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自然絶滅と人為絶滅
トラックバックというのをやってみた。これで一応2回目である。やり方はこれでいいんだろうか。

極東ブログさんのマレーシアでの森林火災の話

かなり深刻な「危険レベル」ということで、その煙が人命にも影響を及ぼすという。
だがこのブログでは森林火災は自然現象なのではないか、と一石を投じる。確かに自然に森林火災は起こるだろうし、過去そうやってこの大自然は有為転変を繰り返してきた。もし自然に起こったのならそういうこと、でも人為的に起こったのならやはり自然破壊だろう。だがマレーシアではそうことは単純ではないらしい。かなり深刻とのことで心配である。なんだかよそ事ではない。

しかしこのことに少し触発されて書く。いったいどこまでが自然でどこからが自然破壊か、難しく普遍的な問題がここには横たわっている。このブログでもオーストラリアの森林火災で幾種類かの鳥類が絶滅した、とあるが、生物種の絶滅というのは基本的にはまず自然に起こることなのだ。種の興亡が繰り返されて今の大自然がある。生物種も新陳代謝するのである。だから森林破壊がもし自然に起こって何種類かの生物が絶滅したとしても、人間の側はそれに関与してはならないはずだ。それは自然の摂理だからだ。また種というものは必要とされるからそこにあるわけで、必要とされない種は自然に絶滅していくのである。まるで会社のポストのように不必要なポストは消滅していく。深刻なのは人類の異常発生と急激な文明化でバタバタと生物種がそれこそ飛行機のボルトがなくなるみたいに倒れていっていることだ。ある日出社したら課長と部長が失踪していたとしたらこれはその会社にとって死活問題だろう。だからワシントン条約で本当にどの生物が自然絶滅でどれが人為絶滅か分けないといけないと思うのだ。アマミノクロウサギははたしてどっちだろうか。
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