アスペな母
何年か前にアスペルガー症候群のことを知ったとき、自分もその気配があり、母もその方向であるとほぼ確信したことがある。

母が今亡くなってみて、やっぱり母はつくづくアスペだったのだと思った。しかも、ぼくよりも程度が少し上のようなのだ。

そして母が亡くなってみてはじめて、周りは母のことをあまりよく思ってなかったことに気がついた。もちろん直接僕に言う人はいないが、そういうことはうすうす伝わってくるものだ。だからここで母のアスペ度、つまり自閉症の度合いについてちょっと書こうと思う。これで母を理解してほしいというのはアスペ側の甘えかもしれないが、少しでも母を理解してほしいと思うのが、子供心だし、供養になればと思うのだ。

では母はどういう状況だったのか。

たとえば、友人が全くいない。というより作ろうとしない。母にとって家の外で誰かと話をする、というのは生活の一部には全くなっていなかったし、わずらわしいことのようだった。しかしこれは20年前に引っ越したのが原因していたかもしれない。前のところでは少しは近所の同年輩の奥さん連中と井戸端会議はしていた。しかし今のところでは近所の人と挨拶するぐらいである。要するに近所の人と未だに慣れていないことが原因なのかもしれないが。

片づけが異様にできない。たとえば皆が指摘するのは、冷蔵庫の中の異様な汚さである。隅のほうに汚物まがいのものが必ずある。母はど近眼なのであまり見えていないのも原因だが、言われてみて初めてひどかったことに気がついた。僕は慣れていたので別になんともなかったのである。また僕自身も片づけが母同様できないせいかもしれない。散らかっていて当たり前のような気がしていた。妻は異様な片付け魔と思っていたが皆の話を聞いているとそれで普通のようなのだ、なんと。しかしなぜか散らかっているほうがほっとするというのはなぜだろう。

それとなんでも自分の話に引き寄せてしまう。別の話をしていても全部自分の過去の話に持っていってしまうのだ。これはアスペ独特の性質でそういう人を僕は何人か知っているし、そういう人と話していてもこっちはわかっているのでなんとも思わないわけで、僕自身もその傾向が少しあることを自覚しているが、母は全く自覚がなかった。

以上の3点が人から指摘されていることで、これだけでアスペだとつまり自閉症だと言い切ってもいいと思うが、あと僕が気がついていたことは、人見知りが激しいことである。激しいがいったん慣れると延々と喋る。僕も少しその傾向があるのかもしれない。それと独り言をよく言う。他人がいるともちろん言わないが、僕ら家族がいる場合はお構いなしでよく独り言を言っていた。これもアスペ独特の状況だろう。

あと電話が嫌い。亡くなった父に、電話に出ない、電話をしない、ことでよく怒られていた。ぼくは仕事の電話は全くなんともないけど、個人的な電話は苦手である。できればしたくない。親しい人ともしたくないのである。緊急のときはもちろん別だが。そういう時は必ず僕のほうからしているし。とにかく、なんとなく電話で話するのっていやなのだ。会って話するのはもちろん楽しいのだけど。自閉症のドラマでやっていたが、自閉症の人は電話恐怖症の人が多いらしいです。

あと長所も言っておこう。だれだって長所と短所はあるものだし。
まず記憶力がいい。というか好きなことは徹底的に研究して覚える。母は歴史マニアで戦国時代と幕末が大好きで、その歴史とそこに登場する人のほとんどを把握していた。まず歴史で習わないマニアックな人たちを普通に知っていた。亡くなる数週間前に一緒に見ていた「篤姫」で桜田門外の変のとき、実行犯を含む有村兄弟のことを言っていたのには驚いた。肝性脳症で頭がぼんやりしていたのにもかかわらずである。

