河野談話の検証について
強制があった証拠がないじゃないか、というのが今の日本人のサイレントマジョリティなのだと思い知らされた。証拠がないから強制がないことになるわけがないのに、証拠がないのにあれこれ言わないでほしい、というわけ。どうしても強制があったと思いたくない国民感情が透けて見える。どうせ過去のことなのだし、戦争だから仕方ないのであって、強制があったことが別に恥なのではなく、それを今認めないことのほうがものすごく恥なのに。

当事者サイドから強制があったと告発されている以上、それに対して真摯に対応するためには、あれだけの多数の証言をまずすべて検証することだと思う。そしてことごとくそれを全部否定しないと強制がなかったことにならないだろうと僕は思うのだが。それには相当な労力と時間が必要なのに誰かがそれをやったとは聞いたことがない。それをやったのならそれをぜひ見せてほしい。

河野談話に引用されたたった一つの証言の裏付けが取れてないだけで、強制を否定したいのが今の日本人の大多数なのだろうか。

ぼくは愛国者だと自分では思っている。そして従軍慰安婦問題に正面から向き合うことからしか、日本人としての矜持はとてもじゃないが保てない。これが今の僕の本音だ。そこからしか日本人が日本人として出発できないのだということ。僕はそれを日々思い知らされている。

もし強制がなかったのなら、彼女たちは何をやるのかわかって従軍したことになり、それはいくら貧乏が原因でも単なる薄汚い売春婦と同じことになってしまい、それは彼女たちに対する最大の侮辱なのだということは言うまい。それこそ俗な感情論だろうから。

まず、証言を総べて検証しましょう、とこれだけは言いたいです。それをしないことには実際はどちらとも言えないのですが。しかしあれだけの証言がある以上、真摯に対応するしかないわけで、河野談話の元ネタのみを証拠がないと突っぱねることは、とてもじゃないがフェアじゃないですね。あれだけ告発されていて逃げないでほしい、ということです。
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2014/07/22(火) 14:18:52 | | #[ 編集]
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2014/07/22(火) 16:16:54 | | #[ 編集]
Re: タイトルなし
ああ、祥さんでしたか、お久しぶりです。
本当にもう、歴史修正主義というのは一種の頑なな神秘主義のようなもので、自分が信じる世界の真理があって、それ以外は受け付けない、という。まあ、宗教と一緒ですね。
百田尚樹氏の強制連行否定の記事で思いました。もうこれは宗教です。だから何を言っても無駄なのでしょう。

>だいたい、寧ろ従軍慰安婦だけでなく、一つの民族を別の民族が、
>権力という名の暴力で犯していた
>ということを、今も少しも反省していない。
>優秀な民族はそんなことするはずがない、くらいに言っている。

全く僕と同じ意見です。何かほっとしました。日韓併合自体が大変な凌辱なんだし。
2014/07/28(月) 23:03:31 | URL | 細見晴一 #-[ 編集]
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