人類の戦争の起源
今日の日経夕刊に霊長類学者の山極寿一氏の文章が載っていて、大変興味深かった。何故人間は戦争を起こすのか、についてである。

チンパンジーの群れと群れとの衝突が、これまでに目撃されている。この衝突が人類の戦争と根本的に異なるのは、個々のチンパンジーは自己の利益のために戦っていること。これに対して人類の場合は、自分たちで作り出したユニークな社会性を背景にして、共同体の利益のために戦争をするのです。


ほかの動物にはないそのユニークな社会性とは

(最初)食料を確保するために、小集団で狩猟採集をする。その一方で、夜間、寝ているときに襲ってくる捕食者から身を守ったり、共同で育児をしたりするために、大きな集団を作る。そうなると個々のメンバーは分担して集団に奉仕する必要が出てきます。様々な集団への帰属意識、それに集団への奉仕や共感といったものが社会性を作り出すのです。


そして山極氏は人類が起こす大量殺戮の原因に「言葉の出現」「土地の所有」「死者の利用」の三つを上げる。
つまり言葉の出現により、バーチャルな共同体、国家や民族といった目には見えにくいものを人々の心に植えつけることに成功する。
農耕が始まり、土地の所有が発生し、境界が生まれ、土地を管理するものが大きな権限を持ち、土地や境界をめぐる争いが起こり、集団間の戦争に発展する素地が作られる、と。

そして「死者の利用」に関しては以下のように山極氏は言う。ここからが面白い。

人類は、すでにこの世から去った死者の利用も考えつく。人の一生は短い。生涯にわたって権利を主張できる土地の広さは知れたもの。先祖代々の土地であることを宣言することによって、広い土地の所有権を子孫に継承していく。その象徴として墓を建て、先祖を崇拝するのです。(そして)親族が膨張した結果できあがる究極の形が民族です。民族には始祖神話があり、語り継がれる。そういったものが核となり、民族の理念が確立され、敵対する民族が出現すれば多くのメンバーが戦いにかり出されるのです。


そして戦争の起源については、フロイトなど、過去の多くの学者が言った、「人間の心には破壊し殺害しようとする攻撃的本能が潜む」せいだという攻撃本能起源説を山極氏は謝りだと断じる。

(それは)ある意味で戦勝国を擁護する学説です。戦争の原因は、人間の攻撃本能にあるのではなく、先に述べたように共同体の中で作り上げてきた人間固有の社会性に潜んでいるのです。


しかし人間の攻撃本能が大量殺戮をさらに加速させているのは間違いないとは思うのだが。でもそれが直接の原因ではないと言うのはわかる。

そして戦争を防ぐには

国と国、民族と民族、集団と集団の利害対立が生まれたとき、国や民族、集団への帰属意識や奉仕、共感といったものが戦争を引き起こす。そのことを、多くの人が冷静に自覚することが大切だと思います。だから紛争が生まれたら、双方の面目を保つ道を根気よく探り出すことも欠かせません。



集団間の境界を越えた帰属意識を、多くの人が持つことも重要になるとし、

スポーツの世界や非政府組織(NGO)活動の現場レベルでも国境を越えた人と人との交流として活発に展開しています。人間が日常的に、国や民族のボーダーを越えて出入りしていれば、外国や他民族への許容性は自然と増すはずです。



やっぱりそうだ。フィリピンのゴミ山の子供たちのためのフリースクールに手伝いに行っている歌人の野樹かずみさんたちの活動を揶揄はしないでほしい、とあらためて強く思った。こういった人たちは世界中の様々な国や民族にそれぞれたくさんいて、この人たちこそがお互いの国や民族を切り結んでいるのである。彼らがいてはじめて、世界は真にインターナショナルになれるのだ。国や民族への帰属意識も大切だが、それが戦争の直接の原因になっている、ということ、何も人間本来の暴力性が直接の原因ではない、ということを我々は強く自覚しなければならないだろう。
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