暴力装置
仙谷官房長官は自衛隊のことを「暴力装置」と言って物議を醸してるんだけど、その通りだと思うよ。だれでもそう思うだろう。

Wikipediaによれば
「暴力を統制するためにはより強力な暴力、すなわち組織化された暴力(Organized violence)が社会の中で準備されなければならない。軍隊、警察がこれにあたり、社会学者のマックス・ウェーバーはこれらを権力の根本にある暴力の独占(暴力装置)と位置づけた。」

とある。つまり、自衛隊も警察と同じように暴力行為から市民国民を守るために、より強力な暴力で対抗しようとしているだけで、典型的な「暴力装置」なわけで、極めて正確な表現だと思う。決してそれら組織を批判して言っているのではない。「暴力装置」なんだから、それら組織の思想の方向性に気をつけないと、本来とは違う方向にその「暴力装置」が働くかもしれないから注意しましょう、と言っているだけで、極めて冷静にものを言っている。

ただ、自衛隊を「暴力装置」と決めつけると、国外からいらぬ誤解が生じるかもしれない、という点では注意すべき発言なんだろうけど。

それと、政治家は社会学者と同じようには発言できない、というのもある。
何より今政治家は国益なるモノに反する発言はご法度だ。何が正しいかではなく、何が国益に影響しているか、ですべての価値が決まってくる。信じられない話だが。

とにかく、自由に発言しにくい世の中になった。何でも普通のこと言ったら非国民とか言われるんだろうし。冗談だろうと思うんだけど、これがもう冗談ではないんだ。
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憲法九条危うし
一つわかったことは、紳士的な外交がもう終わりを告げたのだ、ということ。
世界的な人口増で食糧、資源がこれからますます不足していくのが明白な以上、取り合いは必至で、強気の外交で押していくしかないわけだ。もちろん戦争を覚悟できないと、強気の外交はできない。憲法九条危うし、である。世界に誇れた平和憲法は実に虚しいものになり、ますます刺々しく住みにくい世の中になるだろう。