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セキュリティ社会
またまた現代詩手帖4月号だが、対談で、佐藤雄一氏の

「法律よりセキュリティが優先される状況」が急激に可視化されていますね。


という発言が気になっていた。そしてそれに対して河津聖恵さんがブログで「排除の構造」だと指摘されたことにも、う~ん、確かに、とうならされていた。本当にそうで、昔に比べて、一般の家の防犯にしろ国防にしろ、セキュリティにものすごく皆が過敏になってきている。セキュリティが法律を決める方向にある、と言っても過言ではない。それは確かに「排除の構造」なのだ。危ないもの嫌なものを極力排除して安全で楽しい空間を維持しようという、排除。それにだれも気がついていないような薄気味悪い世の中に我々は住んでいるのだろうか。

タレントの草なぎ剛さんが、公然猥褻罪とかいう罪で逮捕され、やっと釈放された。最初麻薬なのか、と緊張したが、何のことはない。泥酔して真夜中にだれもいない公園で素っ裸になって、叫び続けた、というだけである。一般人なら単なる笑い話で終わる。それがCMや番組やらテレビ局は彼をいっせいに降ろし始めた。これもセキュリティだろう。これも排除の構造である。そしてまさしくセキュリティが人々の行動規範を決めてしまっている。

確かにセキュリティは大事だし、排除しなければならないものは排除していくしか、この社会を維持できない。だが、あまりにこういうことに過敏になっていると、きちきちで息苦しい世界になっていくだけだ。息苦しさから、またぞろ真夜中に全裸になる人が出現するに違いない。
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