小川佳世子歌集『水が見ていた』批評会
9月23日(日)、京都四条烏丸にあるウィングス京都で、小川佳世子さんの第一歌集『水が見ていた』(ながらみ書房)の批評会が開かれた。60人前後が入れる講義室は満員で、僕の知り合いにも何人かは行きたくても行けない、という盛況となっていた。

パネラーは魚村晋太郎氏、水沢遙子氏、島田幸典氏。司会に田中槐氏。

以下、パネラーの報告を参考に、この歌集に対する僕自身の感想を不勉強も省みずに述べようと思う。
繰り返し読めば読むほど様々なテーマがあることが見えてきて、豊かで強い歌集であることを思い知らされる。だが、ここでは主にテーマを「不全感」「文体」の二つに絞ることにした。まず「不全感」から。

[魚村晋太郎]:認識の人、不全としての生を見つめる
この作者が特別不全、というわけではなくて、だいたい人間が生きているということはひとつの不全であったりひとつの齟齬であったりという側面があるのだけど、なるべくそういうことに意識的に気づかないようにして生活を送っているのだけど、この作者はそういうものを受け入れながらじっとかなりひたすらに見ている、という感じを受けます。

花のため切られし茎のきみどりの匂い強くて少したじろぐ
有るものはなんであろうか学籍は無い人ですが、と紹介される
ずらされているのではなくずれている午前三時の天井は見えず
日曜の空はだんだんひといろに落ち着いてゆき、雨を待ってる


[島田幸典]:浮遊感あるいは場違い感
今いる場所はあるべき場所とちょっと違う、そういう感じでありながら、かといって他に場所があるというわけでもなく、浮遊感を抱きながら、その場にいることに甘んじて受け入れている。
浮遊感というものは現代人に共通のものなのだけれども、よくあるような自分探しに向かわないところも心地よいところ。大人らしく風通しのよい歌集になっている。

どうしてもいたたまれずに席を立つ確かにあったずっと前にも
ちぐはぐな春に行事は続きたり(私)以外は皆忙しい
うしろめたい私を誰も見ていない光溢れる平日のカフェ


魚村さんがずばり言い当てているように思えた。誰もが不全感を抱えて生きているわけで、だがそれに気づかないようにして皆生きている。もし気づいていてもそれは避けて、格好をつけかっこ良いことだけを短歌にする気取った人が多いだろう。あるいは最近の若い女流歌人に感じることだが、日常を甘いオブラートに包んでそれで自分を癒している卑しい歌人がなんと多いことか。僕だってそうだ。自身の不全を社会の不全に置き換えるか、あるいは自身の不全と社会の不全をない交ぜにしてわからないようにしてカッコウつけて社会派歌人を気取っているだけである。
結局この歌集はそういったすべての格好ばかりつけている、あるいはかっこつけないことには収まりがつかず自分を癒すことができない卑しい歌人への批判となっていないだろうか。もちろん作者はそんなことは全く意識しておられないだろうが。
もちろんこの歌集にも少し気取った部分はあるだろうが、それが全く気取ったふうには見えないのである。これはおそらくこの歌人の天性の気質によるのだろう。

また島田幸典さんの言われるように、浮遊感、場違い感を感じながらも自分探しのたびに出かける、という安易さが無いのが確かに心地よい。その代わり作者は〈水〉となって浮遊するのだろうか。

ゆるすとき水底は少し深くなる銀杏の葉裏を仰ぎ見ながら
水ばかり流れる夢を見た今日は橋ばかり渡る水ばかり見る
他人事のように過ぎゆく日は白い海の底から見る鳥の腹
それぞれに携えている水の音響かせ合って擦れ違う道
永遠の入口としてあの日すこし開いてた窓を水が見ていた


たゆたう水となって作者の意識は流れ出し、変遷する。またその水を作者が見ている。自身を見るように。この5首に代表される水の歌はこの歌集の一番の読ませどころだと思った。


次に文体について。

[水沢遙子]:現代口語文体、古典語脈文体
歌集全体としては口語文体だが、丹念に読むと古典語脈の文体が多い。
能や謡曲の専門家だから古典語脈がごく自然に身に付いているのか、口語古典語の混交文体でも自然な感じである。

もうええんちゃうのと君は言っていた私は麦酒の泡を見ていた
いぶかしと思い続けし人なれど長き睫毛を持つと気づきぬ
そのかみの貴妃ならずともたまさかにあいみた君と思うのみなり

[島田幸典]:自意識の危機と口語体
自意識の危機、という重い課題であるにもかかわらず、その課題が非常に軽やかに口語体に収容されている。読んで心地よい歌集。このバランスは絶妙。
口語と文語の混用が不自然でなく、いいアクセントになっている。


