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ゆっくりとした衰退
池田信夫氏のブログから

つまりわれわれは「不自然で不平等な市民社会が、物質的な富を実現する上ではもっとも効率的だ」という居心地の悪いパラドックスに直面しているのだ。これを拒否するか受け入れるかは、ある意味で歴史的な選択である。「新自由主義」を否定して、政府が不況で困った個人や企業をすべて救済し、それによる財政赤字をまかなうために税率を70%ぐらいに引き上げる国家社会主義も、一つの政策だろう。そうやってゆっくり衰退してゆくことが、日本にとって現実的に可能な唯一の選択肢であるような気もする。


上がり下がりを繰り返しながら経済はゆっくりと衰退してゆくのだろう。資本主義を統制して、困窮した個人や企業などを救済してゆくためには、財源を得るための、消費税率アップが避けられないのがよくわかった。そうやって急激な衰退を避けるために、社会はその場しのぎの国家社会主義へと移行していく。その先は見えてこないが。
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笹川総務会長の「沈没」発言
このおっさんは救いようがない。

自民党・笹川総務会長は24日夜、自民党参議院議員のパーティーで、森内閣当時に科学技術政策担当相を務めていた時期のことに触れ、2001年の宇和島水産高校の練習船「えひめ丸」とアメリカの原子力潜水艦との衝突事故のことを持ち出し、「閣僚に任命されてうれしかったんですが、運悪くハワイ沖で潜水艦がこともあろうに日本の水産高校の船にどーんと当たり、あれでやむなく沈没しました。」と語った。内閣沈没と船の沈没を掛け合わせて、会場は爆笑だったらしい。

これに対して、民主党・鳩山由紀夫幹事長は「こういう比喩を使われること自体が大変な認識の誤りだと申し上げなければなりません。心の傷を癒やしたい遺族は心外でしょう。こういう発言が繰り返されること自体、麻生内閣、自民党政権の末路ではないか。」と批判した。他にも宇和島市の石橋市長など当時の関係者は一様に強い不快感を示した。

当たり前である。このおっさんは自分の政治家としての出世しか考えていない、ということが、そんなこと何もいってないにもかかわらず、ばればれに見え見えなのである。9人も人が亡くなっているのにそれよりも自分の出世のほうが大事なのか、宇和島水産高校に自分の出世を邪魔されたことを憤慨している、としか映らない。俺はほんとに運が悪かったと。こともあろうに日本の高校生の船にぶつかることないじゃないか、よその国の船にしてくれよ、と。ああ、なんて俺は運が悪いんだ、と。
鳩山さんももっとそういうことちゃんと指摘してもらわないと、民主党にもいらいらしてしまう。結局、民主党サイドも自民党降ろしのことしか考えてないのか、ということにもなる。

しかしこの笹川総務会長は釈明を求められて、誤るのかと思いきや、
「だって『沈没しちゃった』って、君らよく書くじゃん。『内閣沈没』って書くじゃん。だって、船が沈んだんだから、内閣だって沈んだんだよ。俺たちの責任じゃないもん、全く。遺族ったって、日本政府は全然関係ないじゃん。だって亡くなったのは事実だもん。別に遺族のことなんかに触れているわけじゃない。辞めたって言っただけの話。何がおかしいの?」

こっちがどう責めてよいのか、戸惑うぐらいの、質の低さだ。マジでいっているのか。こういう人間がこの世に居ることに、そしてそれが内閣の需要ポストに居ることに絶望するより他ない。

お前がさっさと沈没しろ!


俳人の阿部完市さん逝去
また突然の訃報です。
俳人の阿部完市さんが逝去されました。死因は心不全。81歳でした。
僕が俳句時代最も影響を受けた人の一人で、文体や韻律の影響をかなり受けました。明るさとシリアスさが完全に溶け合ったその韻文世界に何度うっとりしたことか。

絵本もやしてどんどんこちら明るくする
栃木にいろいろ雨のたましいもいたり
木にのぼりあざやかあざやかアフリカなど
淡路島と色彩学とはるかなり
きらきらしきらきらしきさらぎの碁打ち


ご冥福をお祈りします。

松井茂展「Camouflage」
本当にだれもいなかった。まさかとは思ったのだけど。
夕方の7時ごろに大阪・肥後橋のAD&A galleryに到着。
だれもいないので、ゆっくりと一人で松井ワールドに浸る。
独り言を言っても一人。屁をしても一人。だが不思議と寂しくない。

一階が「Camouflage」
真っ白な空間に囲まれ、壁にはVol.ⅠからVol. XIIIまでが貼り付けてあり、順番に見ていくと、わかるか、というと何のことかは全くわからない。

