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墓穴
毎日jpより

あの田母神・元航空幕僚長が衆院選の応援演説で、広島原爆の日に広島市で開かれた平和記念式について

慰霊祭は左翼運動。あそこに広島市民も県民もほとんどいない。原爆の被爆者も2世もいない。並んでいるのは全国から集まった左翼。一部政治勢力が日本弱体化を図っている。


と述べたとのこと。

いやーここまで言うか、と呆れるよりほかにない。実際はもちろん、被爆者やその遺族、家族用の約2500席があってそこはそういう人たちでいっぱいだった、とのことだ。当たり前だろう、そんなこと。

田母神氏は、核廃絶に取り組むとした広島市長の平和宣言を「夢物語」と批判し、持論の核武装論を展開したかっただけなんだけど。まあそういうことを言いたいがために明らかな虚偽を言うとは。

せっかく一般の人にも認知されて評判も上がってきたのに、墓穴ほりましたね。はっきりとした嘘は言っては絶対にだめで。

こういう一方的に自分の正義を、嘘を言ってまで押し付けてくる人は、さっさとその墓穴に入ってもらいたい、と思うのだ。

というか、これ嘘なんだから、ある長崎の人が言うように、政府ははっきりと田母神氏に抗議すべきなんでしょうね。しないのかな。
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標準のゲノム
今日のNHK教育で、遺伝子のゲノムの話をやっていて、今はその人一人のゲノムを全部解明できるそうだ。それもたった5日で。

病気を治す、という観点で考えると非常に明るい話なのだけど、僕個人にとってはなんだか気味悪い話なのだ。そこまでわかってどうするのか。あるいはそこまで病気を治してこれから人類はどうなるのか、人口問題など考えると、やっぱり薄気味悪い。

それで、「標準のゲノム、というのがあるのですか」という質問になって、今は、まだわからなくて、様々な遺伝子情報を集積しつつある段階で、ある程度集まった時点で、統計学的につめれば標準のゲノムが決まるでしょう、という返答だった。

標準のゲノム、なんだかこれも気味の悪い話のような気がする。ではその標準のゲノムなるものを突き詰めれたとして、その標準のゲノムの人物は実際にいるのかいないのか。もしいたとしたら、それはそれで気味悪いな、と思ってしまう。

人というのは、その標準からだれもが微妙に外れてしまうものなのだと思うし。外れるから、人、なのでは、と思ってしまうのだ。

もし、標準のゲノムなるものがわかって、その標準のゲノムの持ち主が実際には誰もいない、とわかれば、つまり誰もがその標準からずれるのだとわかれば、また人間に対する見方が変わるのでは、と思ってしまう。

標準から外れっぱなしのものとしては、そんなふうに思ってしまう。というより、そう思いたいのだろう。
それぞれの正義
弟妹たちのことが7月以来ずっと重くのしかかっているなか、今日は妻が一言も口をきかなくなった。最近の小説に、長期にわたって妻が一言も口をきかなくなる、という内容の小説があるらしいが、一番読みたくない小説だ。

ぼくはもちろんその小説の主人公のように、浮気をしているわけではないし、なんにも悪いことしてないつもりだけど、ひとはそれぞれの正義で感情が決まる。そのそれぞれの正義は本当に人それぞれなのである。そのそれぞれの正義について議論できない場合はその人とは断絶するしかない。

僕にとって、笹井宏之の最大の魅力は、ひょっとしたら、そのそれぞれの正義を全く押し付けてこないところなのかもしれない。というより、笹井にとって、自身の正義はないような気さえする。自分をできる限り「無」にしているのだろうか。

・〈炎上〉のブログに蟻は群を成す 甘い正義にありつきたくて
嵯峨直樹「神の翼」
            
・差別して生きる。差別されながら生きる。それもこまやかに差別し、されて
岡井隆「ネフスキイ」
          
・神木にウエストポーチをまきつける 正しいことがしたいあまりに
笹井宏之(未来・二〇〇九年二月号) 

     

何が正義なのかということは、人それぞれなのである。そのことを理解していない人とはまともに話をすることはできない。
分配の平等
池田信夫 blog より

分配の平等を求める感情はじつは人間の古い脳に埋め込まれた本能なのだという。信じられないけど、あるかな、とも思う。皆が平等であればその集団は結果として繁栄するはずだからか。文化の違いにかかわらず、これはどこでも見られるのだという。

