とにかくトップを変えないことには納得しない国民
1854年(嘉永7年、安政元年)は日本にとって大変な年だったらしい。

前年(1853年)の黒舟来航に続き、1854年2月にペリーが今度は横浜沖に大群で再来して条約締結を迫り、3月に日米和親条約を調印。4月に京都大火により内裏が炎上。そして6月に伊賀上野地震(M7.1)。11月4日に東海沖、東南海沖が連動した巨大地震(M8.4)。その32時間後の11月5日に南海地震(M8.4)。まだ終わらなくて二日後の11月7日に豊予海峡で地震(M7.4)。これは考えようによったら今までの日本史上最悪の年かもしれない。

それでこういう時は誰も神様仏様にすがるしかない。何かを変えるしかない。天皇を変えるわけにはいかないし、将軍は代わったばかりだし、結局、元号を変えるしかなかったのか。それで11月27日、元号を嘉永から安政に変えたのだろうと思う。

今の日本の政治を見ていると、なんとなく同じような気がする。あまりの惨事にどうすればよいのか政府も国民もわからないのだ。とにかく何かを変えるしかない。何を変えるのか、そりゃあ、トップをつまり首相を変えるしかないのである。他に変えるものがないし。そうしないとおさまらないのだ、日本人というのは、江戸時代以来。いやきっと太古の昔から。どんなに文明が進歩しても同じことを繰り返しているのである。

阪神大震災の時も、村山首相がまるで地震を起こしたかのような言われ方だった。たしかに初動は遅かっただろう。頼りないように見えただろう。しかしもちろんその時の首相に何の責任もない。しかし国民は納得しないのだ。首相が村山だったから地震が起こったのだ。そう思わないことには納得しない何かが、古来より日本人の血の中に流れているのかもしれない。

今度の復興相の辞任も結局、管首相が選んだから国民は気に入らなかったのでは、とそこまで思ってしまう。たしかに言い方は乱暴だった。あれはいけないと僕も思う。しかし熱意は感じた。

たしかに管首相は当初、目が泳いでいた。頼りなさそうだった。この人で大丈夫なのか、と僕自身も思った。しかしこんな惨事が起こって目が泳がない鋼鉄のような人がこの世にいるだろうか。結局この時だれが首相でも同じような非難を浴びたに違いない。

今に、管首相だったから地震が起こったのだ、とバカが言いかねなくなるかもしれない。そんな時にも、私は辞めない、と言い続けることができるなら、管首相は鋼鉄の人だと思う。偉いと思う。拍手を送りたい。

日本人は古来より自立心がなく、何でもお上のせいにして、自分は悪くない、とずっと思い込んできた。とにかくお上が悪いのだ。原発を黙認していた我々はなんにも悪くないのである。絶対に悪くないのだ。そんな無責任な国民の上に立つには、真に鋼鉄の心臓が要求されるだろう。いったいそんな人いるのか。

日本の政治がおかしいのは全部我々国民の無責任さに起因している。政治家とはその国民を映す鏡なのだから。いい加減早く気付けよ、バカども!
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