嘘をまず言わない。というより言えないのだ。もちろん本当のことを隠して言わない、ということは普通にあった。でもそれは嘘をぴゃーぴゃー言う人とは決定的に違うだろう。僕は商売をしているので、当然嘘はつく。しかし嘘をつくとき、少し覚悟とエネルギーが要るのである。できたらそういう覚悟やエネルギーとはかかわりたくない、と感じている。なぜなら実際にはなかったことを捏造しないといけないわけで、それはしんどいし不愉快なことなのだ。だから平気で嘘をぴゃーぴゃーつく人は僕には到底信じられないのである。でも母同様、本当のことを隠して言わない、というのは新たなことを捏造することもないから別に覚悟もエネルギーもそんなに要らない。まだ楽なのだ。
この嘘を言えない性格は別にアスペでなくても普通にあるのだろうけど。

話は母のことからそれるが、俳句短歌で前衛的な手法で虚構を盛んに使うことがあるが、あれはそのほうが自分のリアルをより表現できるからである。単なる日常の「嘘」と表現上の「虚構」とは全く違うのだということを、ここで誤解のないように言い添えておく。その表現者が「虚構」を多用するからといって、うそつきにはならない、ということだ。

また母のことに戻るが、これは長所か短所かわからないし、自閉症が原因しているのかどうかもわからないけど、とにかく非常に楽観的な性格だった。母にかかればすべてが大丈夫なのである。僕は小さいときからそんな感じで育てられてきたから、僕も結構楽観的な性格になっているかもしれない。それに対して亡くなった父は非常に悲観的に見えた。今から思うとそれで普通かもしれないのだが。しかし楽観的な人と一緒にいると、ずいぶんと楽なのである。だから母と一緒にいて何か面倒が起こったり、不快なことになった、という記憶が全く無い。それに対して父に対してはずっと不愉快な気持ちがあったと思う。しかし母の場合、現実問題、そんなにうまくことが運ぶはずがないので、大きくなってからはその楽観的な性格に少し辟易することもあったが。でも結局人間いつか死ぬんだし、適当に死ねばいいと僕は思っているし、ならできるだけ楽観的に生きたほうが得じゃないのかな、と今では思う。母はだから自分の健康に対しても極めて楽観的で、自分は絶対に病気しない、と固く信じていた。だから医者にはまず行かないし、今度の病気も手遅れになったのは結局その楽観的な性格のせいだったようだ。でも手遅れになったおかげで、余計な治療をする必要もなかったし、苦しまずに逝くことができたのでは、と思っている。そういう性格は周りを和ませるのである。母はぼくら子供たちが何をやろうが別段クレームをつけることなく静かに見守ってくれていた。それに対して父は何でも反対するほうだったので。僕らは自然母になついたのである。温かみがあり包容力があり穏やかな人だった。父のほうが外での評判は大変よかったが、温かみのない激しい人だった。

おそらく母の子供三人のうちでアスペ的なのは僕だけだし、欠点だけとるなら僕がおそらく最も母に似ただろうと思っている。そういった母のアスペ的欠点が自分の中にもあることが今となっては不思議と愛おしくなってくるのである。僕にとって母はもちろん母であると同時に、僕の子供でもあったのかもしれない。常にその動向が気になって仕方がないのである。守らなければ、という対象であった。

一方、父の温かみのない激しい性格が最も似たのも僕のようだが、これについてはまず愛おしいとは思わないのだ。この性格は激しく反省しなければいけないことだし。

どうも僕だけが両親の欠点ばかり似たような気がしているが、それで親を恨んだりしたことが全くない。そういった血の交わりの結果、はじめて僕がいるんだし、それが自身の存在の基盤になっているわけだし、その上で、反省を交えて、自分を造っていくわけで、それが最も自然で人間らしいことだろうと思うからだ。それにそのほうが最初から非の打ち所のない人より人生が面白いのでは、と思う。負け惜しみかもしれないけど。

もうこれで母のことをぐだぐだ書くのは終わると思う。あとは短歌にしているので、そっちのほうを見ていただければありがたいです。
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