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スポーツの価値
今日の毎日新聞の余禄(朝日新聞における天声人語)は永久保存版かなと思ったので以下に全文コピペした。

「見よ。ひとりの男が裸身で跳ぶ。他の男が力を込めて円盤を投げる。これが何の名誉か。私はこれを愚行と名づける。子供だましの意味ない遊びだ。キリスト教信者はこの中身のない、無意味な見せ物を避けよ」▲3世紀のカルタゴの司教シプリアヌスはこう述べたが、スポーツ嫌いはいつの世にもいる。ただその言葉に一面の真実がないわけではない。なるほど人為的な決まりごとから生まれるスポーツの勝敗に現実的意味があるわけではない▲だがその無意味こそが、人々の抱く夢や栄光、感動や失意などあらゆる物語を盛り込める空(から)の器となる。まさしくスポーツは文明の一大発明だが、人々の心を引きつけるこの器、競技の決まりごとが破られればすぐさま壊れてしまう▲対関学大戦での日大アメフット部のラフプレーの波紋が広がっている。危険なタックルで無防備な相手を負傷させた反則への批判がネット動画を介して拡散し、対日大戦中止の動きやスポーツ庁長官による危険行為非難が報じられた▲この反則、監督が指示したなどという聞き捨てならない話も伝わっている。日大アメフット部はホームページに謝罪文をのせたが、危険行為の背景説明はない。今後の真相解明は大学アメフット界の命運がかかったものになるだろう▲ラフプレーもいったん「暴力」という現実的意味を帯びれば、スポーツの栄光も夢も感動もすべて雲散霧消する。スポーツにかかわるすべての人が宝物のように大切に扱うべき「無意味の器」である。


スポーツというのは確かに人が勝手に作ったルールの中だけで成り立つわけで、そこで勝とうが負けようがどんなに優秀な成績を上げようが、本来全く無意味なのだ。現実とは遊離した完全に閉じた別世界だけの話で、だから大谷選手がどんなに野球で活躍しようが所詮スポーツはスポーツでしかないわけで、現実世界から見ればたしかに全く無意味だ。スポーツ嫌いは主にここに由来すると思う。本来ひどくつまらなくて無駄なものなのである。
しかしその「空の器」に様々な夢や感動や教訓が盛り込まれていて、無駄だからこそ、素晴らしい、という逆説が成り立ってくる。そこで初めてスポーツに価値が出てくるわけで、「空の器」だからこそ素晴らしいのである。しかしそのルールを暴力的に破ればたちまちにその「空の器」は空だからこそいとも簡単に崩れてしまい、スポーツそのものが存在の危機に瀕する。そのことをわかってやってるスポーツの当事者がいったいどれだけいるだろう、と今回の事件で思った。それは鈴木大地スポーツ庁長官も含めてである。
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