メディアのセカンドレイプ
livedoor NEWS:坂上忍 高畑裕太容疑者の事件をめぐる江川紹子氏の意見を批判

息子の不祥事で謝罪会見をした女優高畑淳子のことが話題になってるけど、単に芸能界の話として終われない様々なことを考えさせられた。

成人した22歳の男性の性犯罪を母親が謝罪しなけらばならないこの国の不条理な義理感情をまず不思議に思ったが、もちろんこれは芸能界だからだろうとは思う。でも一般人でも片親なら母親が被害者には謝罪するんだろうな、とは思った。普通に考えたら男性の性犯罪に女性である母親が出てくること自体が極めて奇異だろう。それにあまりに母親が痛々しすぎる。親として謝罪したい気持ちはわかるんだけどね。

それはそれとして、テレビで討論をやってて、「バイキング」という番組で江川詔子が被害者の気持ちをまず考えるべきで、一連の事件にあたっては「被害者を第一に」という考えを尊重しているとのことで、世間での大々的な報道に疑問を感じていると語り、「被害者の方からしたら、こうして大きく扱われたり、イベントがあったりすること自体が実はつらいんじゃないか」とメディアによるセカンドレイプについて述べた。まさにそうだが、この番組自体を当番組の中で批判したきたのだ。この意見に対して当番組のMCである坂上忍が噛みついてきた。

ここにいる全員がですよ、江川さんが言ってることを心のどこかで持ちながら生放送が始まってる」といい、江川氏だけでなく出演者全員が複雑な思いをもって本番に望んでいると指摘。続けて「それを言うんであれば出るべきじゃない」「『矛盾してる』って一言で片付けてほしくないわ。そんなのみんな思ってるよ!」と、険しい表情で江川氏を批判していた。


これに対して江川詔子はなにも反論しなかったんだけど、僕に言わせれば、こんな事にも反論できないんなら、それこそこの番組に「出るべきじゃない」だろう。
明らかに反論できるからだ。
まず、「バイキング」という番組は生放送での激論がウリで、誰が何を言い出すかわからないスリルが面白いのであって、MCとして「それを言っちゃあおしまいよ」という気持ちはわかるのだけど、せっかくのウリを打ち消すような言い方はしない方がいいのではないかと思った。空気読めない奴、みたいな発言はやめてほしい。それがとても残念だ。
それに何より、テレビメディアの理不尽さについてはネットや雑誌じゃなくて、テレビで言ってこそ訴求力があるからで、そういった矛盾に抗いながら、勇気を持って発言した江川詔子にはやっぱり拍手したい。よくぞ言ったと。ただやっぱりちゃんと反論してほしかった。おそらく江川さんの性格からして、何か言うだろうということは事前に察しが付くわけで、スタッフの方から、もし反論されたらだまっててください、とか言われてたのかもしれない。それなら仕方ないんだけど、それならこの番組自体にがっかりだわ。

まあ結局全部シナリオがあるのかもしれないけどね。生激論だと言っときながら。
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自立は、依存先を増やすこと、希望は、絶望を分かち合うこと
TOKYO人権 第56号 自立は、依存先を増やすこと、希望は、絶望を分かち合うこと

素晴らしい。
この人自体が素晴らしいし、この人の言うことがとんでもなく普遍的で素晴らしいです。感動しました。
依存先を増やすことと絶望を分かち合うこと。この二つは障碍者だけでなく、誰でも共有できる大切な世界の摂理。

証言こそが一級の歴史資料
産経ニュース:慰安婦資料 証言が中心 記憶遺産申請 専門家「客観性欠く」

証言は確かに客観性には多少欠けるところがあるかもしれない。
なぜなら人間の中には嘘を言う人もいるし、大げさに言う人もいる。
記憶違いもあるだろう。(たとえば連れ去られた年齢など)

しかし、そういった証言こそが一級の歴史資料であり、客観性を精査していけばいいわけで。あるいは客観性を持たせるために、極端な証言は真実かもしれなくてもあえて除外するとか、すればいい。そういった極端な事例を除外しても、慰安婦にされた女性たちは、日本兵の看護婦としての仕事か賄いの仕事をするんだと言って騙されて連れ去られ、性奴隷をさせられていたという証言が大多数だった。つまり半強制的な連行。彼女たちが自らの意志で慰安婦になったのではない、ということが一番大事なこと。