この歌集の文体を考えるとき、水沢さんの言われる「能や謡曲の専門家だから古典語脈がごく自然に身に付いている」ということは極めて重要なことのようだ。
僕のように関西人で口語短歌をやっているものでも短歌を作るときはどうしても標準語で作る。だが標準語は東京弁である。だから僕の場合口語短歌を作るとき時たまだが、違和感を感じる。もちろん口語短歌は話し言葉だけで作るのではない。僕の場合特にそれは少ないだろうが、時に話し言葉ふうに作ることもあってそんなときに強い違和感を感じる。だったら関西弁で作ればいいではないか、と言われるだろうが、それはどうしても作風上できないし、かえって不自然になるはずだ。だから小川さんのようなこんなにナチュラルな関西訛りの口語短歌を見せ付けられると正直驚嘆する。

まちなかはもうあきまへんと人は言うあかん一人が此処に住みおり
もうええんちゃうのと君は言っていた私は麦酒の泡を見ていた
スタンスを決めてしまえば爽やかだほな、またと言い振り返らざる
背後より聞こえる声に首肯するよろしおますな松園はんは
(おなかとは言わへんのか)と繰り返す「腹など数ヶ所を…」と聞かされるたび
いっぺんも好きやて言われへんかった蛍火も見ず逢いみし時も
影暗き恋の奥宮訪ね来て和泉式部にお礼しとかな
すず虫が鳴いてもうすぐ秋やなと言ったのははて、誰であったか


確かに島田さんの言われるように、関西訛りと標準語の口語文脈、そして文語文脈が違和感無く混合されている。
この歌集の巻末に岡井隆氏の解説文があり、このことについての種明かしのようなことが書いてある。

かういふ京都語の歌はまだほかにもあり、ごく普通語風に作つてあつても底に京都語がすわつてゐることも感じられる。古来、和歌は京都語を生活語とする人によつて受け継がれて来たが、結構、現代京都語(口語)も見事に歌になるものだと思い知らせてくれる。


つまり関西弁ではなくて京都弁なのである。京都語を生活語とする人々に受け継がれてきた和歌という背景があり、京都に生まれ京都に育った小川さんが、能などにより古典語脈をごく自然に見につけたから古代京都弁も現代京都弁もこんなにもナチュラルに短歌として結実できたのだろう。誰にでもできる技ではないのだ。小川さんの頭の中では文語文脈と現代京都語文脈、現代標準語文脈が切れ目無く連綿とつながっているのだろうか。
そして不全感のようなものあるいは自己否定のようなもの、そういった謙虚さ、あるいは水沢さんが言っておられた「自己へ向かう内省的な相聞」がこういった京都語を交えた混合文体にごく自然な形で結実しているように思う。京言葉がとても似合っているのだ。
「もうええんちゃうのと君は言っていた私は麦酒の泡を見ていた」は男性から絶縁を迫られる場面だとすれば、この「もうええんちゃうの」という京都弁は標準語では言い表せないかなりきつい絶縁状であることが窺える。軟らかい言い方にじつは京都人のしたたかさが内包されているのだ。こういった何気ない言い方も、古典に精通していないことにはやはり難しいのだろう。

あと言い足りないことがいくつもあるのだが、長くなるので一つだけ言っておこうと思う。
水沢さんが指摘されていた次の歌。

選ばざりし部屋に居ることたとうれば〈私〉に生まれしことのごとしも

水沢さんはこの〈私〉を作者自身のことと捉え、「痛ましい」と感想を述べられていて、それに対して、司会者をはじめパネラーのみなさんも否定はされなかったので、ここでこの勘違いを正しておこうと思う。
〈私〉とわざわざ山カッコつきで表記されている以上、ここでの〈私〉は作者自身のことではなく、普遍的な〈私〉であることがじつは容易に想像される。僕も最初勘違いしていたわけで、短歌における「私性」の捉え方の難しさがこの歌にあるのかもしれない。この場合普通なら「人生とは自分が選ばなかった部屋に居るようなもので選べない一回きりのものなのだ」という比喩になるが、これだと扁平で、比喩を逆転させたところが妙味。一回きりの選べない人生を誰もが送っている、という当たり前の真理を深みのある普遍的な真理へと転化している。一方でこういったしたたかな見方を提示してくる作者がいるのである。

まだまだ言い足りないことがあり、まだまだすばらしい歌がたくさんある、豊かな歌集である。読む人がそれぞれまた違った想いで読める歌集だと思う。今までの短歌に対する価値観を覆す力のある歌集であることは間違いない。読んでそう思わない人はおそらく人間としてあるいは歌人として何かが欠けているのだと思わざるをえない。まだ読まれてない方はぜひ手にとってそれを確認していただきたい。

小川佳世子第一歌集『水が見ていた』(ながらみ書房
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