危険で恥ずべき時代に生きる日本人
The Huffington Post Japan:危険で恥ずべき時代に生きる私たち 国連委、人種差別に厳しい見解

世界中で右傾化が激しいが、日本以外の政治家では野党の党首がせいぜいだろう。
ところが日本は与党の党首がどうしようもない右翼なんだから。これは国民の総意ととるより他にない。
大変危険な時代に日本人は生きていると、いい加減認識しないとこれから大変なことになる。
とにかく世界基準の、というか当たり前の人権意識が今の日本人には本当に無いんだ、という信じられないことがこのところずっと以前より高じてきているという、本当に信じられないことなのだ。

日本人は本当に信じられない民族だ。
アジアで日本人が最も上等で他はすべて日本人より下等だと疑わないのだから。
戦前なら仕方ないとはいえこの人権意識が高まった21世紀ではあり得ないし、あっては絶対にいけないし、とてもとても恥ずかしいことなのだし。

ヘイトスピーチはそんな日本人のみの日本基準を反映したものにすぎないんだと、認識しないといけない。
あれをひどいと思う日本人でも、心の底では似たようなことを思っているのだと。
在特会は日本のゴミなんかではなく、日本人を適正に映している鏡なのだと。
自分たちは信じられない民族なのだと、
いい加減認識しないと。

というか、いい加減認識しろよ!
スポンサーサイト
橋下徹はいったい何をやりたいのか
産経新聞:橋下氏「公明にやられたままで終われぬ」出馬可能性否定せず 市長職投げ出しも「致し方ない」

この男はいったい何をやりたいのか。
個人の感情だけで市長職を投げ出すとは。
単に突っ張りたいだけなのか。
やられたらやり返すことは決して政治ではない。
政治家はちゃんと政治をやってほしい。

選挙に勝てば政治家として一人前だと思ってやがる。
そして目新しいことをやれば、それが政治だと思ってやがる。
大阪民はこの男に振り回されっぱなしだ。
壁のない自由な世界を ― 村上春樹氏スピーチ
中日新聞:壁のない自由な世界を 村上春樹氏スピーチ

村上春樹氏、今日はドイツでの受賞スピーチから。

壁は人々を分かつもの、一つの価値観と別の価値観を隔てるものの象徴です。壁は私たちを守ることもある。しかし私たちを守るためには、他者を排除しなければならない。それが壁の論理です。壁はやがて、ほかの仕組みの論理を受け入れない固定化したシステムとなります。時には暴力を伴って。ベルリンの壁はその典型でした。


明解に言ってくれるのでうれしい。
今、我々の日本、あるいは中国、韓国、北朝鮮も民族の壁に苛まされている。どんどん壁が高く厚くなり、壁の中が狭くなり、大変住みにくい世の中になっている。世界全体や香港に向けてと言いながら、東アジアに向けて言っているのだろう、と思ってしまう。

この民族の壁を取っ払えれば、風通しのよい、住みやすい世の中になる。
たしかに壁があることにより、自分たちは守られる。しかし過剰に壁を高く厚くすることで他者を排除することなり、殺伐とした世界が作られる。殺伐とした世界には殺伐とした人しか住めないだろう。もういい加減この壁を取っ払って風通しのよい世界にしなければ、と切に願う。

ずっと思っていたことがはっきりと明示されている時の気持ちよさ。このスピーチは何か壁が取っ払われた様なすがすがしい気分にさせる。

安倍首相や橋下市長など壁をせっせと作っている保守派の政治家もこのスピーチを読むだろうか。読んでもきっと馬耳東風で、風が耳を撫でていくだけなんだろうな。
村上春樹氏単独インタビュー
毎日新聞が村上春樹氏の単独インタビューを行った、11月3日の記事より抜粋する。

