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三角関数は役に立たないか
「サイン、コサインを女の子に教えて何になる?」鹿児島県知事の発言を乙武洋匡氏が批判「時代錯誤」

こういうのいつも思うんだけど、社会に直接役に立つ学問にしか価値がない、というこれこそ反知性主義なんだけど、それを学ぶことによって直接役に立たなくてもその人の血となり肉になることはいくらでもあるし、そういうことの起こりえる人の方がずっと奥が深く巾の広い人間になるはずだと思うんだが。文学や数学が典型的にその類いだろうか。

三角関数に関しては、これを知ってるといろいろと面白い発見がある。
以前俳句をやってたときに気がついたのだけど、「秋の日は釣瓶落とし」というのは実際はいつ頃なのか、この命題が三角関数と微分から解けるのだ。
「秋の日は釣瓶落とし」の日時は正確には、日の出から日没までの時間が最も大きく減るときのことを言うはずだ。これは三角関数の微分係数が「-1」になる時である。sinでもcosでもどっちでもかまわない。どこを起点にとるかというだけのことなので。地球の公転の1年分を360°として、春分の日を起点にとればsin(180°)、夏至を起点にとればcos(90°)、この時の微分値が「-1」になる。つまり秋分の日だ。しかし実感としては「秋の日は釣瓶落とし」は10月から11月だろうけど。それは陽がもっと短くならないと実感として思わないからだろうと思う。夕方の5時ぐらいには暮れないとね。

確かにこんなことわかっても何の役にも立たんよ。でも僕はこういうの考えるの好きなの。
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「アース・オーバーシュート・デー」 年々早まる
人類、1年間で使える地球資源を8カ月で使い果たす 「アース・オーバーシュート・デー」 年々早まる

地球が一年で生産できるモノやサービスを人類は今年2015年の場合8月13日で使い切ったことになるらしい。この日を「アース・オーバーシュート・デー」と呼んでいる。この日は年々早まっているとのこと。そしてこれからもほっとくと年々早まることは間違いない。

これは人口増加が最大の原因。現在73億人の世界人口は、2050年までに97億人に増え、2100年までには最高で133億人に達するとの予測を発表している。ここまでは増えないとは思うが、深刻であることに変わりない。

人口増加を抑えること以外では、化石燃料の使用料を減らし二酸化炭素の排出量を減らすことでもこの「アース・オーバーシュート・デー」を遅らせることができる。

最後に「気候変動に影響を与える行動」として次の14種類の行動が載っていた。

1. 飛行機に乗ること
2. 肉を大量に食べること
3. ペットを飼うこと
4. 電力を無駄に使うこと
5. 気候変動を否定する政治家や、石油産業を支援する政治家に投票すること
6. 大型車にひとりで乗ること
7. たくさんの子供をもつこと
8. 自動車をアイドリング状態にすること
9. 長時間シャワーを浴びること
10. 紙を無駄遣いすること
11. 食品を無駄にすること
12. 季節外れの食品を購入すること
13. エアコンを使うこと
14. すきま風を防がないこと

個人的にはほぼすべてクリアできてる。
この条件はアメリカでのことなので、たとえば5番は日本の政党の場合は曖昧なので考えようがない。
あえて言うなら僕の場合10番は仕事上仕方ないこともある。印刷関係だからだが。リタイアしたらこの10番もクリアできるはずだ。
後は完璧にクリアできてる。これはかなり自慢していいと思う。
日本は加害者としての歴史を真に受け入れるだろうか
「我々はナチスの犠牲者への責任がある」 メルケル首相が演説

人間は自分が加害者だと思うと非常に不安になるが、被害者だと思うと不思議と安心するという習性がある。
だが、歴史上のことは別のはず。自分たち民族がやったことだと、自分がやったことではないわけで、いずれは客観的に見れるはずだ。
おそらく日本も徐々にだが、ドイツのように受け入れるだろう。時間はかかるが。僕は楽観している。
ただ近代化を自分で成し遂げていなくて、欧米から借りてきただけのこの日本がドイツのように上手くやれるだろうか、という懸念はあるけど。借り物の近代では行き詰まった近代を修正できないのかもしれないのだから。

でも、だからこそ応援したい。
がんばれ、ニッポン!
綱渡りが上手くいくかは運次第
再生可能エネルギー企業の幹部は、下落する原油価格を心配していない なぜなら......

近代以降、人間は過去現在未来と通時的に世界を見据えるということができなくなった。今しか見えない共時的な世界にしか生きることができない。その頭上で世界はこれからも綱渡りをしていくしかないのだろう。

そして世界が生き延びれば、それは運がよかっただけで、人間が偉いわけでは決してないのだということ。
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