sora歌会
昨日のsora歌会、二人の主要メンバーが欠席にもかかわらず、11名と盛況だった。

このaora歌会というのは、超結社、超ジャンルの歌会、という触れ込みで、実際、歌人以外にも、俳句、短歌、詩を器用にこなす才人が数多く来られる、本来非常に刺激に溢れた歌会なのだ。

しかし僕の場合、結社にいる以上、どうしても重心は結社にあるわけで、sora歌会をその次の会、として軽くとらえていたところがある。

が、この6月で、気持ちが結社から少し離れてしまい、あらためて昨日のsora歌会のことを思い返してみると、一つの短歌作品を短歌の文脈だけで読もうとはしない。さまざまな文脈で読んでいこうとする。これはなかなか得難いかもしれない、ということにあらためて気がついた。灯台下暗し、とはこのことか。

もちろんそのためには、まず短歌の文脈で読み解く、ということが大前提なわけで、だから専門歌人はやはり重要である。そういう人も何人かはおられて大変助かる。というか僕自身も結社に6年もいたらいい加減、専門歌人になれよ、と言われても仕方がないが、残念ながら遠い話だ。

そういった短歌の文脈でまず押さえて、それから様々な文脈で読み解いていく、というのが理想的な展開なのだろうけど、僕の司会がだらだらとしているせいか、なんとなくみんなで一首を好き放題つついてつついて終わっていく、ということに終始していたような気がする。昨日は最後締める人がいなかったので特にそうだったのかもしれないけど。

だからまず結社で短歌をちゃんと勉強する、というのは重要なんです。でないと何も始まらないわけで。わかってるんだけど、なかなかそっちのほうにもう目がいかなくなってしまい、最近、ため息ばかりついてしまうのです。
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