寅さんと渥美清
僕は何をかくそう寅さんのファンである。ファンと言っても、『男はつらいよ』シリーズは全部で10話ぐらい見ただろうか、さすがに飽きてしまってもう見ない。その程度ではあるが。

その渥美清の特番が昨日NHKで放映されていた。
それで一番興味深かったのは、渥美清がある脚本家に「もう寅さんやるの飽きちゃったよ」とボソッと言ったことだ。そりゃあれだけもやれば飽きるのは当たり前だが、我々としては、渥美清=寅さん、なのである。二人は一心同体なのである。その渥美清が寅さんに飽きたというのにはとても不思議に感じられる。それは同体だと思っていたものが乖離する不思議さだろうか。しかしその途端、寅さんから切り離された役者渥美清が浮かび上がってくる。
当時人気絶頂でどんな役でもこなせて印象度の強いこの役者には様々なところから映画の主役のオファーがあったということだ。しかし、松竹のドル箱だったこの『男はつらいよ』シリーズのおかげで、松竹は、寅さん=渥美清のイメージを守るため、すべての主役のオファーを断っていたらしい。断らなかったのは端役だけである。つまり友情出演とかいう。

それでその脚本家に渥美清のほうからドラマの提案があったということだ。「俳人の尾崎放哉をやりたい」と。渥美清は俳句を嗜む。その脚本家は、じゃ、NHKでやろうと。それで二人は取材やら脚本やらをやりながら着々と準備を進めていったのだが、その間にNHKで尾崎放哉のドラマが放映されたのだ。二人の目論見は見事にパーである。テレビでは寅さんではない50代ぐらいの渥美のモノクロ写真が映っていて、それがとてもシリアスな印象があり、あの飲んだくれでどうしようもなく孤独で一人で庵にこもり続けた孤高の俳人尾崎放哉、それが寅さんとはまさに対極に位置する役柄でありながら、とても似合ったんじゃないか、とつくづく残念な気にさせられたのである。この役者はとことん喜劇的な役ととことん悲劇的な役の両方がこなせる役者なのだろう。だからこそ寅さんという喜劇的な役をやっても奥が深いのではないだろうか。そんなことを思えば思うほど残念で仕方がなかった。
それでその脚本家は、じゃ、種田山頭火をやろう、と言い出し、また着々と準備を進めていったのだが、土壇場になって、渥美の方から降りた、ということらしい。いわゆるドタキャンである。松竹の手前もあっただろうが、やはり山頭火にはあまり乗り気ではなかったのでは、と僕は思う。だって、似合わないもの。放哉なら相当似合ったと思うのだが。

渥美清という人は、様々な面があり、その人生も波乱万丈である。幼少のときは病弱でなかなか学校へは行けなかったらしい。大学にも進学したが中退して喜劇役者になっている。一方で、若いときは不良で鳴らし警察には何度もお世話になっているとのことだ。結核に罹り、片方の肺を摘出している。だから結核で「咳をしてもひとり」という句を残した放哉をやりたかったのかしれないが。おそらくドラマでは結核を経験した者にしかできない咳をしただろう。
その実像もまた興味深い。病気で酒たばこをやめたせいか、飲み会へは絶対に顔を出さない。映画の打ち上げでさえである。日頃はほとんど人には会わず、一人で本ばかり読み、人付き合いが極めて悪い。でも俳句が趣味で句会には時々顔を出し、小難しい句を出す奴がいると、「よ、インテリの兄ちゃん」と寅さんみたいに本当に言ったということだ。自身がインテリかもしれないくせにだ。これらすべてが支離滅裂のようで、僕にはなんとなくわかるなぁ、という気がする。こんなことを考えてると、余計、放哉の役がなかったのが残念でならない。

結局、渥美清という役者は、自身の役者生命を、寅さんに捧げたのだろう。そして他のすべてのやれたかもしれない役を犠牲にしたのである。このことが役者にとって幸せなのかどうかは僕などにはもちろんわかるはずもないが。でも映画界全体からすればはっきり損失だろうと思うのだ。数多い傑作がお蔵入りになっているかもしれないわけで。

今の映画界で、とことん悲劇的な役ととことん喜劇的な役の両方をこなせる役者が一体どれほどいるだろうか。この両方をやることによって、より深みのある演技が出来るのではと思うからだ。
たとえば、高倉健や吉永小百合は悲劇的な役はいくらでも出来ても、喜劇的な役はまず出来ないだろう。それは佐藤浩市も浅野忠信もである。中途半端にはいくらでも出来るだろうが、とことんは無理だろう。このことは才能というよりはもって生まれたキャラなのだから。役所広司、尾美としのり、がいい線行ってそうだが、やはり薬師丸ひろ子にとどめを刺すのではないか。宮藤官九郎脚本のTVドラマ『木更津キャッツアイ』でそのコメディエンヌの才が公になったが、僕は以前からこんな人だと思っていたので、今さら遅いな、という気がしたぐらいだ。青山真治監督の『レイクサイドマーダーケース』ではとことんシリアスな役を見事にこなしていたが、やはり両方やれるということでシリアスな役でもより深みが増すのではないだろうか。尾美としのりも最近は平凡なお父さんの役が多いように、薬師丸も平凡なお母さん役が多い。二人ともまだまだ老け込む歳ではないだけに、なんとも歯がゆいばかりだ。大げさでなく日本映画界の損失だと思ってしまう。
最後は話が少しずれてしまった。しかしずれてしまったのはほんの少しである。(笑
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コメント
この記事へのコメント
 小林信彦は、「日本の喜劇人」、藤山寛美、植木等、横山やすしと多くの喜劇人の伝記を手がけていますが、出来の良さは渥美清にとどめをさします。
 かつて、不良であったことが彼の性格にどれだけ深い影を落としているかを、読者に深く想像させるよう慎重に筆を進めているところが印象的でした。
 最近の話はよくわかりません。ごめんなさい。
2006/09/06(水) 10:13:13 | URL | 野口裕 #-[ 編集]
野口さん、コメントをありがとうございます。ここにコメントがあると妙に嬉しいです。みんなあっちですからね。今回あっちにはリンク貼らなかったからでしょうけど。

そういえば黒澤明の『乱』での植木等の怪演が思い出されます。他にも映画に出て好評だった喜劇人はいるでしょうね。

確かに最近の話は全くの余計な話でした。でもつい最近ファンやめたのです。ファンやめても気になるのは気になるますし、応援は続けていきます、今後も。つまりやっと病気が治ったわけです。よかったよかった。よかったけど、なんだかさみしい。。。病気でいるのも幸せなのですね。
2006/09/06(水) 19:53:36 | URL | hosomi #4DppGirI[ 編集]
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