『わたしを離さないで』 第9話より(ネタバレ注意)
レイシズムの知られざる本質のその一端が垣間見えた気がした。

クローンとして生まれ、患者への臓器提供のみを使命としてその短い一生を終える「提供者」というシステム。そのシステムが平気で作動している理不尽な世界のその社会心理がやっと明かされた。

「提供者」を子供時代から教育していた学苑のかつての校長である恵美子先生が、成人した「提供者」である二人の主人公に打ち明ける。

恵美子先生 
「人間というのは、あるはずの物がない世界には戻れない生き物なんですよ。
クローンの存在で病魔の苦しみから解放された。
そんな役に立つものを誰が手放しますか。誰も治らない世界なんかに戻りたくないんです。
だったらどうしますか?
簡単です。認めなければいいんです。
あくまで同じ人間だと認めなければいいんです。
だから、みんなあなた達には心がないものと思い込もうとする。
違うと声高に言っても無理です。潰されるだけです。」


まるで中国と戦争をしていた時の日本人の心理と瓜二つだ。
中国人をある程度殺さないと、中国を支配できない。中国を支配しないと豊かな暮らしが保障されない。だったらどう考えればいいか。簡単である。中国人には心がないと思えばいい。心がなければ人間ではない。犬や獣と一緒だ。それなら殺したって全然構わない。だから平気で大量殺戮したし、だから731部隊まであった。まず満州から攻め、そして中国大陸全体へと手を伸ばし、後へは引けなくなった。豊かな暮らしを夢見て、もう元の世界へは絶対に戻れなかったのだ。

あとは最終回のみ。ディストピアの最後はもちろんディストピアだろうけど。なんらかの救いを期待したい。
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『わたしを離さないで』第7話より
TVドラマを見てると、時に、突然何の予告もなく深いセリフに出会ったりする。それを逃さずこうやってメモするのが僕の趣味だったりして。

『わたしを離さないで』第7話より

美和 「ハナってさ、ちょっと恭子に似てるよね雰囲気とか」
恭子 「女だし同い年だし、そりゃ似てるよ。私時々さ、似てない人なんていないんじゃないかって思う事があるの。というより、私たちはほとんど何もかも同じなのよ。だからちょっと違うところを見つけたとき驚いたり戸惑ったり、憎んだり羨んだりする。でも逆に違うからこそ、ほしいと思ったり憧れたり、目標になったり好きなったりもする。そう思わない?」
美和 「は~~ぁ、相変わらず賢いね、恭子は。でもまぁ、それだけなのかも、私たちの一生なんて、そんなことにウロウロしているうちにあっという間に終わりの日が来るのかもしれない。」


このドラマでの「提供者」という特殊に短い人生だからなのだが、普通の人生だって、たとえ100歳まで生きても、〈私たちの一生なんて、そんなことにウロウロしているうちにあっという間に終わりの日が来るのかもしれない。〉
だと思う。自分はみんなとは違うんだ、ということにこだわるのではなく、逆に一緒なのだということにこだわれば、もっと価値観が広がるだろうし、趣味とかだけに閉じなくなるだろう。

文学屋や芸術屋というのは、自分は他人とは違うんだ、というその一点にのみ徹底的に己の存在価値を見出そうとする、厄介で利己的な生きものだ。
僕もまあ結局その類いだろうから厄介な人生なのだろうと思う。
鈴木六林男句碑
古びた赤い消火栓収納庫の横に「鈴木六林男句碑」と書かれた貼紙があった。山々に囲まれた高見川沿いの村道を車でゆっくりと進んできてやっと見つけたのだ。
その貼紙には斜め上を向いた矢印がある。つまりここを登れと。矢印の方向を見ると人が一人やっと通れるぐらいの細い道が川にへばりついたような小さな集落の中を登っていく。人の敷地内を勝手にお邪魔するようで気が退けたが仕方ない。登っていくしかない。かなり急勾配の坂道でじきに人家に突き当たりそこを右へ折れて左に折れ、これまた細い道を登っていくと、車が5台ぐらい止まれそうな平地に出た。周囲に人家は10軒ぐらいあるだろうか。しかしまだ句碑らしきものはありそうもない。急に不安になった。本当にここで間違いないのか。誰もいない。おばあさんが出てきて、何か用かのう、とか言ってもよさそうなんだけど、そんな気配すらない。しんとしている。
で、どこを行けばいいんだ?きょろきょろとしたが案内板もない。こっちだろう、とほぼ当てずっぽうで右方向へ向かう細い道を、絶対にこれは誰かの敷地内だと確信しながら、急いで行くと、左上方に薬師堂が見えた。ああ、きっとここだ。階段を登り、薬師堂敷地内に入ると、あった、鈴木六林男の句碑が。

