山下泉歌集『光の引用』批評会
11月3日文化の日に、山下泉さんの第一歌集『光の引用』の批評会を我々soraで行った。
場所は大阪梅田の大阪市立生涯学習センター、出席者22名の、歌集批評会としてはこじんまりした方だろう。山下さんからの希望で、出席者みんなが意見を言い合える批評会にしたいということから、あえて少人数にした。
司会は川田一路さん、ナビゲーター(あえてパネラーとは言わないらしい)に魚村晋太郎さんと彦坂美喜子さん。
山下泉さんは『塔』短歌会所属。学生時代から高安国世の薫陶を受けたとのこと。

以下、批評会の報告というよりは、メモもしていないので、批評会を通じて得たこの歌集に対する僕の所感や他誌の書評の紹介といったところを書いていきたい。

総じて質の高い歌が並んでいる。これはナビゲーターはじめ出席者全員が感じた。とにかく修辞の質がすこぶる高度なのだ。

病廊は病巣のごとく野にうねる 羽曳野という古き解剖台
身体の冥府とおもう脳髄を掲げて歩む百合の影まで
待つことが忘れることに変わるまで鍵掛けておく眩しい滝に


このような手ごわい修辞が歌集中で唸りをあげている。だから全部読むのにかなりのエネルギーが要るかもしれない。そんな意見もちらほら出たが、総じて出席者ほぼ全員がいい歌集だとのこと。かけるエネルギーに見合ったものが十分にある。今年出版された歌集ではベストだと断言された方もいたぐらいだ。魚村さんも絶賛である。逆にあまりケチをつける人がいなかったのがもう一つ批評会としては盛り上がりに欠けたかな、という印象を持ったが、ケチをつけても魚村さんが防波堤のように守った。またこちらもそれを崩すほどのケチをつけようという気にはなれないのだ。それぐらい全体の質が高い。

出席者全員と他全部で30人ほどが事前に5首選を行っていて、その集計結果が当日配られたが、とにかくばらばらである。全部で300~400首があるだろうが、選ばれたのは100首近くにものぼり、歌集全体の質が高いのがここからも覗える。これも出席者ほぼ全員が言ったことだが、読むたびにその5首が変わるのである。僕もそうだ。読むたびに発見がある。
5点が最高点で次の2首である。

雨の日の小窓ひらけばまず聞こゆ水が車輪に轢かれゆく音
こわれかけの心のような橋は懸かりなんとなく足はわたってしまう


僕はこの2首ともスルーだったが、当日読むとこれがいいのだ。1首目はこの歌集の中では下句の修辞が素直な方だが、〈水を轢く〉という表現ははじめてだった。しかも受身である。普通は〈車輪が水を轢いてゆく音〉と能動的になるはずだ。水を受身にすることによって、透明な抒情が立ち上がり、透明な中にも時代の持つ不安感を透明なまま掬い取っていないだろうか。2首目、下句の〈足がわたってしまう〉で自分ではなく勝手に足がわたろうとする、この制御不能の不安感、これが〈こわれかけの心のような橋は懸かり〉という絶妙の直喩で淡く表現されている。ちょっと前の時代感覚だろうか。今はもっと切羽詰っていると思うが。その時代時代の感覚を軽くスッと短歌に言いとめている。これは他の多くの作品にも発見できる。

各誌の書評だが、『塔』10月号の水沢遙子氏の文章が一番壷を押さえているような気がした。

『光の引用』は静寂に満ちている歌集である。自らの内面に向かって呟くように、ささやくように、言葉がさし出されている。その言葉たちは、ひそやかにみじろいで、おのずから円環をとじるようにさだまり、ふたたび静謐を保っている。このように世界は静かに堅く結ばれており、いいかげんな読み手を峻拒する気配さえある。


確かにそうだ。たとえば

おみな子が歌をさらえばのぼりきれぬ旋律はありああ草匂う
海に向くテーブルを恋う姉妹いて一人はリュート一人は木霊
みつめあいし目を冷やすため出ずる夕べ光は黴のごとく殖えいて


のようにうっとりと言葉の中に浸っていたくなる。
そして他にも、主に西欧の音楽や絵画、文学などのそれも質の高い確かな教養が歌集じゅうに散りばめられているが、決してその中に籠るだけの文学少女に終ってはいない。それらと向き合うことによって培われ、研ぎ澄まされた感性は、この現代をやはり的確に撃つ。

風が風の尾を噛む夜更けやり過ごす鬼の貌なる複合体よ
ましぐらに雑木を抜ける黒白
(こくびゃく)のつがいの鳥の横貌けわし

1首目、〈風が風の尾を噛む〉ほど次々に何かがやってくるこの時代を〈鬼の貌なる複合体〉がやり過ごす、わけである。複合体になる前は鬼の貌ではなかったのかもしれない。複合体になって初めて鬼の貌が見えてきたのだ。複合体が何かを読み手に想像させるところがこの歌の最大の魅力だろう。
2首目、〈黒白(こくびゃく)〉とはモノクロのことではなく、シロクロはっきりした、険しいというニュアンスがある。世の中に遅れまいと猛スピードで駆け抜けていく、つがいの鳥の貌の険しさ、それらはこの現代を必死で生き抜いている我々に見事に同期してくる。

とにかくこの歌集は一筋縄ではいかない。読めば読むほど読み手に返ってくるものがある、読み応えのある歌集だ。
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コメント
この記事へのコメント
はじめまして
細見様

 はじめまして。
 このたびは拙サイトにお越しくださり、『光の引用』批評会の記事をご案内くださいまして有難うございました。

 御文から、批評会の様子が目に浮かぶようです。私自身、日記に綴ってから『光の引用』を入手しまして時々開いています。開くたびにそのページの歌に魅了される感じです。魅力的な歌集とはこういうものなのかの印象をさらにさらに深く致しているところです。

 細見様、本当に、ご案内有難うございました。
2005/11/08(火) 17:17:08 | URL | 河村壽仁 #83cPuk4I[ 編集]
河村壽仁様、丁寧なコメントありがとうございます。
ぼくは自分のブログへTBやリンクを張るのが趣味でして、突然お邪魔しました。
本当にいい歌集で、なんだか宣伝もしたくなるわけですが。
2005/11/08(火) 23:00:49 | URL | hosomi #4DppGirI[ 編集]
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