しかし本当にこの感情を具体的に実現するためには様々な経済学的努力が必要だとのこと。日本では戦後から80年代まで、年率10%を超える経済成長があり、これが終身雇用を保証し、それによってこの経済学的努力を怠ることになったのだという。つまり経済学的努力をせずとも分配の平等は実現できたわけで。その努力を怠ったことにより、成長の止まった90年代に一気に様々な問題点が露呈し、利害関係の対立が顕在化したということだ。

やはりニューウェイブ(80年代)とロストジェネレーション(90年代)のそれぞれの意識における世代間落差は想像以上に大きいと思わねばならないのだろうか。
人類の戦争の起源
今日の日経夕刊に霊長類学者の山極寿一氏の文章が載っていて、大変興味深かった。何故人間は戦争を起こすのか、についてである。

チンパンジーの群れと群れとの衝突が、これまでに目撃されている。この衝突が人類の戦争と根本的に異なるのは、個々のチンパンジーは自己の利益のために戦っていること。これに対して人類の場合は、自分たちで作り出したユニークな社会性を背景にして、共同体の利益のために戦争をするのです。


ほかの動物にはないそのユニークな社会性とは

(最初)食料を確保するために、小集団で狩猟採集をする。その一方で、夜間、寝ているときに襲ってくる捕食者から身を守ったり、共同で育児をしたりするために、大きな集団を作る。そうなると個々のメンバーは分担して集団に奉仕する必要が出てきます。様々な集団への帰属意識、それに集団への奉仕や共感といったものが社会性を作り出すのです。


そして山極氏は人類が起こす大量殺戮の原因に「言葉の出現」「土地の所有」「死者の利用」の三つを上げる。
つまり言葉の出現により、バーチャルな共同体、国家や民族といった目には見えにくいものを人々の心に植えつけることに成功する。
農耕が始まり、土地の所有が発生し、境界が生まれ、土地を管理するものが大きな権限を持ち、土地や境界をめぐる争いが起こり、集団間の戦争に発展する素地が作られる、と。

そして「死者の利用」に関しては以下のように山極氏は言う。ここからが面白い。

人類は、すでにこの世から去った死者の利用も考えつく。人の一生は短い。生涯にわたって権利を主張できる土地の広さは知れたもの。先祖代々の土地であることを宣言することによって、広い土地の所有権を子孫に継承していく。その象徴として墓を建て、先祖を崇拝するのです。(そして)親族が膨張した結果できあがる究極の形が民族です。民族には始祖神話があり、語り継がれる。そういったものが核となり、民族の理念が確立され、敵対する民族が出現すれば多くのメンバーが戦いにかり出されるのです。


そして戦争の起源については、フロイトなど、過去の多くの学者が言った、「人間の心には破壊し殺害しようとする攻撃的本能が潜む」せいだという攻撃本能起源説を山極氏は謝りだと断じる。

(それは)ある意味で戦勝国を擁護する学説です。戦争の原因は、人間の攻撃本能にあるのではなく、先に述べたように共同体の中で作り上げてきた人間固有の社会性に潜んでいるのです。


しかし人間の攻撃本能が大量殺戮をさらに加速させているのは間違いないとは思うのだが。でもそれが直接の原因ではないと言うのはわかる。

そして戦争を防ぐには

国と国、民族と民族、集団と集団の利害対立が生まれたとき、国や民族、集団への帰属意識や奉仕、共感といったものが戦争を引き起こす。そのことを、多くの人が冷静に自覚することが大切だと思います。だから紛争が生まれたら、双方の面目を保つ道を根気よく探り出すことも欠かせません。



集団間の境界を越えた帰属意識を、多くの人が持つことも重要になるとし、

スポーツの世界や非政府組織(NGO)活動の現場レベルでも国境を越えた人と人との交流として活発に展開しています。人間が日常的に、国や民族のボーダーを越えて出入りしていれば、外国や他民族への許容性は自然と増すはずです。



