赤尾兜子の兄
宇和島のところが読みたくて、司馬遼太郎の「街道をゆく(14)南伊予・西土佐の道」を読み進めていたら、大洲のところで赤尾兜子の兄が出てきてびっくりした。司馬遼太郎と赤尾兜子は同じ大阪外大で友人だったというのはよく知っていたが、その兄がいるとは全く知らなかった。俳句時代、赤尾兜子の周辺をうろうろしていたのにである。

この文章によると、赤尾兜子の実兄、赤尾竜治は今の姫路市網干の出身で、代々材木業を営み不動産業にも手を伸ばしていたそうだ。

竜治は中学を卒業してすぐ事業に入ったそうだが、その事業の傍ら、同じ網干の出身の江戸期の禅僧、盤珪禅師の研究を続け、その全集を編むために50歳を過ぎてから受験勉強して大学に進学してまで研究に没頭して、ついに昭和51年「盤珪禅師全集」を著したそうだ。誠にあっぱれである。さすが赤尾兜子の兄というべきか。弟と違って名声に関係なく全く市井の人としてその研究を完遂したというところがすがすがしい。

盤珪禅師は江戸初期、大洲藩主に請われて播州からこの大洲に招かれ如法寺を開いたそうだ。その如法寺に盤珪禅師の史料がたくさんあり、赤尾竜治があしげく通ったそうだ。それでこの「街道をゆく」に赤尾竜治のことが出てきたのである。

人にはいろんな一生があるんだなぁ、と気持ちのよい感慨にふけることができた。
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2013/06/16(日) 17:02:37 | | #[ 編集]
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