加藤治郎第六歌集『環状線のモンスター』批評会(4)
一昨日の続きである。
結局ぼくは加藤治郎さんの短歌をネタに自分の願望を書いているだけかもしれない。彼はいろんなネタをぼくに提供してくれる。
だから歌壇の中央でこの歌集についてどんなふうに言われているか、とは全く関係ないところでぼくの話は、ずんずん進む。悪しからず。

⑤ 時代と並走する歌人
ぼくが「同時代」という言葉にこだわるようになったのは17、8年前モノクロ写真に熱中していたときからだ。このときアメリカのリー・フリードランダー(参照)という写真家の熱狂的なファンだった。この写真家がブレイクした1970年前後のアメリカ写真界には、「Contemporary Photographers, Toward A Social Landscape(コンテンポラリー・フォトグラファーズ 社会的風景に向かって)」というムーヴメントがあった。フリードランダーはこのムーヴメントの中心人物だった。このムーヴメントでは、決して社会で起こっていることに題材をとっているわけでは全くなくて、都市と人間の何気ない光景にまなざしを向けた社会的風景を、それぞれの写真家のパーソナルな視点を通して写し取っている。背景には1960年代のベトナム戦争真っ只中の政治情勢があり、熱くなった政治論議を少し醒ます冷静な視点の獲得というのがあったと思う。新聞やテレビを騒がすことだけが社会ではない。一歩町に出ればそこが社会である。写真家に限らず社会的題材はいくらでも転がっているはずだ。それらを表現することのより、時事的なことから少しはなれたところで同時代の社会を冷静に見つめる、という行為に結びつく。つまり同時代性とはむしろ時事的なことではなくその時代を覆う雰囲気のようなもので、その同時代性を勝ち得てはじめて普遍性を勝ち得るのではないだろうか。
こういったことをぼくは写真から学んだ。そして短歌の世界に入ると加藤治郎がいた。

加藤治郎は時代と並走していた。自分と同世代の歌人がいつの時代であれ、きちっとその時代と並走しているということは、おそらく短歌をやるぼくにとってかなり重要なことに違いなかった。誰かが書いていたが、追走ではない。時事的なことばかり追いかけていても、それは時代を追走していることにしかならない。後から時代を「おーい待ってくれー」と追いかける情けない歌人も多いだろう。追走と並走は似ているようで全く違うのだ。並走するにはその時代がどんなスピードで走ろうとも、余裕で並ぶことの出来るフットワークが必要だ。
今歌壇で社会詠に関する論議が盛んのようだが(参照)、このことにはおそらく触れていない。

たとえば加藤治郎の過去の短歌を振り返ってみよう。

・八十年代
ひとしきりノルウェーの樹の香りあれベッドに足を垂れて ぼくたち
『サニー・サイド・アップ』(1987年刊)
たぶんゆめのレプリカだから 水滴のいっぱいついた刺草(いらくさ)を抱く
『マイ・ロマンサー』(1990年刊)

代表歌を2首挙げた。いずれもうっとりするほどの傑作である。これら80年代の加藤の作品に関しては岡井隆が鋭い指摘をしている。

ポップで生き生きとしてゐて、中核に虚妄さを抱えてゐながら、陽性の、あの時代の雰囲気を加藤は代表してゐるのだ。(岡井隆)『加藤治郎歌集、サニー・サイド・アップ/マー・ロマンサー』(雁書館)よりp.164解説


中核に虚妄さを抱えた明るさ。言われてみてはじめてこれが80年代という時代の一番の特徴だったと気づかされる。

・九十年代
まりあまりあ明日(あす)あめがふるどんなあめでも窓に額をあてていようよ
『昏睡のパラダイス』(1998年刊)

90年代というのは、これから未来にどんな雨が降るのか、つまりどんな怖ろしい状況になるのか、わからない非常に不安な時代だったに違いない。しかし明日どんな雨が降ろうともそれは窓の内側から窓に額をあてて見ることが出来たのである。決して外気にさらされることなく安全なところから。そんな不思議な安心感もあった時代なのだ、ということが次の文章からもよくわからされる。

(中略)現実と妄想、生と死、善と悪の境界が疑われ喪われた世界に直面してきたのだと思う。日常を成立させている意識が消失した領域に奇妙な楽園を見出した人々は、全くの他者だろうか。WWWの画像が交錯するPCに、気絶するほど抱き合うバスルームに、瞼のような窓が連なる深夜の車輛に、昏睡のパラダイスを見たことはなかったか。
『昏睡のパラダイス』著者あとがきより


不安が増幅すればするほど、それはいよいよ昏睡状態となり、それは結局現実から目を逸らしたパラダイスでしかなかったのか。不安げに窓の外を見ていてもその窓の内側はパラダイスだったわけだ。
そして2001年のニューヨーク同時多発テロでその窓ガラスが割れた。我々はこん睡状態から眼が覚め、そこがパラダイスではなく現実だと気づかされた。
つまりこの作品は2000年代を予言していたとも言える。つまり最初から割れるだろうという憶測で窓ガラスを出していたのかもしれない。というより90年代のあの夢のような不安な状態がそもそも予感を孕んだものだったのかもしれないが。

余談だが、批評会でこのように「まりあまりあ」の歌の解釈をしたら、作者である加藤治郎さん自身が大変驚かれて感心されていた。「そんな解釈があったのか」と。あんまり驚かれると、なんだ違ったのか、とも思う。つまり歌壇の中央ではこんな解釈はされていない、ということだろう。何度も書くが、僕がここで書いていることは僕自身の独断と偏見と願望によるものだ、ということをあらためてもう一度念押ししておく。

・2000年代
真夜中に剥がれる皮のなめらかに環状線を離れて迷う
『環状線のモンスター』(2006年刊)

ということでこの歌が2000年代(つまり2001年~2010年)の時代を象徴する歌になるかはどうかはわからないが、今までの流れから言ってもそんな予感が十分してくる。以前この歌に関してはこのブログでも書いているので(参照)、そのまま引用する。

環状線出口はなくてとりどりの小さな鏡に目が映っている
『環状線のモンスター』

この歌とのセットで読んだ。

この歌人はそれがどんな時代であれ、その時代に正確に言葉をチューニングしてくることだ。(中略)
2001年のニューヨーク同時多発テロ以降、何でもありになったこの時代に、おそらくは誰もが抱く、不安、あきらめ、出口のない絶望が、この歌人の持つ言葉への嗅覚とその言葉の滑らかな質感によって、遺憾なく描かれている。
環状線とは、日常の同じところをぐるぐる回ることなのだろう。つまりそこには普通の人が棲んでいるのである。タイトルの『環状線のモンスター』とは、その普通の人が環状線の中でモンスターと化している、ということだろうか。そのモンスターは出口が見つからずいつまでも環状線の中でぐるぐる回っている。でも真夜中にはその皮だけが剥がれて環状線を離れてさまようのだろう。欲望と不安が極限まで肥大化したこの現代で、欲望も不安も抑えきれないモンスターが環状線の中でただじっとしている。それが現代なのだ、と。


不安と絶望に苛まれ、環状線の中をぐるぐる回り続けながら、欲望が肥大化するなか、いずれ何かが爆発するのだろうか。今までの流れで言うと、

昏睡   ⇒ 環状線
パラダイス ⇒ モンスター

である。
あの2001年9月11日に「昏睡のパラダイス」を覆っていた窓ガラスが割れたように、いつか環状線のなかのモンスターが牙を剥く日があるのだろうか。
今は一介の歌人が予言者たりえないことをただただ祈るのみである。

まだ続きます。あと一回かな。
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