地球の定員
前のブログで、環境分野などで地球の未来は明るいぞー、というようなことを書いたら、ある人から、人口問題だけはどうしても希望が見出せない、そこでこういった問題は考えることをやめてしまうのです、という内容のコメントがあった。

そうなのだ。僕も以前この人口問題が何とかならないか、とさんざん考えて、だめだこりゃあ、とあきらめてしまい、それ以来、この問題は避けて通ってきたわけで、痛いところをつかれてしまったのだ。今回もその問題は無意識に避けていたわけで、それであらためて考えることにした。

十何年まえだったか、ある物理学者が地球の定員は、食糧や資源や人一人当たりが必要とする面積などを考えると、せいぜいが100億だろう、と言っていた。このとき、うーん、100億かぁ、まぁそんなもんだろうなぁ、でもきついなぁ、というかなり悲観的な気持ちを持った。そのときはすぐにでも100億ぐらい越えそうな気がしていたからだ。

そして2009年元旦の日経新聞。日経はこの元旦から「世界この先(サバイバビリティ)」という連載をやっていて、これがなかなか読み応えがある。第一回のコメントは物理学者の松本紘。この人は宇宙プラズマ物理学が専門で、地球外太陽発電からマイクロ波で電力を地球に運ぶことを本気で研究している人で、現在、京大の総長である。

地球だけの閉じた経済圏では安定的な成長が難しくなると指摘してきた。人類には地球温暖化、環境、食料、資源といった問題が待ち構える。たとえば食料は足りるのか。世界の人々が米国並みに食べると、28億の人口しか養えない。食べる量をもっと減らせば、100億ぐらいまでは減らせる。普通で100億人、どんなにがんばっても200億人が限度だ。


この学者は地球外からエネルギーや資源や食料を調達することを考えている人で、ニュアンスは違うがやっぱり100億なのである。そして40年先には世界の人口は100億に近づくと予測していて、研究者はいろいろな知恵を出さなければならない、と言っている。

現在67億人(参照)。地球の人口はこのまま増え続けるのだろうか。僕はそうは思わない。もちろん僕だけでなく客観的な統計でも近いうちに頭打ちするだろう、というのはあったように思う。ヨーロッパでは早いうちから人口が頭打ちで今ははっきりと減り続けていて、今では移民に頼らざるを得ない状況だ。日本も近いうちに頭打ちになり、その後減り続けるだろう。要するに人間という動物は他の動物と違って、食料が足りるからといってどこまでも増え続けるものではなく、ある程度文明化されると、子供を生んで育てるより他のことに興味を持つ人がかなり多数現れるのだろう。そういう文明の下では人口は同じようには増え続けない。アフリカ、インド、中国などの人口急増地域も、もうある程度文明化されてきているが、これからも急速に文明化されるだろう。それがいいか悪いかは別にして、世界全体が人口の頭打ちになる時期は学者が思っているより早いのでは、とぼくは今年に入って急に楽観視することにした。せっかく頭をもたげてきた「希望」をまた踏みつけられたくはないからだが、でもそうではないでしょうか。実際にあるデータを示してみる。

人口統計学を研究するジョエル・コーエンは、世界人口の年平均増加率が、1965年から1970年にかけて2.1%のピークに達した後、現在の1.1%まで大幅に低下したという結果を出している。つまり微分係数は減る方向に変わったのである。これはそのまま微分係数が減り続け、零になり、マイナスになるだろう。つまり人口は減る方向に変わるということだ。100億に達する前に微分係数が零になることを祈るしかないが。

そしてそれからも徐々に減り続け、終いには何千年後あるいは何万年後には絶滅するのだろうけど、それは阿鼻叫喚のあとの絶滅ではなく、静かな絶滅である。そんな世界に住んでみたいものだ。欲望だけがぎらぎらする住みにくい世の中よりよっぽどましで、落ち着けるだろうし。俺たちはいずれ静かに滅ぶんだなぁ、と思いながら生きるのもまた悪くない。

実際には人口よりも金銀銅などの金属資源の枯渇がどうも深刻のようだ。今の採掘技術のままだと40年後には枯渇するとのこと。新たな採掘技術の開発か、地球外に資源を採掘しに行くか、どちらかなのだろう。
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