ごちそうさん
今度のNHKの朝ドラ「ごちそうさん」は、前作「あまちゃん」に比べるとありふれたキャラとストーリーで、ひどくつまらなくて、飽き飽きしつつもまあまあ楽しんで見てはいたんだけど、今日になって、これは全く違うぞ、と思うはめになった。

それは女学校を卒業するに際して宮本先生が生徒たちに贈った言葉にある。

宮本) 「これからあなたたちは、様々な道を歩いて行かれることと思います。いろいろな人と出会うことでしょう。温かい人も、冷たい人も、幸せな人も、寂しい人も、どうしてもウマが合わないということもあるかもしれません。ですが、そんな時にはどうか思い出して頂きたいんです。食べなければ、人は生きてはいけないんです。あなたと私が、どこがどれほど違っていようと、そこだけは同じです。同じなんです。」

そうなのだ。あの人とその人がどんなに違っていようと、食べることにおいては同じなのだ。当たり前すぎて意外に気がつかない、これには。

人は、特に我々表現者は、人との差異を重視する。自分と他者とがどれほど違うか、ということを他の何よりも重要なこととして、自身のかけがえのないアイデンティティとして後生大事にして生きていくのだ。それをあざ笑うかのような宮本先生の贈る言葉だった。

人と人とが違う、ということに価値を置くのではなくて、人と人とが同じなのだ、ということに価値を置く。価値観の多様化が当たり前すぎて蔓延してしまったこの現代においては、意外にこれは新しい価値観なのかもしれない。

最後の汽車で見送る場面での父、大五と、め以子の婿、悠太郎とのやり取りも深いものに思えてくる。

悠太郎) 絶対に、お嬢さんを幸せにしますから。
大五) まあ、その何だ。食うだけは、たらふく食わせてやってくれよ。それでほとんど大丈夫だからよ。
め以子) もうちょっと、いいこと言ってよ。
大五) 言ったじゃねえかよ。一番大事なことをよ。

そうなのだ、一番大事なことなのである、たらふく食べると言うことは。

何話か前の、納豆の夢がこれからの大阪の生活の暗喩になっていて、この脚本家は、あれ、ちょっと違うかな、とか思っていたけど、なかなかの曲者なのかもしれない。クドカンのドラマのようにセリフやストーリーを少しずつずらしいく、ということはしない、ストレートだ。だから一つ一つのセリフが全然面白くないし、ストーリーも普通なのだけど、何か重要なことがところどころに隠されているのかもしれない。これからの展開に全く目が離せなくなった。
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