だらだらと年越し
別に見たくもない紅白を見て、といってもこれを見ないと年を越せない平均的日本人であることをやはり痛感しつつも、今年も年を越せました。一応喪中なんで挨拶は抜きですが。

トップバッター、浜崎あゆみの歌の歌詞で

始まりなのかって、終焉なのかって

というのがあって、あれ、これ既視感ありすぎ、と思ってたら思い出した。

氷片はシンクのうちに音を立てはじまりあるいは終わりを告げる     緒川凛

日経新聞で加藤治郎さんが「新彗星2号」から抜いていた歌。これいいよね。台所から静かにすっと今の世界状況に抜ける感覚。浜崎のつまんない歌よりはるかにいい。一主婦として静かに世界を感じている。
2008年はほんとこんな感じの年で、何かが終わって何かが始まった年なんでしょうね。

でもこれも少し既視感あるなぁと思ってたらまた思い出した。

フライパンたたいてよせる卵かな新しい宗教のはじめに/おわりに    加藤治郎

たしかこれはオーム真理教関連の歌だと思うのですが、時代って変わっているようで全然変わってないのでしょうか。

ポニョがよかった。一緒に手をたたいて歌ってました。

そのあと風呂に入って、Perfumeから。水谷豊があまりに緊張しすぎで見てられなかった。ひとり素人のおっさんが交じってるって感じ。
アンジェら・アキはあまりに陳腐すぎて、ひどい。一番見たくない歌手。

森山直太郎の「生きてることが辛いなら」。

生きてることが辛いなら いっそ小さく死ねばいい
恋人と親は悲しむが 三日と経てば元通り

で、ちょっとあれ、って思った。三日ぐらいで元通りになるなんて考えは浅はか過ぎ。一生引きずる可能性があるわけで。「小さく」はすごくいいと思ったけど。

で、

生きてることが辛いなら、嫌になるまで生きるがいい
生きてることが辛いなら、くたばる喜びとっておけ

で終わってほっとした。「くたばる喜びとっておけ」はなかなか。結局人生何とか前向きに生きていこうよ、という苦し紛れの人生応援歌になってて、こういうのしか応援歌になりえない今の時代を見事反映していそうな気がして、結局暗くなった。

途中、審査員の松本幸四郎が感想を求められて

「人の悪口を言ったり中傷することは簡単なことだけど、人を感動させるのは難しい。その難しいことを担っている我々はそれを誇りに思う。」

なんてこと言ってました。ほー、と思った。紅白らしくないこと言うなぁ、この人。よっぽど中傷されているのだろうか、とも思ったけど、仰るとおりです。

小林幸子はスルーして、森進一の「おふくろさん」。

この曲がこの紅白の最大の目玉だったらしい。それぐらいヒット曲がなかったのだろう。川口康範の歌詞は歌謡曲の歌詞として完璧だといつも思ってた。それに森進一がつまんない俗っぽいナレーションを付けたもんだから、川口さん怒っちゃったわけで。俺の歌詞、何にもわからずに歌ってのかって、あきれてしまったのだろう。それでもう二度と歌うな、って怒ってしまった。で、亡くなったんで、この日解禁、というわけだけど、見てて辛かった。そんな必死こいて歌う歌じゃなくて、もっとシンプルに歌うものじゃないのでしょうか。最後のあの表情は過剰以外の何物でもない。やっぱりこの人わかってない、と天国から呆れて見ていることでしょうね。もう怒ってないでしょうけど。

で、この「おふくろさん」を聴いていて不思議なことに、去年亡くなった僕自身のおふくろのことと全くリンクしてこなかったわけで、つまり何の感慨も無かったわけで、それぐらい僕のおふくろは世間一般のおふくろと乖離しているのだろうか、とあらためて考えさせられた。でもそのことが不思議とうれしかったのだ、結局。唯一無二のおふくろで。だからこの曲が僕にとっても一番の目玉だったのです。

毎年のことながら、紅白のやかましいフィナーレのあと、何もはさまずに唐突に「ゆく年くる年」の静かな場面に変わるのには驚かされます。気持ちがシーン、と静まります。これは狙っているのでしょう、おそらく。このとき初めて、ああ、年が変わるんだ、と思うのです、毎年。

ということで、今年もよろしくお願いします。
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