証言しかないからと言って、あったことそのものを否定しようとするのは極めて幼稚な話。証言こそが一級の歴史資料なのだから。それを如何に活用するのかを考えていかなければいけないわけで。それを最初から考えようとしないわけだから、卑怯で情けない話だ。
ポケモンGOは何故つまらないのか
ポケモンGOがひどくつまらないと、やくみつる氏が吠えたらしいが、僕も同感だけど、なぜつまらないのかを全く説明せずに、「心の底から侮蔑します」とかいっただけでそれなら単なる罵倒でしかない。やっぱりなぜつまらないのかを説明しないと。説明しなかったから結果反撃を食ったのだろう。
だからここで代わりに僕が説明しようと思う。

まず基本的にあらゆるゲームがそうだが、人間が作ったデータベース上を動くだけなのだ。そこがつまらない、というかその範囲内でしか動けないことに興醒めしてしまうわけで。
たとえば、それと同じで、ディズニーランドやUSJやハウステンボスなどは人間が作った街や施設をうろうろするだけである。観光や遊戯用に人間が作ったものをその範囲内でうろうろすることになんの面白みがあるのか。子供なら楽しいだろうけど、いい大人がなんで、と思う。僕も6歳の時に今は廃園になった奈良のドリームランドに行ったけど、大感激した。子供にはちょうどいいのだろう。

それなら実際に街として機能している街をうろうろする方がよほど面白い。それは観光用に全く整備されていない街のほうがいいが。僕が行った中で面白かったのは、和歌山県御坊市の旧市街、奈良県大宇陀、滋賀県高島市、京都府綾部市、舞鶴市、等など。ほかにもたくさんある。
逆に期待しててがっかりさせられたのは、滋賀県彦根市と兵庫県城崎温泉街。昔の街並みをきれいに現代の建築で再現してたのだ、観光用として。相当興醒めした。だけど大繁盛だったけど。

じゃあポケモンGOはどうかというと、実際にある街をうろうろしてデータベース化されたポケモンを探すのだ。確かに実際にある街をうろうろするだけに微妙そうだ。微妙だけど、ポケモン自体は人間が作ってデータベース化したものにすぎない、それがどんなに複雑であれ。なら結局、ポケモンなんかせずに単に街をうろうろする方がよほど面白いだろう。ポケモン自体が邪魔なだけだ。
街は観光用でも遊戯用でもなく、実際に街として機能しているのだから。それは歴史的にも機能してたし現在も機能している。様々な人がデータベース化されることなく暮らしてきたし今も暮らしている。そして様々な建物がデータベース化されることなく存在してきたし今も存在している。こんな素敵なことが他にあるだろうか。もうそれだけで世界は十分なような気がする。

ただし、もしこれからAIが進化して、データベース化することなく、あるいはAIがデータベース化してても、情報量の厖大化でデータベース化されていると意識されないゲームが将来出てきたらこの僕とてわからない。いいおっさんがゲームに夢中になっているかもしれないが。そうならないことをただ祈りたい。
政治的分断とテロリズム
コラム:2016年後半、さらに悪いことが起きるのか

たしかに今年に入ってからロクなことがない。
特に最近は、参院選の結果、相模原事件、都知事選の結果と最悪のことが続いている。この分だとどうもトランプが勝ちそうだ。

ほぼあらゆる国において、とても気がかりな政治的傾向が見られる。ISのような武装勢力が意図的に行った組織的攻撃でないとしても、常軌を逸した個人が政治的に急進的になり、時に壊滅的な攻撃を行うという懸念すべき傾向があるように見える。
ニースの事件から、米国で多発する銃乱射事件、6月に英国で起きたEU残留派のジョー・コックス議員殺害に至るまで、これらは1つの線でつながっているようだ。


相模原の事件もこのラインではないのか。障害者問題は政治問題でもある。ニースと同様、単なる殺人鬼が政治的動機を無意識に利用しただけだと思う。

多くの国で中道派が劇的に勢力を失っているため、このような政治的分断は危うさをある程度増している。


日本も、戦前回帰派とSEALDsのような幼稚で単純なリベラルとに分断され、冷静なる中道が意見を言う機会が失われているように思える。

こういった分断が本来の政治的活力を奪い、経済的危機が到来するのだろう。
ここ数年を何とか乗り切らないと。