/(スラッシュ)と\(バックスラッシュ)のみで書かれた詩。迷路のような模様がVolをかえるごとに微妙に変化していく。そしてVol. XIIIに至っては真っ白で何も印刷されていないのである。あれ、っと思い、部屋の中央の冊子(Vol. XIII)をとってページをめくると、光の反射加減で白で印刷されてあるのがやっとわかる。白インクをメジウムで目一杯薄めたのだろうか。この見えるか見えないかが面白かった。ここに至って、何のことかはわからないのだけど、13冊全部ほしいと思った。手元に置いていつでもぱらぱらめくりたいと思った。

2階に行くと、真っ暗な部屋。白い壁をスクリーン代わりに漢数字の純粋詩が映写されていた。原稿用紙のマス目を本当に一二三の漢数字で埋めていくのだ。これを延々とやる。一人で座って見ていると、不思議と休まり、ここにずっといて、今日はここで寝ようか、と思ったぐらいだ。8時になったら誰か来てここは閉めてしまうんだろうな、と真剣に考えたりしていた。

40分ぐらいギャラリーにいたがだれも来なかった。こんなの初めて。
でもこれはたった一人の贅沢な時間。帰ってから、もっといればよかった、と後悔した。

明日22日(日)は午後2時から、篠原資明(詩人・まぶさび庵)×三輪眞弘(作曲家)×中ザワヒデキ(美術家)×松井茂(詩人)の4氏によるトークイベント。何をやるのかわくわくだけど、明日は残念ながら行けません。むちゃくちゃ残念です。行ける方はぜひ行ってご報告くださればありがたいです。展示は2月28日まで。以下のサイトを参考にしてください。

松井茂展「Camouflage」
ゼロそれは全き自由
数年前の自分のブログとか文章を読んでいると、自分で言うのもなんだけど、結構冴えてたんだなぁ、と思った。今は全然だめで、愚鈍、の一言だ。ぼーとしていて、頭が動かない。しんどい。

母のことがあってからなのかどうかわからないけど、自身を取り巻く環境がしんどくなっていて、弟妹と喧嘩したり、女房と言い争いをしたり、とにかくしんどくて、頭が鈍く動かなくなっている。

母がいなくなるとわかったとき、世界の半分が喪われる、と直感したけど、今になってみて、それが単なる感傷でも錯覚でもなく、真実であったように思えてくる。

明日、松井茂さんのインスタレーション見に行くけど、たぶんなんにもわからないだろうな、と思うのだ。

ゼロそれは全き自由短針と長針重なる瞬間を見る      歌崎功恵「未来」2009年2月号


その一瞬のゼロに戻れるのなら戻りたいと思った。

片付けない人たち
今日の日経新聞の裏面エッセーは詩人の小池昌代さんの「混沌キッチン」。読んでみて、うちと同じだー、と思わずうなずいてしまった。

お気に入りの冬用パジャマを何年も着古すと、家人から、そういうものは思い切って捨て、さっさと買い換えていくものだ、と諭される。小池さんにとって世の中の時間の流れと自身の時間の流れにかなりのずれがあり、ついていけないのだそうだ。僕もこれとは多少ニュアンスは違うが、片付け魔の家人にはついていけない。激しくズレを感じる。

 確かに物は捨てないと、片付かないと昔から言われている。文句はない。スッキリ生きましょう。わたしも常々努力していることだ。


と投げやりな同意を示し、ご自身の母のことへと話題は移る。

 頭にいま、うかんでいるのは、実家の混沌とした台所のことだ。
老いた両親が暮らしている。これが、片付けようにも、どこから手をつけたらよいのか、わからないのだ。
 築50年。古い上に暗く、ごちゃごちゃとして、なかに何が入っているのだかわからないビニール袋がたくさんあり、あけてみれば、乾物だったり、単なるごみだったり。母の視力も衰えたので、あらゆる物の上に、うっすらと埃が。
 迷宮である。
 台所という場所は、たとえ親子でも領域侵犯になる。母は捨てない。だからこうなる。しかし母は、今でもこの迷宮から、おいしい料理やお菓子を作り出している。食べても、腹を壊すということもない。


一緒だなー、と感心した。うちの母も以前このブログに書いたが(参照)、捨てない人なのだ。なんでも置いていて、そこらじゅうに要るものとごみとが判別なくごちゃっとあるのである。それでこちらは慣れているので、ホッとするわけで、家人に変に片付けられると、かえって殺伐とした気分になったりもする。

しかし、上には上がある。小池さんの文章の続き。

 わたしが子供だった頃、友達の家の台所が、輪を三重にかけるぐらいにすごかった。
 テーブルの上には、常に何かの食べさしがあり、虫の死骸がころがっていたり、醤油や酢のびんが立ち並び、いたるところ、物があふれて、充満していた。
 いったいどこに皿をおいたらいいのさ!というテーブルを前にして、友達のおかあさんは、いつも、にこやかにわたしたちを歓迎してくれた。妖怪としか、思えなかった。
 あの場所の濃密な空気感は、決して忘れられるものではない。来るものは拒まず、何でもためこむ。ひたすら増殖していく台所のイメージは、今もわたしの中心にある。
 そこからは、湯気がもうもうと沸きあがり、実においしそうな匂いがするが、同時に何かがどこかで腐っている、非常に危ない匂いもする。


