早明浦ダム
長年付き合いのある仕事関係の人で高知出身の人がいるんだけど、いやー、ものすごく降りましたねー、と今日その人と雨の話をしてて、高知の人なんで、早明浦ダムも渇水って言ってたのにこの雨で満水になって逆に放流してますよ、なんてこと話してたら、ぼくはそこの出身でね、ということになり、ホエー、とびっくりしてしまい、いろいろと早明浦ダムの話を聞いた。

その人は早明浦ダムのすぐ近くの本山町の出身で、なんとお母さんの実家がその早明浦ダムに水没したということだ。エー!これにはかなりびっくりした。

県道があって、トンネルがあってそれを早明浦トンネルというたんやけど、それもみんな水の下でね、と苦笑い。子供の時の大切な思い出が水の下というのもたしかにせつない。

ダム建設時は相当反対運動があったらしく、大変だったとのこと。何しろ水は香川と徳島。水力発電で得られた電気は愛媛で、高知は何にもなし、場所貸すだけで、そりゃあ反対するわ。

それで完成後すぐに、豪雨にあい、ダムが溢れそうになったので、吉野川に大放流したら、徳島で大洪水になった、という大変なこともあって、何とかそれを乗り切って今があるんだとか。先人は苦労してるんだ、やっぱり。

帰ってからWikiで調べたら、水利用は、徳島県:48%、香川県:29%、愛媛県:19%、高知県:4%。ほとんどその人が言った通り。
水力発電は最終的に愛媛県西条市の伊予変電所に送電されている。これも言った通り。
しかし治水の威力も相当らしく、Wikiでは具体的には分からなかったが、その人が言うには、水害ははっきりと減ったらしい。

Wikiに「吉野川水系における水資源施設の中核をなす四国地方最大のダムである。吉野川の治水と四国地方全域の利水を目的に建設され、このダムの水運用は四国地方の経済・市民生活に極めて多大な影響を及ぼす。このため「四国のいのち」とも呼ばれ、四国地方の心臓的な役割を果たす。」

とあるように、四国の人にとっては今やなくてはならない存在。よくそれまでダムなしで生活してこれたんだな、と思うぐらい。

毎年必ず一回は本山町に帰省されるとのこと。ぼくも一度行きたくなってきた。早明浦ダムと本山町に。少しは縁のある土地として。
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