スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--/--/--(--) --:--:--| スポンサー広告| トラックバック(-) コメント(-)
らぶりぃだが、みにくい
今「イケテル言葉」っていうのは、きっと従来の詩や短歌の「詩語」から如何に外れるか、にかかっているのかもしれない。だから短歌では「修辞の武装解除」なるものが起こったのか、どうなのかは知らないが。

とりあえず、渡辺玄英はイケテル。詩集『火曜日になったら戦争に行く』を読んでて、「イケテル言葉」に出会えてホッとした。最近短歌ばかり読んでいて、気分が晴れなかったのが、玄英のはずれっぷりには大いに元気づけられた。ただこの詩人は、外れっぷりは非常に愉快なのだけど、結局最後、予定調和的なものに帰ってくる。そこに少しがっかりさせられる。その点、安川奈緒のほうが納得できる。ただはずれっぷりの愉快さは玄英が図抜けている。わかりやすいし。

だがこういった詩は

らぶりぃだが、みにくい


のだろう、おそらく。しかしそれは、この世界も

らぶりぃだが、みにくい


からだろうし、そういった世界を正直に詩で表現すればそれは必ず

らぶりぃだが、みにくい


ことになるわけで。玄英はだれよりも世界に正直な詩人なのだ。
スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。