これはさすがに違う、と思った、ここまではいくらうちの母でもしない。絶対に。これを読んで思い出したのは昔読んだ、ソルジェニーツィンの「マトリョーナの家」という小説だ。一人住まいの老婆マトリョーナはとにかく来るもの拒まずの人で、家の中はごっちゃごちゃで、ゴキブリの天国と化していて、そのゴキブリの大群とにこやかに暮らしているのである。この小説を読んだとき、なぜか涙をぼろぼろ流したのを覚えている。どこに感動したのか、今となっては思い出せないのだが、きっと自分と近い何かを感じたのだろう。しかしこの友達の家はもう一歩進むと世間で時々問題になる「ごみ屋敷」になるわけで、さすがにこれは危ない。とは思うが、なんだかわかるのである。

 わたしはおそらくあの混沌の中に着床し、その混沌がつくる、汚れと穢れのなかから、生まれ出でてきた。そうでなければ、こんなに懐かしく思うわけはない。


そして小池昌代さんはこの神話的台所を目指して、これからインド東部に出かけるそうだ。

結局、どんなに文明が進化しても、便利になっても、台所はいつだって台所でしかなく、きっとそこに神話時代と変わらない普遍の要素があるはずだ。そして混沌であればあるほど普遍的要素が顕現してきて、台所全体が神話時代に近くなってゆく。だからこそ「混沌キッチン」は懐かしく感じられるのかもしれない。そんな気がした。
生も死も
最近、周りで簡単に人が死んでゆくので、ちょっとまいっている。死が身近だ、あまりに。自分もこんなふうに簡単に死んでゆくのだろう、と思うと落ち込んだり逆に少し楽になったりするが、また身近でだれか逝くのだろうか、とか思うといたたまれない。

生も死もゆるされている冬の日に手袋をはずしてはいけない 
 
笹井宏之(未来2008年6月号)


ああ、そうなのだ、生も死もゆるされているのである。そのことを本当に理解するのに、あと何年生きればいいのか。
笹井宏之さんを偲ぶ会のご案内
なぜあなたが先に逝かねばならなかったのか。

笹井さんが亡くなってもう10日ほどになりますが、今でもそう思えてなりません。

3月に「笹井宏之さんを偲ぶ会」が開催されます。

笹井宏之さんを偲ぶ会のご案内 ←(クリック)

これも歴史に残る会になるんでしょうね。
地球寒冷化?
昨日の日経新聞に、地球は当面寒冷化するんじゃないか、という記事が載っていた。どうもネットにはこういうニュースはないらしい。

地球の気温に影響を与える要因は様々あって、その一つに海水温の変動がある。これが数十年周期で高温期と低温期を繰り返すとのこと。1970年代半ばまで30年ほど低温期が続き、その後高温期に入ったらしい。それが2000年を機に再び低温期へに入ったとのことで、この分だと2030年ごろまで低温期が続くんじゃないか、と専門家は予測している。実際、去年2008年の地球全体の年平均気温は21世紀に入って最低を記録したとのことだ。

また太陽の活動にも周期的な変動があって、NASAは昨年9月、「太陽活動が約50年ぶりの静けさ」と発表。これにはどれぐらいの周期かは書いていなかったが、興味深い事実である。太陽活動が活発であれば輻射熱が大きく地球に届く熱量も多いので暑くなる。逆に太陽活動が静かなら輻射熱が小さく地球に届く熱量も少なくて涼しくなる。

だから地球温暖化はもう心配することはない、というわけでは全然なく、海水温のシミュレーションがたとえ当たったとしても、人間活動が今のままだと温室効果による温暖化がある程度抑えられるというだけで、2030年以降はダイエットのリバウンドのような急激な温暖化が待ち受けているのは間違いない。

この記事が世論操作を含んでいないとは言い切れないが、イギリス気象庁発表の世界の気温変動グラフ(参照)では2005年から毎年温度が下がり続けている。そしてこれからもこのまま寒冷化が本当に主調となれば、温暖化防止対策など、意味ないんじゃないか、という風潮になるかもしれないのが怖い。二酸化炭素など温室効果ガスが増え続けていけば、地球の未来の温度を確実に上げていくことになるのは間違いないからだ。上がったり下がったりしながらも確実に上昇していく。

せっかく起こった世界的な環境対策に水をさすことにならなければよいが、と懸念してしまう。
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