−−来年は戦後70年。作中で近代日本の戦争を描くこともあった作家は何を思うか。
 直接的な意見を述べるとステートメント(声明)になってしまいます。小説家はステートメントを出すのではなくて、フィクションという形に思いを昇華させ、立ち上げていくものだと思います。ただ、僕は日本の抱える問題に、共通して「自己責任の回避」があると感じます。45年の終戦に関しても2011年の福島第1原発事故に関しても、誰も本当には責任を取っていない。そういう気がするんです。
 例えば、終戦後は結局、誰も悪くないということになってしまった。悪かったのは軍閥で、天皇もいいように利用され、国民もみんなだまされて、ひどい目に遭ったと。犠牲者に、被害者になってしまっています。それでは中国の人も、韓国・朝鮮の人も怒りますよね。日本人には自分たちが加害者でもあったという発想が基本的に希薄だし、その傾向はますます強くなっているように思います。
 原発の問題にしても、誰が加害者であるかということが真剣には追及されていない。もちろん加害者と被害者が入り乱れているということはあるんだけど、このままでいけば「地震と津波が最大の加害者で、あとはみんな被害者だった」みたいなことで収まってしまいかねない。戦争の時と同じように。それが一番心配なことです。


ああ、ぼくと同じこと考えてるなぁ、と感慨深かった。こんなふうに普通に考えてる人はいるんだ、別に村上春樹じゃなくても嬉しかった。

このことはあちこちで言ってきたしネットでもさんざん書いたことだが、あの戦争では、まず日本人全体が加害者なのだ、という認識が我々日本人には欠片もない。そのことに五年前ぐらいだったか、わりと最近気がついたのだ。軍部が加害者で、兵隊さんや一般の銃後の人々は被害者だったと戦後教育は教育し続けてきたから。だから日本人には何の責任もないんだと。でも戦争(特に日中戦争)を推し進めたのは一般の日本人の方である。軍部はそれに乗っかっただけにすぎないのではないかと。世論の後押しがあって初めて軍部も動けるはずなのだ。
なぜ中国や東南アジアの激戦地で現地人の慰霊碑に日本の首相や天皇は参拝せずに、日本人兵士の慰霊碑ばかりに参拝するのか。ものすごく違和感がある。こんなことをしているのは日本だけじゃないかと。「それでは中国の人も、韓国・朝鮮の人も怒りますよね。」全く素直な感想だ。怒るのも無理はない。彼らがなぜ反日デモをあんなに激しくやるのか、日本人が過去あったことを素直に受け入れていないからだ。リヴィジョニズム(歴史修正主義)がスタンダード化されているのは先進国では日本だけだろう。まさに歴史観のガラパゴス化である。

原発事故にしても、事故の直後から僕は、加害者は原子力を利用していることを承知で電気を使い続けてきた我々の方だ、東電や政府だけではなく、と周りの人にさんざん言ってきたが、ほとんどの人は見向きもしてくれなかった。もちろんきちんと反論した人も一人もいなかったが。この意見を聴いたのは村上春樹が初めてである。正直嬉しかった。これも普通に考えたら当たり前のことなのに、日本人は誰もが皆、原発事故の被害者になろうとしている。お上が勝手にやったことだ、責任取れ、と。

日本人は昔からこのお上のせいにするのが得意だ。お上のせいにすることによって、すべての責任から回避できると今でも無意識に思っているのだろう。
きっとそれは近代化すらお上が欧米からシステムを借りてやってしまったことだからではないだろうか。欧米は市民が自力で近代化を成し遂げたので、何か問題があっても政府だけのせいにはせずに市民が引き受けているように思う。だから借り物の近代化ではいつまでたっても二流国家なのかもしれない。

僕は村上春樹の小説に関しては、そのマジックリアリズムには驚くし面白がるんだけど、基本はあまり好きじゃない。作者の言う「ある種の小説的ソフィスティケーション(洗練)、登場人物のライフスタイル」が好きじゃないからだろうと思う。だからではないかもしれないが、この人の言うことをそんなに信用してなかったふしがある。でも謝らなければいけないかもしれない。これからはもっと彼の小説を読もうと思うしそのステートメントにも注意を払おうと思った。