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鈴木六林男句碑
古びた赤い消火栓収納庫の横に「鈴木六林男句碑」と書かれた貼紙があった。山々に囲まれた高見川沿いの村道を車でゆっくりと進んできてやっと見つけたのだ。
その貼紙には斜め上を向いた矢印がある。つまりここを登れと。矢印の方向を見ると人が一人やっと通れるぐらいの細い道が川にへばりついたような小さな集落の中を登っていく。人の敷地内を勝手にお邪魔するようで気が退けたが仕方ない。登っていくしかない。かなり急勾配の坂道でじきに人家に突き当たりそこを右へ折れて左に折れ、これまた細い道を登っていくと、車が5台ぐらい止まれそうな平地に出た。周囲に人家は10軒ぐらいあるだろうか。しかしまだ句碑らしきものはありそうもない。急に不安になった。本当にここで間違いないのか。誰もいない。おばあさんが出てきて、何か用かのう、とか言ってもよさそうなんだけど、そんな気配すらない。しんとしている。
で、どこを行けばいいんだ?きょろきょろとしたが案内板もない。こっちだろう、とほぼ当てずっぽうで右方向へ向かう細い道を、絶対にこれは誰かの敷地内だと確信しながら、急いで行くと、左上方に薬師堂が見えた。ああ、きっとここだ。階段を登り、薬師堂敷地内に入ると、あった、鈴木六林男の句碑が。

月の出の木にもどりたき柱達      鈴木六林男


う~ん、六林男らしい句だ。〈月の出の〉は〈柱達〉にかかるのだろう。何本もの柱が月の出と共に元の自然の樹木に戻りたいと願っている。〈柱かな〉では全然だめで、〈柱達〉と複数形にすることにより、意味的にも強化され、句も引き締まる。〈達〉は漢字の方が句がまた引き締まる。〈柱たち〉ではゆるい。そして複数形だからこそ、人間の作った建築物がそのまま森を夢見ることになる。自然物をどんどん使う人間の文明に対する淡い批判を物言わぬ〈柱達〉に託したのだ。前衛性と社会性を混交させたじつに六林男らしい句だ。そして林業を主に営むのだろう、この東吉野村の句碑にふさわしい。この村はじつに樹木で溢れているのだから。
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