新たな選別の時代
西日本新聞:【「自己責任」論】平野啓一郎さん

僕と同じことを感じている人が一人いた。
僕が危惧していたように、津久井やまゆり園での障害者殺戮事件や、長谷川某の自堕落な患者は医療費全額自己負担、といったような、福祉や医療費をめぐる人の選別がやはり始まっているのかもしれない。
次は高齢者だろうか。長生きしすぎた人の医療費は全額自己負担ですよ、とか。ぞっとする。

以前のファシズムの時代の選別は民族とかによるものだった。つまり普通に考えたら理不尽な選別だ。民族が変わっても同じ人間なのだから、当たり前のことだ。だからこういう理不尽な選別は一笑に伏すことができる。だが昨今の選別は、たとえば自堕落な生活の人の医療費をなぜ国が負担しなければならないのか、と問われれば、なかなか反論しにくい。反論しにくいだけにとても厄介な選別だ。

新しいヘイトの対象が生まれたのか。民族差別は差別したいから差別する、というばかげたものだが、この選別は選別したいからというより、真剣に財政を考えてのことだったりするから、いっそう厄介なのだ。

医療費だけでその人の全人格を否定する短絡的な思想になりかねない。多様性あっての世界であり人間だ。あらゆる生物がその多様性によって成り立っている。生物学的にも倫理的にも。多様性を尊重するということをもっと我々は学ばなければならないのだが、その前にこのおぞましい選別の時代が来るのだろうか。
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