穂村弘も俵万智も口語短歌を押しすすめたが、それまでの短歌の遺産をことごとく口語短歌につなげたのは加藤治郎ではないだろうか。穂村はおそらくそれまでの短歌遺産と切り離したところで新しいエクリチュールを創出している。これはこれでまた大変なことだろう。天才的なことだ。俵万智はおそらく近代短歌とうまくつなげてきているのではないだろうか。(ここら辺のぼくの言動は実にいい加減である)が、とりあえず間違いなく言えることは、前衛短歌を口語につなげたのは間違いなく加藤治郎である、ということだ。これは誰も異論のないところだろう。だからぼくはおそらくいとも簡単に口語で前衛短歌をやれるのかもしれない。先駆者は苦労して切り開くのだが、後からついていくものは、先駆者の作った道を口笛を吹きながら歩いていけるのだ。

③ 韻律の制御
この項目もまた勉強不足であるにもかかわらず何か書こうとしている。
自分のレジュメに助けてもらおう。

五七五七七という短歌韻律に圧力をかけて、五七五七七に合わすことなく、自身の内なる韻律で短歌韻律を制御している。

書きなぐっても書きなぐっても定型詩 ゆうべ銀河に象あゆむゆめ
 『サニー・サイド・アップ』


韻律において歌人というのは2種類に分類できるのではないかとぼくは思っている。つまり、その歌人が五七五七七に支配されているのか、五七五七七を支配しているのか、の2種類だ。支配されている側は極めて従順に五七五七七に言葉をあてはめようとする。一方支配している側は五七五七七に常に圧力をかける。時に圧力をかけて崩そうとさえする。これは同じ五七五七七で短歌を書いていてもこの差はわかるときがあるものだ。
上述の短歌は加藤が20代の時の作品だが、このときすでに短歌定型に対する苛立ちともいとしさともとれる複雑な思いを短歌定型にぶつけて圧力をかけている。おそらくこれは宣言なのかもしれない。この定型詩と一生格闘してやるぞ、という。
穂村や俵万智はどちらかといえば定型に従順のように思える。加藤も最初は従順だったのかもしれない。だが近藤芳美や岡井隆のように短歌韻律に強烈な揺さぶりをかけてくるところで短歌修業をすると従順になんかにはなれないだろう。そしてこの短歌韻律に対する揺さぶりを口語でやったところが、加藤治郎の短歌における大きな功績の一つではないか、とぼくはひそかに思っている。誰もこんなことは言わないが。

今日はこれで終り。明日早いので。
続きは明日ぜひ。
加藤治郎第六歌集『環状線のモンスター』批評会(1)
1月14日(日)、内輪だけのミニ歌集批評会が京都であった。15人ほどの出席者で、2時間ほど。発表者は土岐友浩氏とぼくの二人。司会は歌崎功恵さん。総合司会とこの会のセッティング全般を、しおみまきさんにお世話になった。

ここではとりあえず、批評会で自分の言ったことを中心に、言えなかったことなどを付け加えて書こうと思ったが、土岐さんの批評が鋭かったので少しここで書きます。以下彼のレジュメから前半のみそのまま抜粋。

『環状線のモンスター』批評会資料  土岐友浩

歌集全体の印象
生が死をぬりかえ、死が生をおおいつくしていく。歌の一行は独立しながら、テキストを喰いやぶる。まるでディスプレイにうごめきあう原色の人工生命を見るようである。

人形のお腹を裂けば(おにいちゃんったら)地下鉄の路線図みたい

匿名かつ大量の生(#穂村弘「全身短歌の異様さ」)。そして死。猟奇のアルゴリズム。一方コンピューター上では、「生」が仮想され、「死」は信号あるいは消費財と化す。生と死の横溢する世界の中に投げ出された「個」は、どこへも行けない。感動的である。

ひさしぶりと言うほかなくて今ぼくのこころは足のない風景画


穂村弘氏の言う、様々な「身体パーツ」を駆使して、「生」と「死」が同居するこの現実世界を短歌の中に取り込み、どこへも行けない追い詰められた「個」を描いたのがこの歌集なのだろう。「生」と「死」が単なる信号あるいは消費財と化し、人は無感動のまま日常という環状線の中でモンスターと化す。ここには穂村弘氏の言う「社会的に大きな現象を一気に短歌化してしまうパワー」があり、「強化されすぎた作歌システムに現実世界が飲み込まれ、消化されている」面があって、現代という時代がこの歌集の中にごろごろといとも簡単に異様な形相でころがっている。あまりに現代がぎゅうづめにされていて、読む人によっては辟易とされるかもしれない。実際出席者の中で、「山の中に住んでいる」というある女性が「自分の住んでいる環境とあまりにかけ離れたニュースの世界を見るようで異和を感じる」様なことを言われていた。確かに視聴率優先のテレビのニュースを鵜呑みにするわけにはいかない。ニュースには視聴者の恣意性が多分に反映されていて、本当に世界に起こっていることを伝えているとは限らない。だが時代は確実に変わりつつあり、環状線をぐるぐると回り続け、そこから出られずにモンスターと化した「個」が、今、確かに無感動にうごめいている。これは爆発的に何かが起こる予言のようにこの歌集が思えなくもない。予言にならないことをただ祈るしかないが。

ということで、ここまでで疲れてしまったので、ぼくのレジュメは明日にします。
か、明後日に。。。。。