障害者施設襲撃事件に思うこと
相模原の事件は悲惨極まりないヘイトクライムだったが、容疑者の「社会になんの役にも立たず迷惑だけをかけてる障害者などはいなくなればいいのに。」というような趣旨の発言にだまっていてはいけない。

障害者を殺していいのなら、普通の人間である我々も殺していいことになる。なぜなら障害者の存在も我々普通の人間の存在も価値は全く等価だからだ。当たり前のことだ。この当たり前のことに立ち返らなければいけない事件が起きたことに最も悲しまなければいけない。

この社会は、利潤のみを追求する会社と同じではない。もし有用な人間のみを生き残らせるナチス等の優生学的な社会を肯定してしまうと、それはもう人間らしい生活ができる社会ではなくなる。極論すればもうそこにいるのは人間ではないからだ。いや、極論なんかしなくてもそれは人間ではないだろう。人間ではない存在がいくら良いと思って社会を構築しても良い人間社会には絶対にならないし、そんな社会はただただおぞましいばかりだ。

しかし、僕のような部外者がこんなことを言うのは簡単だ。当事者の方たちはそれはもう大変なのだろう。せめて介護職員の給料をあげるとか待遇改善が至急に望まれる。僕のような部外者はこれぐらいしか書けない。
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