アメリカンドリームの破綻
ほんとうに怖ろしいのはアメリカという”ドリーム“が破綻することだろうか。

かつて池澤夏樹は、常にプラス成長を強いられる、つまりプラス成長の上にはじめて成り立つこの資本主義は巨大なねずみ講に過ぎないと断じた。だとするならいずれ遅かれ早かれこの資本主義は破綻するわけだ。

全く収束する気配どころかますます増幅していくサブプライム問題がその破綻の端緒ではないと誰か言い切れるだろうか。

低所得者層に庭付き一戸建てという夢を具現化させたサブプライムローンはアメリカという”ドリーム“が如実に眼を剥いたあげくの終着点のような気がする。それが破綻した。

アメリカの破綻はおそらく資本主義の破綻である。いやもちろんアメリカが破綻してもロシヤや中国あるいはECに資本主義の覇権が移るだけかもしれない。しかし資本主義の権化と化したアメリカが破綻したとき、資本主義そのものが”ドリーム“だったのだとわかるはずだ。
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赤尾兜子の兄
宇和島のところが読みたくて、司馬遼太郎の「街道をゆく(14)南伊予・西土佐の道」を読み進めていたら、大洲のところで赤尾兜子の兄が出てきてびっくりした。司馬遼太郎と赤尾兜子は同じ大阪外大で友人だったというのはよく知っていたが、その兄がいるとは全く知らなかった。俳句時代、赤尾兜子の周辺をうろうろしていたのにである。

この文章によると、赤尾兜子の実兄、赤尾竜治は今の姫路市網干の出身で、代々材木業を営み不動産業にも手を伸ばしていたそうだ。

竜治は中学を卒業してすぐ事業に入ったそうだが、その事業の傍ら、同じ網干の出身の江戸期の禅僧、盤珪禅師の研究を続け、その全集を編むために50歳を過ぎてから受験勉強して大学に進学してまで研究に没頭して、ついに昭和51年「盤珪禅師全集」を著したそうだ。誠にあっぱれである。さすが赤尾兜子の兄というべきか。弟と違って名声に関係なく全く市井の人としてその研究を完遂したというところがすがすがしい。

盤珪禅師は江戸初期、大洲藩主に請われて播州からこの大洲に招かれ如法寺を開いたそうだ。その如法寺に盤珪禅師の史料がたくさんあり、赤尾竜治があしげく通ったそうだ。それでこの「街道をゆく」に赤尾竜治のことが出てきたのである。

人にはいろんな一生があるんだなぁ、と気持ちのよい感慨にふけることができた。
餃子事件の謎解き
ただでさえ難解なミステリーなのに、二つ目の毒物ジクロルボスが出てきたことでさらに謎が深まりお手上げ状態か、と思いきや逆に一気に焦点が絞られたようだ。

ジクロルボスは揮発性で天洋食品の二階では熱気で全部蒸発してしまうそうだ。だから二階はありえない。
あとメタミドホスにしろ、包装の外側にも内側にも餃子の皮にも高濃度の毒物が付着していた、ということで、場所はもう一階の最後の袋詰め作業場でしかありえない、と断言できるのではないだろうか。
高濃度ということで原液を使ったことは間違いなく、過失ではなく明らかに故意であることも断言できる。
ここからは僕の推測だが、一階の袋詰め作業は全部手作業だったはずで、そして衛生上必ず手袋をはめているはずだ。つまりこの手袋に毒物を塗っておけば、その手袋で餃子も包装も触るから、包装の外側にも餃子の皮にも、その餃子の皮から包装の内側にも毒物が付着することになる。
ただこの推理は一点のみ無視している。それは複数の袋にあいていた穴である。一部はトレーまで貫通していた。これは偶然だろう、ということでなんとかならないだろうか。偶然針のような鋭いものに触ってしまったとか。あるいは操作かく乱のためにわざとあけたか。2枚もあったということがちょっとねぇ。

それと6月にジクロルボスを使ったが全く騒ぎにはならずに、犯人はもっと毒性の強いメタミドホスを10月に使った、とここでも辻褄が合う。
また同じメーカーから出たということで犯人はこのメーカーに対する強い恨みがあるのだろうと推測される。もちろん安易な推測は慎まないとだめなのだが。

とにかくこの問題は当初思われていたよりもはるかに重要な問題になってしまった。単なる食の安全の問題ではすまなくなったようだ。慎重に捜査を進めてぜひ原因を解明してもらいたい、と切に願う毎日である。
こういうときこそ餃子を食べよう
といういことで大阪は上六ハイハイタウンの南海飯店に行って来ました。ここは餃子で有名。
(参照)
中国産毒入り餃子事件があったので、さぞやガラガラだろうと思いきや、超満員。並ぶはめに。10分ほど並んだあと、カウンター席に座ったら、目の前で餃子の皮包み作業。それを見つつ待つこと10分。焼きたてのアツアツの餃子が出てきた。ここはちょっと一個が大ぶり。

う、う、うまい!

なんでこんなにおいしいんだ、と思いながらも、あっという間に平らげてしまった。じつは先週も来ていて、同じ餃子を食べたのだが、確かにおいしかったんだけど、ここまではおいしくなかった。妻は餃子の皮包みをする人が今日はベテランのおじさんで、ふわっと上手に包んでた、だからじゃない、という主婦らしい意見。一方ぼくはあの事件があったので、特に味を意識して、いつもよりおいしくして、この餃子騒ぎを吹っ飛ばそう、としたんじゃないか、と。結局僕の意見がもっともらしく二人納得して帰ってきました。いやー幸せでした。餃子だけでこんなに幸せになれること自体おどろきです。
きっと全国の餃子自慢の店は今、いつもよりいっそうおいしいんじゃないかと思ってみたりもする。

こういうときこそ餃子です。