橋下府知事の朝日新聞批判について
僕は大阪府民の一人として橋下府知事には大いに期待しているし、やってくれるものと思って見守っている。だから少々乱暴な意見にも目をつぶってきたつもりだ。しかし今回の朝日新聞に対する批判にはどうにも我慢ならなかった。

19日の陸上自衛隊記念行事の祝辞で、光市母子殺人事件に関する弁護士資格と全国学力テストのデータ掲載の件について、以下のように朝日新聞を厳しく批判していた。

「弁護士資格をはく奪されるようなことはなく、からかい半分だ。朝日新聞は愚かな言論機関。すぐに廃業した方がいい」
「人の悪口ばかり言ってる朝日新聞のような大人が増えれば、日本はだめになる」
「判決の件で厳しく指摘されることは構わないが、表現の仕方としてどうなのか。朝日新聞は権力に悪口を言っていればいい、と思っていることがよく分かった」
「朝日が早くなくなれば世の中のためになる」
「朝日はからかい半分で、事実誤認もあり今すぐ廃業すべきだ」
「自分たちが良識だと思い上がって、何でも反権力なのが朝日。

信じられないことにこれら偏った意見が、すべて日本第二の自治体の長のご意見なのである。

権力に逆らっていさえすれば自分は正義なのだと、勘違いするおめでたい人たちは確かにたくさんいる。僕の周りの文学仲間にもこれはたくさんいる。僕自身こういう人たちを割合と面と向かって非難してきたつもりだ。なぜなら偏ったイデオロギーで反権力だけに固執していたのでは何も真実は見えてこないからだ。いらいらするのである。

だが、反権力的な意見はいつの時代も絶対に必要なのである。それを徹底的に排除する方向ははっきりファシズムと言ってよいだろう。彼らの意見も自分の中に取り入れて、つまりちゃんと議論して、反論すればいいわけで、そうやって議論を沸騰させることがいつの時代にも必要である。それをしないで一方的にその存在自体を否定するのは一つの暴力でさえあるだろう。特にこの知事の場合、意見の一つ一つが一般に多大な影響を与えうる。その影響力を最大限利用しているところはメディアを通じた、圧倒的な暴力と断定してもいい。「表現の仕方」に問題があるのは、はっきり知事のほうである。

知事になりたてのころ、ほんのちょっとしたくだらないことに因縁をつけてNHK批判をしていたが、これも非常に不愉快だった。しかしこういった不愉快な長をいただかないと、これからの自治体あるいは国体も持たないのだろうか。今の時代はもうそんな時代に突入しているのかもしれない。
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