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標準のゲノム
今日のNHK教育で、遺伝子のゲノムの話をやっていて、今はその人一人のゲノムを全部解明できるそうだ。それもたった5日で。

病気を治す、という観点で考えると非常に明るい話なのだけど、僕個人にとってはなんだか気味悪い話なのだ。そこまでわかってどうするのか。あるいはそこまで病気を治してこれから人類はどうなるのか、人口問題など考えると、やっぱり薄気味悪い。

それで、「標準のゲノム、というのがあるのですか」という質問になって、今は、まだわからなくて、様々な遺伝子情報を集積しつつある段階で、ある程度集まった時点で、統計学的につめれば標準のゲノムが決まるでしょう、という返答だった。

標準のゲノム、なんだかこれも気味の悪い話のような気がする。ではその標準のゲノムなるものを突き詰めれたとして、その標準のゲノムの人物は実際にいるのかいないのか。もしいたとしたら、それはそれで気味悪いな、と思ってしまう。

人というのは、その標準からだれもが微妙に外れてしまうものなのだと思うし。外れるから、人、なのでは、と思ってしまうのだ。

もし、標準のゲノムなるものがわかって、その標準のゲノムの持ち主が実際には誰もいない、とわかれば、つまり誰もがその標準からずれるのだとわかれば、また人間に対する見方が変わるのでは、と思ってしまう。

標準から外れっぱなしのものとしては、そんなふうに思ってしまう。というより、そう思いたいのだろう。
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