安っぽい物語ばかり欲する人たち
今度の佐村河内事件で思ったことは、人間というのは本当に物語が好きなんだということ。その作品自体より作品に纏わりついている物語の方を鑑賞するんだ。短歌もそうで、その作品自体より作者がどんな人だとか、どうでもいいことばかり専門家が研究してて、作者という物語と一緒に作品を鑑賞する。

STAP細胞でもそうだけど、研究の中身より発見者がどんな人なのか、発見者にまつわる物語にばかりみんな熱中するわけ。こんな人たちばかりだから、騙しやすいと思う、佐村河内のようなペテン師からすれば。

言っておくが、現代音楽はそんな安っぽい物語とは無縁のところにある。実作者の新垣という人も、大衆が望む物語なんぞ全く関知しない世界の住人だろう。共犯者だけど、やはりかわいそうですね。立ち直ってほしいし、彼に法的責任が無いことを祈ります。
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物語に蔽われた音楽
音楽は音だけを純粋に聴くものだ。それが広島という物語、全聾で薄倖の作曲家、現代のベートーヴェン、佐村河内守という物語に蔽われた全体を聴いて感動していたのだから、試聴者も含めて作った側もそれを煽ったメディアもすべて共犯でしょう。

聴くことの困難をめぐって- genron