新たな選別の時代
西日本新聞:【「自己責任」論】平野啓一郎さん

僕と同じことを感じている人が一人いた。
僕が危惧していたように、津久井やまゆり園での障害者殺戮事件や、長谷川某の自堕落な患者は医療費全額自己負担、といったような、福祉や医療費をめぐる人の選別がやはり始まっているのかもしれない。
次は高齢者だろうか。長生きしすぎた人の医療費は全額自己負担ですよ、とか。ぞっとする。

以前のファシズムの時代の選別は民族とかによるものだった。つまり普通に考えたら理不尽な選別だ。民族が変わっても同じ人間なのだから、当たり前のことだ。だからこういう理不尽な選別は一笑に伏すことができる。だが昨今の選別は、たとえば自堕落な生活の人の医療費をなぜ国が負担しなければならないのか、と問われれば、なかなか反論しにくい。反論しにくいだけにとても厄介な選別だ。

新しいヘイトの対象が生まれたのか。民族差別は差別したいから差別する、というばかげたものだが、この選別は選別したいからというより、真剣に財政を考えてのことだったりするから、いっそう厄介なのだ。

医療費だけでその人の全人格を否定する短絡的な思想になりかねない。多様性あっての世界であり人間だ。あらゆる生物がその多様性によって成り立っている。生物学的にも倫理的にも。多様性を尊重するということをもっと我々は学ばなければならないのだが、その前にこのおぞましい選別の時代が来るのだろうか。
何が「土人」と言わしめたのか
沖縄ヘリパッド:松井知事「暴言隊員」擁護「売り言葉に」

米軍北部訓練場(沖縄県)のヘリ離着陸帯移設工事現場に派遣された大阪府警の機動隊員が抗議の市民らに「土人」などの差別的な発言をした問題で、大阪府の松井一郎知事は20日、「発言は不適切だが、個人を徹底的にたたくのは違うのではないか。相手もむちゃくちゃ言っているのに、すべて許されるのか」と述べた。府庁で記者団の質問に答えた。
松井氏は機動隊員について、「人間ができていないのだろうが、『売り言葉に買い言葉』で口がすべったのではないか」と擁護。「沖縄に圧倒的な基地負担をしてもらっているのは申し訳ないが、全国の警官が無用な衝突を防ぐため一生懸命働いているのは事実」と強調した。
 松井氏は19日夜、自身のツイッターで「出張ご苦労様」と機動隊員をねぎらう言葉を投稿。府庁には、書き込みを見た府民や他県の住民から「あぜんとした」「センスがいただけない」といった批判の意見が電話やメールで届いているという。【青木純】


どんな文脈であろうが「土人」発言はひどいんだけど、でもどういう文脈で「土人」と言ったのかは少しは考えるべきで、この場合の松井知事の発言には半分賛成。売り言葉に買い言葉はあったかもしれないわけで。

しかし重要なのは、何が現場で言われたかではなくて、日本の安全保障を長年沖縄に押し付けてきた我々本土の人間の無責任な無意識をこそ考えることなのではないか。それに対する、むしろもう限界だという沖縄の人の悲鳴が機動隊に反射して「土人」発言に至ったのではないかという気がしてならない。

我々本土の人間の無責任な無意識を大阪府警の機動隊の発言に責任転嫁しているような気もする。我々はなにも悪くないんだと言わんばかりだ。悪いのは政府であり、政府に雇われた機動隊だと。日本人の無責任さがここでも露呈している。

こういったことは松井知事は絶対に言わないけどね。こんな鈍感野郎が気がつくわけもないし。


詩人度
文月悠光|洗礼ダイアリー発売開始✿

うなぎ少女CMや辛萌動画、観ると不快な気持ちになるんだけど、正直日常生活でもこの手の気持ち悪さには心当たりがあって、言葉がない……。
昨日、仕事相手の男性にチラッと話したら「嫌な気持ちになるものは観ないようにしてる」って返されて、寂しい反面、まあそうなるよなあ、と。


同時代の社会状況にどれぐらい不愉快になるかでその詩人の詩人度が試されるんだけど詩人度が高い詩人ほど不愉快の度合いも高くなって結果耐えられなくなるがそこから逃げない詩人こそ詩人度の高い詩人なんだという矛盾を積極的に受け止めて社会に言葉でがんがんに攻めていけるのが真の詩人なんだということをこの詩人はわかっているのか。
悪夢の開始は
Huffington Post Japan:カーク・ダグラス「未来への道」

今、アメリカの多くの良識ある人が、ドナルド・トランプが大統領にならないことを祈っている。

この国に住みたいと求める人みんながみんな、この国にうまく同化できるとは限りません。この国で最も繁栄し、活躍しそうだと思う移民を選ぶのは、主権国家としての我々の権利です......すべての申請者に対して新しいスクリーニングテスト、これには、我々の国に入ってくることを我々が許す者たちが、我々の価値観を共有できると確認するために思想の証明書も含めるべき......


