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障害者問題の深遠にあるもの
相模原殺傷・尊厳否定「二重の殺人」全盲・全ろう東大教授(福島智・東京大先端科学技術研究センター教授)

一つは、人間の肉体的生命を奪う「生物学的殺人」。もう一つは、人間の尊厳や生存の意味そのものを、優生思想によって否定する「実存的殺人」である。
 前者は被害者の肉体を物理的に破壊する殺人だが、後者は被害者にとどまらず、人々の思想・価値観・意識に浸透し、むしばみ、社会に広く波及するという意味で、「人の魂にとってのコンピューターウイルス」のような危険をはらむ「大量殺人」だと思う。
(中略)
しかし、これは障害者に対してだけのことではないだろう。生産性や労働能力に基づく人間の価値の序列化、人の存在意義を軽視・否定する論理・メカニズムは、徐々に拡大し、最終的には大多数の人を覆い尽くすに違いない。つまり、ごく一握りの「勝者」「強者」だけが報われる社会だ。すでに、日本も世界も事実上その傾向にあるのではないか。
 障害者の生存を軽視・否定する思想とは、すなわち障害の有無にかかわらず、すべての人の生存を軽視・否定する思想なのである。私たちの社会の底流に、こうした思想を生み出す要因はないか、真剣に考えたい。


極めてバランスのとれた意見だ。障害者の存在を否定するということはすべての人の存在も否定するということにつながる。ここを突き詰めていかないといけない。単なる人権の問題ではなく。
僕の思ってたことを理路整然と言ってくれた。とても頭のいい人だ。
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