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標準語
昨日の話の続きから。

フランス語と英語を比べた場合、フランス語のほうが合理的なところも多々あるらしいのだが、結局英語が今のところ世界標準言語である。それは英語が一番優れているからとはもちろん違う。このグローバル化した現代において、何か世界標準の言語が必要とされていて、英語がもっとも世界中に普及していたからだろう。母国語、公用語、第一外国語、ということで世界中で統計を取ればおそらく英語が一番になるに違いない。
要するに便宜上何か標準が必要とされるだけのことである。言葉の類はほとんどがそうだ。
たとえば日本の標準語。これは実は本来東京という一地方の方言にすぎない。それが何故標準語になったのか。それは言うまでもない、日本の首都が東京だからである。首都という中心から日本中に東京の話し言葉が電波に乗って流布される。それで日本中に標準語という名の東京弁が普及したのだ。もちろんそれだけではなく江戸時代から文書はあり、その書き言葉がじわじわと話し言葉に影響を与えている面も否定はできないだろうが、ラジオやテレビの影響は絶大である。だから明治維新のとき明治天皇がもっとわがままで、「余は絶対に江戸へは行かぬ」と駄々とこねたら、ひょっとしたら京都が日本の首都になっていたかもしれない。そして今のNHKの7時のニュースは「7時どす。ニュースの時間どす」というアナウンサーの声で始まっていたかもしれないのだ。そして日本中に京都弁が溢れ、書き言葉も京都弁の影響を受けたであろう。今でこそ京都の舞妓言葉のようになってしまったが、ほんの少し前までは京都の男性までも「そうどすなぁ」と言っていたのだから。しかし今は言わない。京都や大阪も標準語つまり東京弁の影響が強く現れていて、ほとんど標準語で話す人すらいる。
今年公開された映画「レイクサイドマーダーケース」のメイキング映像を見たが、ナレーションが仙頭武則プロデューサーと青山真治監督のベタベタの関西弁による掛け合い漫才のようなノリで始まる。聞いていて大変面白い。ところが後半気がついたらいつの間にか標準語に変わってしまっている。なんだこいつら、と思って、この二人の出身地などを調べたら、仙頭Pは福井出身で関西の大学を卒業、青山監督は福岡出身で東京の大学を卒業とある。そして今はもちろん仕事がら東京にお住まいだろう。だから仕方がないのだが、最初の関西弁のノリがあまりにも痛快だったため、裏切られたような気分になってしまった。東京では今や、関西弁も含めて方言は一つの流行らしい。だから西日本出身の二人がそんなノリでやっただけなのかも。まあでも我々関西人でも関西人同士でいつの間にか標準語っぽく喋っていることはあるにはある。こんなことを嘆いている僕自身あるのだからもうどうしようもない。メディアの侵攻はまだまだ続くのだろう。

あと話し言葉と口語短歌の関係について書きたかったが、もっともっと短歌を勉強してからにします。気になるんだけどなぁ。どうして我々関西人は口語で短歌を作るとき東京弁で作らなきゃいけないのか、抵抗を感じない奴は信じられないぜ。(←って東京弁だよ)
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