やっぱりそうだ。フィリピンのゴミ山の子供たちのためのフリースクールに手伝いに行っている歌人の野樹かずみさんたちの活動を揶揄はしないでほしい、とあらためて強く思った。こういった人たちは世界中の様々な国や民族にそれぞれたくさんいて、この人たちこそがお互いの国や民族を切り結んでいるのである。彼らがいてはじめて、世界は真にインターナショナルになれるのだ。国や民族への帰属意識も大切だが、それが戦争の直接の原因になっている、ということ、何も人間本来の暴力性が直接の原因ではない、ということを我々は強く自覚しなければならないだろう。
らりピー
捕まってからは「らりピー」と呼ぶらしい。笑えるようで笑えない。

でも、結局笑えるわけだけど、確かに覚醒剤は絶対いけないわけで、もっと取締りを強化して法律も変えていって、拡散をできる限り防いでいかないと、これはもう大変なことになるわけで。

しかしその「らりピー」がディスコかなんかで髪振り乱して踊っていたり、タトゥーを入れていたり、するのも何かいけないことのように報道するマスコミには、ちょっと待てよ、と思った。確かに清純派との落差を言いたいのだろうけど、なにかまたこの社会がセキュリティ機能を暴力的に発揮しているような気がしてならない。

新型インフルエンザのときも思ったが、本物はもちろん、怪しい匂いのするものまで何もかもひっくるめて排除しようとしているような、いや~な感じがしてくる。

かつては普通じゃない、といことが普通に認められていたはずなのに、今は普通じゃないということは、こいつおかしい、異常だ、危ない、ということになりつつあるのでは、と懸念しているのは僕だけだろうか。

ただでさえ住み難い世の中がますます住み難いところになっていっているんじゃないか、と思い悩んでいるのは、きっと僕だけなんだろう。最近ちょっとおかしいので、被害者意識が過剰かもしれないです。
サハラ砂漠に緑化の兆し?
ナショナル ジオグラフィック

サハラ砂漠に緑化の兆しがある、という、なんだかいいニュースが載っていた。

記事によると、地球温暖化により、大気の保水力が増したため、雨が多くなった、ということだ。

温暖化で砂漠が広がるんじゃないか、と思っていただけにこれが本当なら良いニュースだと思う。

しかし、温暖化でハドレー循環の勢力が大きくなり、その吹き降ろし口(高気圧帯)が北に移動しただけでは、という気もしなくはない。つまり砂漠の帯が北へ広がり、ヨーロッパがサハラ砂漠化するのだ。実際スペインの砂漠化は以前からある。

今回緑化が確認されたのはサハラ砂漠南縁部である。温暖化により熱帯地域の上昇気流帯(熱帯前線)が北へ広がっただけなのかもしれないわけで。サハラ砂漠全体に雨が多くなってはじめて、本当に緑化が進行したことになるのだと思う。

とにかく、大気の温度が上昇すると熱力学の法則にもあるように、大気の保水力が増し、雨が多くなるのは間違いない。最近日本でも雨が多いのはエルニーニョだけが原因ではないわけで。

気象というのは所詮、「風が吹けば桶屋が儲かる」式なので、温暖化といってもどうこの先転ぶのかは想像がつかないです。
ビール・サミット
ロイター
男4人が仕事を追えて中庭でビールを飲みながら歓談する。
実にいい光景だ。だが会の中身は深刻である。

黒人の教授が自分の家の鍵が壊れていたので、鍵を壊して入ろうとしたら、白人の巡査に誤認逮捕された、というニュースにオバマ大統領が警察側を非難したことから逆に非難され、収拾を図るためにホワイトハウスで当事者を招いて行われたのが、このビール・サミット。

教授の言い分は、黒人だから逮捕した。
巡査の言い分は、騒いだから逮捕した。

アメリカの人種問題の根深さが垣間見える。

結局、当事者同士が話し合っても平行線だったらしいが、オバマ大統領は、「我々を結びつける力は引き離す力よりも強いと、常に信じてきた。この出来事から、すべての人が前向きな教訓を引き出せることを願っている」とコメントした。すばらしいコメントだと心底思う。

世界中にパレスチナはある。でも常にそこに対話があれば、たとえその内容が平行線でも、事態は前に進み、それ以上は悪くはならないはずだ。

オバマ大統領はシャレた演出をした。これを見て、アメリカ中が自分の意見を言い合い対話するだろう。案外、こんな軽い事件から、この根深い人種問題がするりと解決する方向に向かうのかもしれない。

ビール・サミットは対話を促すための手段として、これからあちこちで、もちろん日本でも、行われてゆくのではないだろうか。期待してみたい。
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