さよなら、日本の平和主義
さよなら、日本の平和主義 ― 長坂道子「ときどき日記」

西洋から輸入された議会制民主主義が結局はこの日本には合ってなかったのだろう。システムだけを輸入しても、そのシステムを試行錯誤して成立させる過程までは輸入できないのだから。試行錯誤してないから、行き詰まった時に修正する能力が無い。そしてあのわけのわからない、子供じみた強行採決となる。

日本は世界第三位の経済大国だ。その大国がその悲惨な歴史があるからといって、西洋のように海外派兵をしないというのは不公平だろう、という考え方は正しい。世界中にお世話になっているのだから、世界中から搾取してこの日本の豊かさがあるのだから、貧困ゆえに起こる世界の紛争を見ないふりはできない。それが人道主義というものだろう。

ファシズムの再来だ、などと短絡的なことを言うのは中国ぐらいのもので、今度の安保法制を歓迎する国は多いはずだ。やっと日本も何が対等かを理解したのかと。戦後70年も経てばもういいだろう、というのが世界から見れば一般的な考え方だと思う。だって、西洋などは自分の国はイスラム国などへ派兵しているのだから。日本みたいな豊かな国がなぜ派兵しないんだ、こっちも派兵したくてしてるんじゃないんだから、ということになってくる。

だが、この安保法制反対運動の盛り上がりは、思いのほかあの悲惨な戦争のトラウマがまだ日本人には残っていたんだと、世界中が思い知ったに違いない。いや実際、思い知るべきだと思う。

そしてこの安保法制が、せっかく軍事力による解決を少しずつ断念しようという方向に向かってきたこの世界にとって、また軍事力を頼りにするしかない、殺伐とした世界への逆行になるということも思い知ることになる。そしてこういった世界に対して日本は責任を負うことになったのだ。それが大人の国、ということなのだろう。

世界は最後の頼みの綱だった「日本の平和主義」を失った。日本だけが失ったわけではないのだ。そのことも日本人は理解しないといけない。そこで初めて大人の国になるのだから。
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