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詩的実践それは
「詩的実践それは言葉の固有の法則に対する、言語そのものによる武装蜂起だ」

ボードレールが言ったらしい。松井茂さんがあるレクチャーで引用したとのこと。

今の若い詩人を読んでいると、ほんとそんな感じ。
言葉そのものをやっつけることによって言葉の新たな可能性を引き出すというか、そうやって詩を実践するわけで。

今のこの詩の潮流の源が少しわかってきた。小笠原鳥類とその兄貴分の外山功雄らしい。読みたいけど、こんなことばかりやっているとどんどん短歌から遠ざかっていくので、ぐっと我慢して来年にします。

それで『風通し』を読んだ。とりあえずは最初の4人のみ。
この中では斉藤斎藤がやはり抜きん出ていた。
他の人は、定型にがんじがらめになっていて、もっとどんどん短歌韻律を転がせばいいのに、といらいらしてくる。口語を選んだのだから、今までのようにちんたらと定型に忠実に書いていても今の短歌を表現できないのでは、もっと短歌形式を攻めていけばいいのに、と思ってしまう。守ってどうするんだと。
斉藤斎藤は軽く転がしている、いい感じで。こののりが今の短歌的実践の典型的な一方向なんだろうな、と思う。僕はまた違う方向だけど。もっと重いし硬いと思う。でも軽くやろうという気にはあまりならないのです。
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