この凍りつくようなマニフェストは悪夢の序章に過ぎない。アメリカが悪夢を開始すれば世界中が開始する。この日本も。多くの人が人間として生まれたことの意味を失うのだ。

僕もトランプが大統領にならないことを強く祈る。たとえ悪夢の開始が遅れることになるだけだとしても。
崔実(チェシル)「ジニのパズル」
在日コリアンの少女ジニの物語。
北朝鮮の金父子の肖像がある朝鮮学校に違和感を感じつつ、日本人からは差別されるという複雑なパズルをどう解くか、その答えを探しつつ、そこからハワイの学校、オレゴン州の学校へと彷徨う。日本語と朝鮮語と英語の三つの言語と文化のはざまで答えを見つけようとする、非常に熱のある物語だ。その熱が空回りせず、しっかりと言葉に置き換えられ、希有な物語へと昇華した。

特に核となるのは中学一年の時の、テポドンが打ち上げられた日の池袋のゲームセンターで受けたヘイトクライム。圧巻だった。手に汗握って読んだ。傷害事件であり、はっきり強制猥褻と言っていいと思う。それをたった中学一年の少女が差別的な言説と共に受けるのだから。こんな卑劣なレイシストがこの世にいるんだ、という絶望感だけが立ち上がってくる。

どうせ国境なんかだれかの落書きだろう。

ジニはこう吐き捨てるように言う。これは名言。

これ以上ネタバレは書かないが、もうちょっとで芥川賞だったらしい。どうせなら受賞すればよかったのだが。そうなれば多くの日本人がこの小説を読むことになっただろうし、今でもぜひ読んでもらいたいと思う。

地べたをしっかりと這いずりまわった、地に足のついたリアルな、そして、民族問題にとどまらない普遍的な文学性をもつ、これは青春文学なのだろう。ぜひ映像化してほしい。
安全保障のグローバル化
危機の20年:北田暁大が聞く 第6回 ゲスト・小熊英二さん 安保法制抗議運動(その1)

小熊英二「貿易や安全保障の国際合意が優先され、国内民主主義が軽視されることも多くなった。」


つまり反安保運動というのは安全保障のグローバル化に対する反対運動、ともとれる。政府中枢が国際協力の名のもとに貿易や安全保障をグローバル化させていくことへの不満、日本国民が置いてかれるじゃないか、という不安感がうずまいている。それと単純な平和運動とか結び付いた結果だろうと思う。

しかし情報、物資などがこれだけグローバル化されていけば、政治やビジネスがグローバル化されるのはある程度仕方ない。政治やビジネスにおける国際協力と、個々の民族の独自文化を守る、というのとは分けて考えなければいけないはずだ。
メディアのセカンドレイプ
livedoor NEWS:坂上忍 高畑裕太容疑者の事件をめぐる江川紹子氏の意見を批判

息子の不祥事で謝罪会見をした女優高畑淳子のことが話題になってるけど、単に芸能界の話として終われない様々なことを考えさせられた。

成人した22歳の男性の性犯罪を母親が謝罪しなけらばならないこの国の不条理な義理感情をまず不思議に思ったが、もちろんこれは芸能界だからだろうとは思う。でも一般人でも片親なら母親が被害者には謝罪するんだろうな、とは思った。普通に考えたら男性の性犯罪に女性である母親が出てくること自体が極めて奇異だろう。それにあまりに母親が痛々しすぎる。親として謝罪したい気持ちはわかるんだけどね。

それはそれとして、テレビで討論をやってて、「バイキング」という番組で江川詔子が被害者の気持ちをまず考えるべきで、一連の事件にあたっては「被害者を第一に」という考えを尊重しているとのことで、世間での大々的な報道に疑問を感じていると語り、「被害者の方からしたら、こうして大きく扱われたり、イベントがあったりすること自体が実はつらいんじゃないか」とメディアによるセカンドレイプについて述べた。まさにそうだが、この番組自体を当番組の中で批判したきたのだ。この意見に対して当番組のMCである坂上忍が噛みついてきた。

ここにいる全員がですよ、江川さんが言ってることを心のどこかで持ちながら生放送が始まってる」といい、江川氏だけでなく出演者全員が複雑な思いをもって本番に望んでいると指摘。続けて「それを言うんであれば出るべきじゃない」「『矛盾してる』って一言で片付けてほしくないわ。そんなのみんな思ってるよ!」と、険しい表情で江川氏を批判していた。


これに対して江川詔子はなにも反論しなかったんだけど、僕に言わせれば、こんな事にも反論できないんなら、それこそこの番組に「出るべきじゃない」だろう。
明らかに反論できるからだ。
まず、「バイキング」という番組は生放送での激論がウリで、誰が何を言い出すかわからないスリルが面白いのであって、MCとして「それを言っちゃあおしまいよ」という気持ちはわかるのだけど、せっかくのウリを打ち消すような言い方はしない方がいいのではないかと思った。空気読めない奴、みたいな発言はやめてほしい。それがとても残念だ。
それに何より、テレビメディアの理不尽さについてはネットや雑誌じゃなくて、テレビで言ってこそ訴求力があるからで、そういった矛盾に抗いながら、勇気を持って発言した江川詔子にはやっぱり拍手したい。よくぞ言ったと。ただやっぱりちゃんと反論してほしかった。おそらく江川さんの性格からして、何か言うだろうということは事前に察しが付くわけで、スタッフの方から、もし反論されたらだまっててください、とか言われてたのかもしれない。それなら仕方ないんだけど、それならこの番組自体にがっかりだわ。

