パトリオットと靖国
どの宗教にだれがお参りしようが信教の自由だけど、日本の起こした侵略戦争を正しいものとして、中国や米国のせいでやらざるを得なかったと正当化し、アジアの人々を虐殺し苦しめた事になんら反省しない主張と展示をしている宗教法人に日本の首相がお参りするのはやはりいかがなものなのか。

昔はどの国もいっぱい戦争して無茶苦茶やったのです。それはそれで仕方のないことで今さらとやかく言っても詮ないことなんだけど、それを全く反省せずに、反省するどころか、あの戦争は正しかったんだと堂々と主張するんだから、あきれてしまうわけで。ドイツはどれだけあの大戦のことを反省したか。反省することから始めないと国が成り立たないことを無意識にでも認識しているからだろう。

我々は昔、戦争加害者だったのだ、という事実を受け入れることができず、それを受け入れようものなら、自虐史観だと言い放つ、そんな度量のせまい人たちが今この日本社会に自分の思想を押し付け、跋扈している現状のその象徴こそが、その思想を牽引しているのが靖国なのだし。「国のために戦い、尊い命を犠牲にされた御英霊に対して、哀悼の誠を捧げるとともに、尊崇の念を表し、御霊安らかなれとご冥福をお祈りしました」だけでは済まないものがこの靖国にはあるのだ、という認識が一国の首相にはない国に今我々はなんとか息をしているという事実に、ただ深く絶望の溜息をつくしかない。

自分たちは昔戦争加害者だったのだ、という事実を受け入れることで初めてこの日本という国は成り立っていくと言うのに。そう思うことこそが真の愛国者、つまり今はやりの言葉でいえば、パトリオットのはずだ。
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