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夢に永田耕衣が
昨晩、ホスピスの病室で、母の付き添いとして、ソファーをベッドにして寝た。いつも妹がやっていてたまにはこちらが代わらないと大変だろうということで。
夜中に母が、胃がむかついたり、いらいらしたりで、なかなか寝てくれないのでこちらも気になって寝られない。2回ナースコールをしてそれぞれ薬を投与してもらった。それでも明け方、少し寝た、その時、変な夢を見た。二本立てで。一本目は前の実家のことなので、ここでは飛ばすとして、二本目である。

どこかの殺風景な部屋で、何人かとなにかの用事をしていて、そこに大きな丸い棺桶のようなものがあり、誰かが、これ永田耕衣がいるんだよ、と言う。まだ火葬してなかったのか、と訝っているうちに、それが開いて、中に、丸い顔した大きな死んだ赤ん坊のようなのが眼をつむってじっとしていた。皺の多い赤ん坊だ。これが永田耕衣か、と驚くうちに、目を開け、ギョロギョロ、と周囲を見る。

おい!生きてるよ、永田耕衣が!

僕もみんなも仰天し、騒ぎになり、それで部屋を出てって、またしばらくして戻ってきたら、今度は永田耕衣が10歳ぐらいの、額の広いとても聡明そうな少年の姿で机にきちんと座り、今まさになにかをやろうとしていた。これは紛れもなく永田耕衣だ、とまるで神でも見たかのように興奮していたら、眼が覚めた。

ふー、変な夢を見る。母はあと一週間ほどかな、という感じだ。やはりどこかに、生まれかわってほしい、という願望があるのかな。なにか別の形ででも。そういうものなんだろうか。

少年や六十年後の春の如し    永田耕衣

耕衣の代名詞のようなこの句は、やはり自分が死んで60年後に少年として生き返る、というふうに読めてしまう。もちろん、別の目の前の少年が60年後には今の自分になっている、という二つの逆の意味が一句で交錯してしまっている脅威がこの句の醍醐味だろうか。そして一句で世界のすべてを言い切ろうとした耕衣俳句のこれは一つの達成だろう。


永田耕衣【ながた こうい】(参照)
1900年―1997年。俳人。兵庫県高砂市生まれ。俳誌「琴座」主宰。東洋的無の精神を主張し、観念・諧謔・卑俗の融合した、自在の境地に立った句を作った。
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