月の出の木にもどりたき柱達      鈴木六林男


う~ん、六林男らしい句だ。〈月の出の〉は〈柱達〉にかかるのだろう。何本もの柱が月の出と共に元の自然の樹木に戻りたいと願っている。〈柱かな〉では全然だめで、〈柱達〉と複数形にすることにより、意味的にも強化され、句も引き締まる。〈達〉は漢字の方が句がまた引き締まる。〈柱たち〉ではゆるい。そして複数形だからこそ、人間の作った建築物がそのまま森を夢見ることになる。自然物をどんどん使う人間の文明に対する淡い批判を物言わぬ〈柱達〉に託したのだ。前衛性と社会性を混交させたじつに六林男らしい句だ。そして林業を主に営むのだろう、この東吉野村の句碑にふさわしい。この村はじつに樹木で溢れているのだから。
東吉野村
東吉野村の奥の奥、七滝八壺のあたりの渓流の浅瀬。陽が当っているところのみ川底が斑模様に光ってて、何故だろう、と少し考えた。ああそうか、川のさざ波に陽光が差し込み、光が屈折して、その波の様相に応じて屈折率が違うから、川底がそんな斑模様になるんだ。清流の浅瀬だからそれが鮮やかに起こるのである。
ということを自慢げに言ったら、妻が、え?知らなかったの、とびっくりしたように返してきた。
妻は故郷の宇和島で、子供の時、夏休みは川でよく泳いだのだそうだ。それはものすごくきれいな川で、常にそんな模様になっていたらしい。
都会の子供はそんなこと知る由もない。
しかしとびっきりの清流だった。
あの滝より上におそらく人家はない。
極めつけの清流である。
リアリズムの存在理由
加藤治郎さんのTwitterより

事物の描写に尽くす。それは、自分の思いが身勝手なものではなく、普遍的に世界に存在することを確かにするためである。


ああ、そうなんだ、と思い知らされた。
文学においてリアリティがなぜ大事なのかは、「自分の思いが身勝手なものではなく、普遍的に世界に存在することを確かにするためである。」だからだ。
リアリティの基盤が無ければ文学は無意味なのだ。
短歌を通じた他者との交流
昨日の毎日新聞だったか、吉川宏志氏がいいことを言ってた。
酒井佐忠氏の文章から、以下に全文掲載する。

毎日新聞2016年2月29日
詩歌の森へ/短歌批評と「他者」=酒井佐忠(文芸ジャーナリスト)

短歌の批評について、世代間での価値観の違いや、小さな自己の思いや感覚にこだわるために、閉そく感におおわれていると指摘されて久しい。そんな中で、ていねいな作品の読みから、柔軟に他者へのまなざしを注ぐことの重要性を説く、吉川宏志の『読みと他者・短歌時評集二〇〇九−二〇一四年』(いりの舎)は、新たな短歌批評を提示する貴重な一巻だ。

 もともと批評とは、作品と「他者」の関係を問うものではないか。共同通信配信の時評「短歌はいま」を中心に、さまざまな論が展開されるのだが、著者が作品を通していかに「他者」に寄り添うか、その姿勢を強く求めているのは、一貫している。この間、短歌は、東日本大震災や原発事故、さらに戦後七十年という大きな社会問題を抱え込んだ。短歌は、あるべき言葉と批評を求めて大きな波に揺られ、もがいた。

 吉川は書く。「外側にあると思っていた他なるものを、自己の内側で体感し直すこと。違和感から共感への移り変わり。そのほんのわずかな時間の変位の中に、生命感のある読みが現れてくるのではないか。それが、自己と他者のあわいに新しいものを創り出すということなのである」。実に示唆に富んだ指摘である。新しいものを創出するためには「柔軟な自己」が必要という。これはいま、短歌批評に限ったことだけでないのはもちろんだ。



短歌を通じた他者との交流のことだ。歌会に出席しててよく思うことがあるが、他者の短歌を読んで批評することと、他者の批評をちゃんと聞くこと、この二つを通じて、他者との交流が図れる。他者と通じ合うことの難しくなったこの現代社会において、これは素晴らしいことなのだと。
だから歌会では自分の歌はさておき、他者の歌に寄り添い、他者の批評に寄り添う。寄り添って自分の中に取り込み、吟味して、また批評として出す。この繰り返しの果に、他者との交流という至難をやってのけているのだ、我々歌人は。なんとすごい。
短歌をやってて本当によかったな、と思う。句会ならこうはいかない。句会では批評よりもどちらかというと作品を披露する場だからだ。自分の作品に何点はいるか、どう評価されるかに力点が置かれる。ある程度閉じてしまう。短歌は他者に開かれているなとつくづく思った。

吉川氏の言う「外側にあると思っていた他なるものを、自己の内側で体感し直すこと。違和感から共感への移り変わり。そのほんのわずかな時間の変位の中に、生命感のある読みが現れてくるのではないか。それが、自己と他者のあわいに新しいものを創り出すということなのである」は至言である。そしてそうやって形成された「柔軟な自己」こそが今の世界に最も欠けているものなのだと。如何に他者により添えるかで、その人の真価はある程度決まる。そう思いたい。

短歌というのはたった31文字と短いので、そのままでは未完成なのだ。他者に批評されて初めて完成する。そのことを歌人はだれよりも知っているものと、僕は信じている。