まあ結局全部シナリオがあるのかもしれないけどね。生激論だと言っときながら。
自立は、依存先を増やすこと、希望は、絶望を分かち合うこと
TOKYO人権 第56号 自立は、依存先を増やすこと、希望は、絶望を分かち合うこと

素晴らしい。
この人自体が素晴らしいし、この人の言うことがとんでもなく普遍的で素晴らしいです。感動しました。
依存先を増やすことと絶望を分かち合うこと。この二つは障碍者だけでなく、誰でも共有できる大切な世界の摂理。

証言こそが一級の歴史資料
産経ニュース:慰安婦資料 証言が中心 記憶遺産申請 専門家「客観性欠く」

証言は確かに客観性には多少欠けるところがあるかもしれない。
なぜなら人間の中には嘘を言う人もいるし、大げさに言う人もいる。
記憶違いもあるだろう。(たとえば連れ去られた年齢など)

しかし、そういった証言こそが一級の歴史資料であり、客観性を精査していけばいいわけで。あるいは客観性を持たせるために、極端な証言は真実かもしれなくてもあえて除外するとか、すればいい。そういった極端な事例を除外しても、慰安婦にされた女性たちは、日本兵の看護婦としての仕事か賄いの仕事をするんだと言って騙されて連れ去られ、性奴隷をさせられていたという証言が大多数だった。つまり半強制的な連行。彼女たちが自らの意志で慰安婦になったのではない、ということが一番大事なこと。

証言しかないからと言って、あったことそのものを否定しようとするのは極めて幼稚な話。証言こそが一級の歴史資料なのだから。それを如何に活用するのかを考えていかなければいけないわけで。それを最初から考えようとしないわけだから、卑怯で情けない話だ。
ポケモンGOは何故つまらないのか
ポケモンGOがひどくつまらないと、やくみつる氏が吠えたらしいが、僕も同感だけど、なぜつまらないのかを全く説明せずに、「心の底から侮蔑します」とかいっただけでそれなら単なる罵倒でしかない。やっぱりなぜつまらないのかを説明しないと。説明しなかったから結果反撃を食ったのだろう。
だからここで代わりに僕が説明しようと思う。

まず基本的にあらゆるゲームがそうだが、人間が作ったデータベース上を動くだけなのだ。そこがつまらない、というかその範囲内でしか動けないことに興醒めしてしまうわけで。
たとえば、それと同じで、ディズニーランドやUSJやハウステンボスなどは人間が作った街や施設をうろうろするだけである。観光や遊戯用に人間が作ったものをその範囲内でうろうろすることになんの面白みがあるのか。子供なら楽しいだろうけど、いい大人がなんで、と思う。僕も6歳の時に今は廃園になった奈良のドリームランドに行ったけど、大感激した。子供にはちょうどいいのだろう。

それなら実際に街として機能している街をうろうろする方がよほど面白い。それは観光用に全く整備されていない街のほうがいいが。僕が行った中で面白かったのは、和歌山県御坊市の旧市街、奈良県大宇陀、滋賀県高島市、京都府綾部市、舞鶴市、等など。ほかにもたくさんある。
逆に期待しててがっかりさせられたのは、滋賀県彦根市と兵庫県城崎温泉街。昔の街並みをきれいに現代の建築で再現してたのだ、観光用として。相当興醒めした。だけど大繁盛だったけど。

じゃあポケモンGOはどうかというと、実際にある街をうろうろしてデータベース化されたポケモンを探すのだ。確かに実際にある街をうろうろするだけに微妙そうだ。微妙だけど、ポケモン自体は人間が作ってデータベース化したものにすぎない、それがどんなに複雑であれ。なら結局、ポケモンなんかせずに単に街をうろうろする方がよほど面白いだろう。ポケモン自体が邪魔なだけだ。
街は観光用でも遊戯用でもなく、実際に街として機能しているのだから。それは歴史的にも機能してたし現在も機能している。様々な人がデータベース化されることなく暮らしてきたし今も暮らしている。そして様々な建物がデータベース化されることなく存在してきたし今も存在している。こんな素敵なことが他にあるだろうか。もうそれだけで世界は十分なような気がする。

ただし、もしこれからAIが進化して、データベース化することなく、あるいはAIがデータベース化してても、情報量の厖大化でデータベース化されていると意識されないゲームが将来出てきたらこの僕とてわからない。いいおっさんがゲームに夢中になっているかもしれないが。そうならないことをただ祈りたい。