竹島は日本帝国主義の残滓か
今年に入って、短歌の会へはずいぶんと行ったが、原発の話とか領土問題の話とかすると、ものすごく嫌われるので、出来る限り話さないようにしていた。もちろん、人によって考え方は様々なので要らぬ議論をしたくないというのもあるのだろうけど、およそ歌人というのは社会問題に関心が無い。おそろしいほど関心が無い。これはびっくりするほどだ。私性がどうとか、そんな話ばかりで、およそ歌人は自分のことしか関心が無いらしい。なぜなら短歌とは自分のことばかりを書くからだ。そういう詩型なのだから仕方がない。ぼく自身が短歌に向いていないだけなのだ。しかし欲求不満がたまる。これだけ日本を取り巻く環境が激変している中で、じっと何も言わずに自分のことばかり考えているのには耐えられない。

そんなところへ大橋愛由等さんから月刊『Melange』75号が届いた。というよりネット版のリンクが大橋さんからのメールに貼り付けてあった。最近はなんでもネットで便利な時代だ。
月刊『Melange』75号

その14ページに寺岡良信さんのエッセー「不毛なナショナリズムの応酬を避けるために」が載っていて、一気に読んだ。ぼくが思っていたことがそのままより詳しく書いてあったのだ。寺岡さんは詩人だが、高校で歴史を教えておられて、それも日本の近現代史というから領土問題に関してはプロ中のプロである。そのプロが言うのだから間違いない。

僕はほとんどの人にまだ言ってないが、竹島は日本帝国主義の残滓だろうと勘で思っていた。近現代史の詳しいことは全然知らないのであくまで勘だけど、ほとんど確信していた。

1905年竹島を日本の領土としたとき、日本はおそらく朝鮮半島を制圧していただろうと思っていたのだ。だから竹島は日本の領土です、と朝鮮側に言っても朝鮮サイドは反対をしようにもできなかったに違いない。

寺岡さんのエッセーには

明治政府が竹島の領有を閣議決定した1905年1月は、日露戦争のさなかであり、日本軍はすでに朝鮮半島を制圧していた。(中略)そしてこの帝国主義政策は、1910年8月29日の韓国併合につながってゆく。


とある。正確な歴史認識とはこういうことだ。1905年当時、日本は強かったから竹島を朝鮮半島ごと占有したにすぎない。これをして竹島は最初から日本の領土だったとは絶対に言えない。もちろん寺岡さんも書かれている通り、竹島が朝鮮側の領土だったとも言えない。竹島はもともと引き分けなのだ。

結局、竹島(トクト)は日本帝国主義の残滓に過ぎない。このことを寺岡さんのエッセーで確信できた。一気に溜飲が下がった思いだ。ありがとう、寺岡さん。今度お会いしたら、ぜひ任那日本府についてお聞きしたいのですが、いかんせん、朝鮮の古代史を全く勉強していないので、勉強してからにしますね。
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